note.34 (この世界にもキャバクラ、あるんかい……)

 アーリェクの町の人口ほとんどが魚人族で構成されている。魚人族でもまた枝分かれに種族があるのだが、そこは割愛する。魚人族は大抵その種族によって体格が決まる。キングが鉢合わせたのは赤いうろこに覆われた大柄な男性であった。


「あのっすね、俺達ここで今日泊れる宿を探してて……って、俺達ってのはツレが一人いて、今はちょっと外にいるんすけど……」

「んあぁー、そういうことね。ひっさしぶりにアーリェクに旅人が来たもんだ」


 グフフとエラから空気を漏らして笑う男性は、ベタンベタンと水掻みずかきのある足でフロアのカーテン奥へ入っていった。


(ワンチャン魚の悪魔の線あるかと思ったけど、違くてよかった……てか、さかなんちゅのオッサンどこ行ったんだ?)


 一応看板らしき物を掲げている建物に入ったつもりだ。きっと何らかの店なんだろうが、店内はガランとしているスペースと雑然と物が積まれているほこりっぽいエリアに分かれていた。


(これ、あれだわ、富山でもみたことある。個人商店のやってるかやってないかわからないタイプの店だ)


 日本の田舎の方でも道端に突然現れた物置、かと思ったら店だった。というヤツの雰囲気が近い。

 大きな店構えをしている割にこの様子だと、他のぱっとしない店ももしかすると開店休業か閉店の可能性も高そうだ。


「お待たせしました、お客様!」


 いそいそと出てきた男は先程とはまた別の魚人族。青いうろこをピカピカさせて、ヒレ付きのみ手でカウンターに立った。仕立ての良さそうなスーツも鱗のビカビカと相まって、一周回ってこれから脱ぐ芸人のような衣装にも見える。


「ん? お客様……ってことは、ここは――」


 まさかの一発ミラクル大当たりなのか?


「はァい! こちらはアーリェク一の美女が集まる、キャバレークラブですゥー!」

「きゃ、きゃばれーくらぶ……」


(この世界にもキャバクラ、あるんかい……)


 確かにアーリェクの一等地に建っている大きな店だ。もっと栄えていた今は昔、ここは派手に輝いていたのだろう。


(ていうか魚顔の美女ってどゆこと? それは魚では?)


「いやァーお客様はツいてますよォー! アナタで当店ご来店のお客様、なんと一万人目!!」

「い、いい一万人ッ!? そんなにここに人来るの!?」

「はァいそれはもう、ガッポリやらせていただいておりますのでェ」


(そうか、さかなんちゅと言っても頭が魚とは限らん。フツーに人魚みたいな美人とかもいるのかもしれん)


 と、まじめに受け取るバカはキングである。

 そんな常套句じょうとうくうそに決まっているであろう。


「ですから、お客様には本日特別にッ!! 十名のスタッフを付けさせていただきますゥ!! どの娘にしますかァー?」


(魚が十尾か……だんだん魚市場っぽくなってきたな。俺の田舎思い出すわ)


 などと考えつつも、十人もの美人が相手してくれるとなると、さすがのキングも気になる。


 男が差し出す美女名鑑はずっしりと分厚く、店内の造りほどボロく見えなかった。少しの期待を胸に、キングは美女名鑑をめくった。


「ふむ――……ってほぼ魚ァッ!!!!」


 水族館のお土産コーナーにありそうな、お魚トランプが脳裏によみがえる。


「これウスメバル! これはヤリイカ! こっちカマス! ウマズラハギ! ゲンゲ! 脂ののったブリ! 寿司屋かここはッ!!!!!??」

「お客さんお魚に詳しいんですねェー。うーん、お客様は人間種のようですしィ……こちらの娘はどうですかァ?」


 男によってパラリ、とめくられた美女名鑑。

 次に現れたのは平たい魚の正面顔、ではなくまごう事なき人間の顔だった。


「この娘は貝の魚人ちゃんなんですゥ。でもとっても恥ずかしがりやで、指名してもあんまり出てきてくれないんですよォ」

「はあ……って、いつの間に俺は指名することになってんだ!?」

「あ、出て来ないっていうのは貝からって意味でェ」

「人の話聞け!?」


 そんなことをやっているうちに、最初の魚人が消えていったフロアの奥のカーテンがするりと開いた。

 出てきたのは巨大なバイガイを背負った女の子。服はキャバ嬢らしくないが、年頃の子が普段より少しおめかししたくらいの、良い意味でちょうどいい格好をしていた。すらっと伸びた白い腕は人間のようでありながら、ほかの魚人と同じように水掻みずかきがついている。

 しかし姿を現してからずっと、愛想を振りくでもなくびた笑顔を見せるでもなく、無言に加えた無表情。


「フクメちゃん、ご指名入ったからついてあげてェ」

「いやあの、俺、別に指名してないっす」


 首と手を横に振るキングに気付いたバイガイの娘は、黙ってきびすを返そうとする。


「待って待ってフクメちゃん!!!! やっとお客さん来たんだから、フクメちゃんもわかるでしょゥ!? そろそろうちの城もヤバいっていうのは……お仕事しようッ!?」

「指名……されてないことには、お仕事、しようがないし……」

「ああもゥ!! これだから根暗はァ~~~~~~~」


 受付の男はテカテカ頭をむしり(少し鱗が飛んでいった)、フクメはきょとんとした顔で……たぶん何も考えていない。


「あのさあ……宿教えてくれないなら、もう出てっていいっすか?」


 やっぱりお客不足なんじゃん、と思いながら、キングは二人を半目で見遣る、と。


「宿……です、か?」




 フクメの実家はこじんまりとした民宿をやっていた。

 このご時世、宿の仕事も芳しくないので、娘は外に仕事に出ていたというわけだ。


「あらフクメちゃん、お客さん連れてきたの? 宿泊は何名様?」


 同じくバイガイを背負った女性が小ぎれいな格好でてきぱきと手続きをしてくれた。おそらくフクメの母親だろう。何故娘はこんなにも母親と違ってぼんやりとしているのだろう。

 後ほどリッチーが合流する旨を伝えると、あれよあれよと二名用の部屋が用意される。キングはようやっと荷を下ろすことが出来た。


 宿の外観はここまで見てきた家屋と同じような白い漆喰しっくいの四角いものだが、内装の壁には小さな貝殻が散りばめられていてなかなか凝っている。それが見る角度によって色が変わるので面白い。


「この部屋……窓から海、見える……」

「お、本当だ! 地平線に太陽が沈んでく」


 宿は小高い丘の上にあり、他にも宿らしき建物が並んでいる場所にあった。昔は眺望の良さからこのあたりの宿も流行はやっていたのだろうが、現在はすっかり静かである。

 眺望の良さは特に望んでいなかったが、こう目の当たりにすると本当に旅行にでも来たようだとキングは思った。


「あ、もしかしてここの宿泊費、高めだったりする?」


 施設内を案内してくれたフクメは、キングを通した部屋ではベッドメイキングをしている。実家でもしっかり働き手扱いされているようで、この町の寂れ方が少し心配になる。


「素泊まりなら……一部屋銅貨八枚。朝食は……一食銅貨二枚。ほか、オプション、ある……」

「そういう感じね。サンキュ」


 前にリッチーに宿泊の相場を聞いていてよかった。ここは朝食付きで平均的な相場になるように価格設定されているということだ。これならリッチーに文句は言われないだろう。ちゃんとベッドも二つ、きれいなシーツが設置されていることだし。


「助かったよ、フクメさん。俺は字が読めないからさ、親切な宿だしおふくろさんも良い人そうだし、変な心配しなくて良さそう」

「夜の、ご用命も、お待ちしております」

「それは要らないです」


 それは、マジで。

 キングはきっぱりはっきりノーを表明した。


「家の娘が家の敷地内でデリヘルやっても気まずいでしょうが。もうちょっと商売の仕方考えなって、おふくろさん泣いちゃうよ」

「そう、ですね……」

「マジで、そうした方がいい」


 なぜかキングがうら若い女の子を諭している。(参考:キングは二十五歳)

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