note.35 近未来な裸の少年の誕生

 さて、今夜の宿も決まり、あとは晩飯時までやることはない。キングはベッドに足を投げ出して休息する。ギターを弾こうにも、リッチーがいないと音をろくに鳴らすことも出来ない。

 そこでキングは、己の故郷ぶりの海を満喫したいと考えた。


「観光、ですか……今はもう、海、眺めるくらいしか、楽しくない……と思う」


 フクメというこの娘。

 なんとなく健気けなげさがリッチーを髣髴ほうふつとさせるので、度々の抜けた言動にも強く言わずにいた。だが、リッチーよりはるかにポンコツである。


「正直すぎる! 確かに過疎ってるけども……ほら、美味いものとか、これは見といたほうがいいとか、何かない?」

「でっかい夕日?」

「それさっき見たな」


(こういうタイプの人でも田舎ではなんとかやっていけるんだよな。それに引き換え都会はそういう融通は利き辛いからな、フクメさんは東京出たらすぐにカモにされそうだ……)


 ポンコツ娘に幸あれ――そう思わずにはいられなかった。


「よく考えたら待ち合わせとか決めてなかったな。まあアーリェクの中にいる限り、二度と会えなくなることは無いだろうし、大丈夫だろ」


 丘の上にあるフクメの実家兼民宿を後にして、中心街の方へ繰り出した。

 もしかすれば、タイミングよくリッチーとその辺で出くわせるかもしれない。船を持つお宅を訪ねるというなら、きっと港の方にリッチーもいるのだろうから。

 他に客はいないと言うが、キングはギターだけは背負って散歩に出ることにした。海岸沿いを灯台目指して歩いてみるつもりである。


 空が程よくトワイライトに染まっていて、だんだんと近づいてくる波の音が耳を穏やかにさせた。胸がさざなみとの再会を喜んでいる。

 よく目を凝らさないと足元にある石でも蹴躓けつまずいてしまいそうで、少々ヒヤッとする。頭を空っぽにして、空の色に見れているわけにもなかなかいかない。吐く息吐く息が塩味に味付けされる。


 護岸の為でもあるが港の船着場は固められている。黒い海を眺めながら欄干を辿たどっていくと砂浜に下りられた。キングは迷わず砂浜を踏む。


「マジで人いねえな、この町」


 じゃくじゃくと歩いていると昔を思い出す。

 キングが音楽を始めるきっかけになったのは、海だった。

 正確にいうと、海が似合う人がキングに音楽を教えた。

 そして、海へまた船に乗って消えていった。


(あの人、今は何してんのかな。たぶん変わらず元気に船乗りやってんだろうけど……)


 キングの音楽の師匠と言えるその人は女性の船乗りだった。

 富山湾の船場に停泊した船を整備しているかと思えば、船乗りの学校で演習を監督していたり、幼いキングにはよくわからない人だった。今でもその人の詳しい職業は知らない。


(今でもドラムたたいてんのかな。海外行ったりしてるって言ってたし、向こうでも音楽でコミュニケーション取って楽しくやってんだろうなあ)


 海の男、ならぬ海の女。


 キングの実家は歩いて海に行けるほどに近かったので、その女性に放課後から音楽を聞かせてもらっていた。ただの片田舎の小学生にとっては、まずムキムキ女の船乗りが衝撃であったし、埠頭ふとうにあるようなドラム缶でも寄せては返す波の音でも何でも楽器にしてしまうその人の存在そのものが単純に愉快だった。


 しかしキングの目の前に広がるこの地平線の向こうへ行っても、どんな船にもその人はもういない。どこかにいる気もしてしまう。うそのような事実だ。


 代わりに、キングが音楽を響かせるとき必ず、その人がまぶたの裏で笑っている。

 幼い頃の幻のような思い出である。変わらないものは、音楽にある。




   ため息ひとつ 幸福の鳥が飛び去った

   かけらひとつ 手の中に残して 今

   やっと顔を上げてみるんだ


   手を叩いて 足を鳴らして

   一人でも踊れるのさ なんだったら

   mix目指そう さあ 君とリンクしよ


   世界中とハイタッチして sparkするんだね想いがさ

   もっとpopにremixer cleverにね 突き抜けようぜ

   世界中が俺と君とアナタと 生まれ変わって入れ替わって

   そうだpopにremixer 確かめようよ開いてみてそのページ

   飛び込むよ 狂騒の渦の中



 バザールを出てからずっと考えていた歌詞を、旋律に乗せて歌う。

 この世界に来て最初の作曲。


 フレディアに教えてもらった不思議な話と、あの時自分が歌えなかった言葉を乗せて。


(次会えたらこれを歌ってやりたいんだ。それまでに完成させて……ああクソ、ギター早く弾きてえなあ。リッチーまだかなー)


「て、うわっ……なにね……!?」


 その時、見事に足を取られて砂浜につんのめって転んだ。昔を思い出しながらの拍子のことだったので、つい富山弁変換されて言葉が飛び出す。(なにね=何だ)

 先日足を怪我けがしたばかりでこのザマである。ちょっとだけ足首をひねってみて確認するが今回は平気だった。


「か、棺桶かんおけか……? どっかから漂着したのかな、異世界何でもアリかよ……気味悪ぃなあ」


 キングがぶつかったのは、楕円形で流線型の箪笥たんすのような物体だった。棺桶、と評したのは、人が入れそうな大きさだったからである。

 銀色のそれは目覚めたばかりの星明りすら鮮明にまんま返すほどに素直で、それでいてようく研いだナイフのように鋭い丸さを誇っている。


「こわ、異世界こわっ!!!! 暗いからビックリするじゃん!!!!」


 独りで歌いながら勝手にコケた照れ隠しに大声で罪なき棺桶を罵る。

 すると――コトン、と音を立てて棺桶に穴が空いた。


「な、なになになになになになになになになになになになに!!?? 異世界こわいってえ~~~~~~~~~!!??」


 尻餅した直後だ。逃げの体勢を取り損ねて、キングは無様に腕だけで後ずさる。


 棺桶に空いた穴は直径二〇センチ程。穴はザクザクと完全な円ではないが、左右上下が対象の形である。自然界の物ではなさそうだ。


「異世界ってオカルトも含まれんのかよ聞いてない……ギャッ!!!!」


 穴からニュッと腕が伸びた。いや、出てきた。腕と断言できるのは、当然その先に人の手の形をしたものがくっついているからである。中に何かいる・・


「魚の村だから、これはタマゴです、ってこと……? 生まれてますけどっ!? 俺赤ん坊の取り上げとか出来ませんがっ!?」


 見る見るうちにタマゴだと思った楕円が腕の伸びた穴の内側へ、内側へと収納されていく。それはまるでひとりでに折り紙がパタパタパタ、と畳まれていくかのような、快感すら覚えるような幾何学的な動き。無駄がなさ過ぎて現実味を感じない。目の前で起きている事なのに、だ。


 そして現れたのは人間の横顔。

 胸。胴体。

 脚……人型の少年だ。

 天に伸ばされた片腕はよく見れば折り紙タマゴの素材と似ていて、ロボットじみていた。


「な、……え…………?」


 あまりの驚きに先程までのツッコミの勢いは当に失われている。

 キングは口をあんぐり開けたまま、近未来な裸の少年の誕生を最後まで見届けてしまった。


「……あの……?」


 ろうそくを灯した時の残像に似た、オレンジ色の瞳がこちらを見ている。


「さっき、聞こえたのは、お父さん?」

「お、お父さん……?」

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