set list.7―いのちのち

note.36 「認知はしたの?」

「待ってね……――フー、どういう状況なの、今は?」


 キングがとった部屋は真っ白なシーツのベッドが二つあつらえてある意外ときちんとした部屋だった。ただし、スプリングはそこそこ死んでいる。

 窓から見える景色は、海を越えた遠くに銀河の星々をそのまま映したような都会の明かりが見えて幻想的。夕時には沈む真っ赤な夕日が見えたという。

 きっと良質な宿の、素晴らしい部屋なのだろう。


 キングが確保した寝床になんのケチも無い。リッチーが顔をしかめている問題は、別のところにあるのだ。


「声は喉からじゃなくて、腹から出すんだ。へその下あたりだな」

「おへそ……マックスには無いです」

「あ、ホントだ。じゃあこの辺だな、丹田とか呼んだりするんだ」

「タンデン」


 キングはマックスに歌を聞かせるのが楽しいらしく、音程を取らせるようなレッスンをしていた。


「ア~~~~~~~~。これはAの音だ。ラの音」

「ワァーーーーーーーーーー」

「うん、全然音程取れてねえな」


 キングはケラケラ笑い、マックスと呼ばれた海辺で拾った少年はきょと、と首をかしげた。


(何でいつも僕ばっかりがキングの周りで右往左往してなきゃいけないんだ……僕がもし、放電の能力を持っていなかったら、ああいうふうに僕にも音楽を教えてくれてたのかな……)


 うっかりそんなことが一瞬過る。

 けれどもすぐに愚考は振り払われた。リッチーにはリッチーの矜持きょうじがある。

 キングの音楽を世界に届けるために故郷を出て旅をしているのだ。


「もうっ、遊んでないで答えてよキング! その人は地元の人?」

「さあ……? さっきここで生まれた子なんだけどよ」

「生まれた!?」

「俺のことお父さんって呼んでて」

「おとうさん!?」

「なんか喜んでくれるんだよ、歌うと」

「歌うと喜ぶ!?」


 なんということだ……。

 リッチーはその瞬間に旅の終わりを予感し、悟った。


「キング……認知はしたの? 立派な父親になってね」

「リッチーが考えてる感じじゃないから安心しろ? ちげーからっ!」


 暗がりではあったが、この宿までマックスを連れてくるのにキングは己の上着を貸していた。何も無いよりは良いだろうが、下半身が丸出しなのは目のやり場に困る。というか、普通に倫理的にダメな気もするが。


「君の名前は何ていうの? どこから来たの?」


 リッチーが見た限り、人間族に近い見た目ではある。

 だが人間であるキングとの違いはある。肌は浅黒く、大地の色をしている上、体中を這うように刻み込まれた紋様もんようは特徴的だが、その意味まではわからない。ほかにも、人間の性器に当たる部位は見られなく、白目に当たる部分は黒い。頭髪は銀色をしており、古代人のような古臭い髪型をしている。


「ボクの名前は、マクスリィ・ポール・マクスレィ」

「そうそ。長いからマックス、ね」

「はい、お父さん、名付けてくれた。ボクは、マックス」

「名付けもしちゃったのね……」


 やってることが新米パパなのが、さらに余計な心配をリッチーに芽生えさせる。


「えーっと、で、マックス? キングがお父さんってのは、何でそう思うの?」

「やさしい声、ボクを起こしてくれる。それはお父さん」


 ダメだこりゃ。

 マックス本人に何を聞いても筋が見えてこない。

 リッチーはじとっと胡乱うろんな目でキングをにらんだ。


「そんな目で見られても、俺にもよくわかんねえんだよ。たぶん、マックスは記憶喪失みたいなものなんじゃねえかな」

「えっ、何でそれがわかるの?」

「だってどこから来たかわからないっていうし……見た感じリッチーと同じくらいの年頃だろ? 一応ご両親どこにいるのかいたけど、俺のこと親父だと思ってるみたいでおかしいし」

「あ、うん、おかしいよねそれ!? よかった! 自覚はあるんだね!?」

「歌いながら歩いてた時に会ったんだ。そん時、俺がマックスを起こしちまったみたいで、そのことを言ってるんだと思う」

「会ったって、マックスは浜辺で寝てたってこと?」

「説明が難しいんだけど……こーんなおっきな棺桶かんおけっていうか、タマゴみたいのが波打ち際に落ちてて、それがガション、ガショガションッて小さくなったら、マックスだったんだけど」

「全っ然伝わってこない!」


 キングの音楽は胸を突き刺すように伝わって来るのに、どうしてこんなにも状況説明がヘタクソなのか。整理がつけられないリッチーは探偵にでもなった気分だった。


「えーっと、つまり? マックスはタマゴから出てきたの?」

「ボクの兄弟はカプセルに包まれて旅立ちます。マックスも同じ」

「兄弟……カプセル……? マックスには兄弟がいるの? カプセルはどこから?」

「兄弟、いっぱいいる。大きな動くおうちで、いっぱい作られて、兄弟、いっぱい」

「動くおうち? それがマックスの家?」

「ボクの家、ちがう」

「誰の?」

「……わからない。ボクも兄弟も、おうちでカプセルに包まれて、海を渡る」


 マックスの話はやはり要領を得ないふうに聞こえる。

 だがリッチーには一つの仮説が組み上がっていた。


(お父さんの部屋にあった子供向けの本で読んだことがある、ホムンクルスの話にそっくりだ……ホムンクルスはどこかで一斉に製造されて、世界中にばらまかれる。命令のために――)


「どうした、リッチー? この子のこと、何かわかったか?」


 この世界のはじまりは、どの学者も未だ研究段階としている。各地で伝わる御伽噺おとぎばなしと認識されていた神話をもとに、世界の成り立ちを探っている最中だ。それが百年前に起きた天変地異や現在にまで影響する魔物の出現などの異変の、根本的解決につながると信じて。


 そして当然、地球からやってきたただの人間であるキングはそんなもの知らない。


「きっと、この子はホムンクルスだ……神話の中だけに存在していると思ったけど」

「ほむんくるすゥー?」

「うん、人工生命って言ったらいいのかな。僕達のように自立した生物として、誰かが造った存在なんだ。……でも目の前にしても、信じ難いよ」

「ふうーん」


 キングはわかったような、興味が無いような相槌を打つ。

 それから生まれたばかりのホムンクルスに目を遣った。


「なんですか、お父さん?」

「マックスってホムンクルスなんけ?」


 ホムンクルスと思しき少年は小首を傾げる。瞳はろうそくののように煌々こうこうと輝いていた。




    [▶▶ other track   ▶ play now]




(キーロイはポータルで、あわよくばノーアウィーン世界を牛耳ることも出来る俺の存在を消したい。もしくはポータルごと葬りたいはずだ……だが、俺はまだそうはいかない!)


 イデオは謎の天使族の奇襲を受けながらも、己のやるべきことははっきりと頭に浮かんでいた。そのせいか、ガラガラと崩れる神殿の光景がやたらゆっくりと見える。生前どこかで見たミュージックビデオみたいだ。


 イデオがモルツワーバでキングとリッチーと別れた後にここに来たのは、もちろんやるべきことがあったからだが、ここへ来てからさらなる謎に直面していた。


 それを探ろうとした矢先、このザマだ。


(俺にはまだこの世界の仕組みと秘密を知らなくてはならない理由がある! 下敷きになるわけにはいかないが、ポータルを死守しなければ……!)


 そもそもこのポータルの立ち位置自体、謎に満ちている。キーロイからも詳しいことは聞けなかった。転生直後、ここに派遣され仕事だけ与えられた。キーだけを渡されて――。

 だがイデオはようやく理解できた。要するに、おばけのような神殿が建つこの位置そのものが、イデオの守るべきポータルなのだ。


(姿を変えつつある瓦礫がれきがポータルを構成する部品ひとつひとつとは考えづらい。おそらく瓦解がかいしてもポータルは生きている。ならば……)


 まさかここまでの面倒とは想定していなかった。

 だがそれも己の音楽を手に入れるためだ。


「フ・イルフォ・ル・ベグ」


 頭上、イデオは身に着けたままのマント裏面を向けた。金色に輝きだすと、崩落する石はそれに触れることなくドロリと真っ赤に溶けてしまった。


「何だその布は……? 我々天使族の至宝とは異質の物だな」


 傷ひとつなくもうもうと上がる砂煙の中から復帰したイデオに、依然、安全地帯から見下ろすだけの天使が初めて苛立ちを吐いた。


「エール・ヴィース、答えたまえ。お前は神託を受け業を引き受けた。その後――我々への報告も連絡もなく、お前は翼を失った。何があった?」

「はあ? 何の話だそれは……翼?」


 イデオは少しだけ煙にむせ、粉塵ふんじんに目を赤くしながら天使を見上げた。


「翼は天使族の誉れだ誇りだ象徴だッ! それも忘れたのか!」

「……ああ、そういうことか。俺はエール・ヴィースじゃあない。いまやエール・ヴィースといえるのは、この身体と、キーロイに縛られ仕事を押し付けられるその役職のための席の話だけだろうな」

「……ッくぅっ――何ということだッ!! 今度ばかりは神託を信じたくなかったが……」


 なんだかガッカリしている様子の天使。

 いちいち言動が仰々しく、芝居じみている。


「結局お前は誰なんだ? エール・ヴィースの知り合いか? ならこの世界にエール・ヴィースはもう存在しないと、ほかの仲間にも伝えておけ」

「ふざけるなァッ!!!!」


 天使族が叫んだ瞬間、イデオの立っていた地面が爆ぜた。神殿の屋根も床も、今度こそ石ころに帰した。


「お前がッ、お前がッ、エール・ヴィースをたぶらかし、その身体を奪ったのだろうッ! 忌々しい悪魔めッ」

「は……?」


 イデオ自身はエール・ヴィースと話したことも、会った事もない。完全に他人だ。

 強いていうなれば、同じ身体と仕事をリレー形式に引き継いだだけ。なんなら大した進捗も引継ぎ資料すらない、ダメダメな前任者という印象のみ。

 誰が好き好んでそんな立場になりたいと思うのか。


「お前は勘違いをしている。キーロイに聞けばわかる。アイツに聞いてから出直せ」

「勘違いをしているのはお前だ、エール・ヴィース……! 翼を失ったお前が未だのこのこと始まりの聖域に姿をさらしているそのことが、すべてを物語るッ……嗚呼ああ、悲しきことよ……」

「俺はエール・ヴィースじゃない! あと勝手にあわれむな! なんかムカつく」


 めっちゃしゃべるクセに言う事す事全てが途方もなくズレている。


「もう一度言うぞ。俺はエール・ヴィースではない。確かに身体はエール・ヴィースのものだが、それはキーロイとの取引の結果、たまたまだ。俺自身が望んで奪ったものではない」

「……どう信じろと言うのだ。俺は同胞を失ったのだぞ!!!! この詐欺師めッ、本性を暴かれなければ気が済まないかッ!!!?」


(メ、メンドくせェ~……)


 この世界ノーアウィーンの天使族は皆こんな感じなのだろうか?

 イデオは「絶対にエール・ヴィースの実家には行かないでおこう」と誓った。


「お前がエール・ヴィースでは無いと言うなら、お前を始末する者の名前を覚えておくがいい。我が名はニゼアール・ヴィース――調和をつかさどる天使である!」

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