note.33 「さ、さかなんちゅ……?」

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 魔物のスポーン地点というのは、まだ見つけてられていない。

 イデオの見立てでは、それは必ず【めん】にあると踏んでいるのだが。


「ボウフラみたいにうじゃうじゃ湧いてきやがる……! キリがねえッ」


 汗と返り血(血とは言えない色をしているが)を拭いながら、イデオはポータルのバリア内まで退却を余儀なくされていた。

 想定より手古摺てこずっている。ポータルに来るまではそこまで魔物の姿は見えなかったはずだ。


(それが今はどうだ、ポータルのバリアにへばりついてる魔物までいる。ここまで俺の生命力ぽっちがエサになっているとは思えないが)


 それでなければ、考えられることは一つだ。


「キーロイが何か細工をしたのか」


 しかしキーロイはノーアウィーン世界の治安を守る側の存在のはず。魔物をむやみやたらとやすのはいかがか。


(俺を殺すつもりなのは分かるが、正負のひずみはまだふさがっていない。俺が職務放棄したからな)


 こちらで殖えた魔物は【せいの面《めん》】にも影響が出るのは当然の法則である。それをキーロイが知らないわけがない。


「とにかく少し休まないと、身体が持たんな。……絶対に帰るんだ」


 その時、イデオの背後でポータルが赤い点滅を示した。


「な、んだ……?」


 ポータルは瓦礫がれきだらけの周囲を赤く照らし、何の指示もしていないにも関わらず、イデオの目の前に大きなマップを表示した。このような挙動はイデオも見たことが無かった。


「これは……ノーアウィーン世界の地図か?」


 地図はイデオが居るポータルの位置を青色の点で表している。そちらの方へ一つの赤い点が近づいていた。


「これはエマージェンシーの表示? だとすると、俺以外の誰かが【めん】に侵入してて、ポータルに近づいているというのか」


 基本的に【負の面】の地形は【せいめん】とそのままそっくり、コピーのようにまったく同じである。

 建物や人も見えるだけだが、【正の面】の状況とまったく同じ状況を見せる。ただし、数秒遅れで【正の面】の様子を【負の面】は再現する。タイムラグはイデオ調べで約三十秒。まるで幽霊のように朧気でホログラムのよう。触れることは出来ないし、物理的にこちらから働きかけることは出来ない。こちらから【正の面】に干渉するには、ポータルを介さねばならない。

 加えて、ポータルが介入できるのは【正の面】だけで、【負の面】への影響は皆無。マザーシステムは【正の面】の為だけに存在しているといっていい。

 

「しかし妙だ、【負の面】では【正の面】の生物は生きてはいけないはずだが? この移動速度、新手の魔物かあるいは……――ぐぅッ!?」


 バリア外の魔物が一瞬にしてすべて爆ぜた。

 何の兆候もなく、閃光選考、爆風がバリアを貫通し、タールのようなどす黒い血飛沫ちしぶきはバリアにびちゃびちゃとたたきつけられている。同時に、瓦礫がれきが吹っ飛び、粉塵ふんじんが舞い上がる。廃屋紛いの神殿は屋根を失った。

 だが刹那、煙たい中空の砂が晴れ渡る。

 

 ――羽搏はばたきの音。


 イデオが身構えながら見上げると、そこにはあおい髪の天使が浮いていた。


「久しいな、我が同胞よ――お前は、エール・ヴィースだな?」


 その天使は頭の後ろに写実派の絵画のような光輪を携え、それこそ宗教画で見るような大きな翼を背に持っていた。


「けほっ……俺はお前なぞ知らんが」

「ふむ、神託の通りか」


 天使は首をかしげたように見えたが、肩を回したのかもしれない。

 次の動作はまたしても閃光でイデオには見えなかった。爆音がとどろき、廃屋は今度こそ崩れ落ちてしまった。




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 港町アーリェクは、のどかな田舎の漁港、といったところである。


 モルツカーン半島の大陸側に位置するアーリェクは、天気が良ければ海峡の向こうに灯台が見えた。ノーアウィーンの異変以前はその風光明媚ふうこうめいびな景色を求めて他国の旅行者も好んで訪れたらしい。


 現在はというと、だいぶ寂れかけている。

 キングとリッチーが街を少し歩いただけでも、大きな宿泊施設は一階エントランスへの扉が固く打ち付けられて入れないようになっていたり、細々ほそぼそと営業されていた土産屋なんかも店主がいるのかいないのか、開店休業のようである。


「キング、僕は先に行かなきゃな場所があるから、先に宿をとっておいて」

「おう、わかった。ん? 宿?」

「なるべく安いところ。一部屋でいいよ」

「おう……で、リッチーは?」

「さっき説明した通りだよ。人の話聞いてた?」

「えーと? どの話?」

「もーっ」


 キングは謝りながらも、頭の半分は置いてきたフレディアのことを考えていた。


 そう、この男達――事も有ろうかあの王女をバザールに置いてきたのである。


(なんか可哀そうになってきたな……ああやって若年ホームレスって増えていくんだなあ)


 潮風で蒸れた頭をいて、キングはあくびした。


 リッチーとキングは出発前、フレディアにしばらく歩き通しだから、などと理由をつけて水浴びに行かせ、その間にバザールに常駐しているキャラバンに憲兵を呼ぶように手配していた。そして、「どこかに逃げてしまったが盗人が出た。さっき川に行った少女が怪しいので取り調べをお願いしたい」とことづけたのだ。

 今頃フレディアはわけもわからずキャラバンの商人によって適当なかごへ収容されているのだろう。キングとリッチーの『城へ強制送還作戦・・・・・・・・』の一環だとも知らずに、ぎぬだ! などと騒いでいるに違いない。まったくひどい男達である。


「僕はお父さんを乗せたって聞いてる船を持った人の所を訪ねるから」

「お父さん……て、船乗ったん?」

「うん。王都の技術研究所に行くときにね」


 バザールをって街道を少し行くと、大体東西南北に道が分かれていた。

 北へ行けば海を見下ろせるサスペンスな崖。

 東はモルツカーン山脈へ戻る道。

 南は大陸方面へつながる半島の付け根。だがこちらは陸路が続き、魔物襲来の危険がある。

 ということで西へ。それがアーリェクの港町であった。リッチーは大陸まで水路を取ったのだ。


「へえ、伝手つてで乗せてくれと頼むってことか」

「そういうこと。まあ、お父さんの訃報も、ね……」

「ああ……そっか」


 リッチーは少しだけ出会った頃の悲し気な瞳をしていた。


「せっかくだからさ、親父さんの話も聞いて来いよ! あんまり覚えてないんだろ? そういうのも旅の醍醐味だって。なんてーの? 足跡を辿たどる、みたいな」

「……うん、ありがとうキング」


 顔を上げたリッチーはちょっとはにかんだように笑った。


 見慣れた長い耳の小さな後ろ姿を海沿いの方角へ見送ったキングは、リッチーに持ってもらっていた小型スピーカーを持ち直す。久しぶりのストリートライブスタイルに戻った。


「っしゃ、宿探さねえとな!」


 しかし、中心街へ入ってから気付く。


「俺、こっちの世界の文字まったく読めねえんだったわ……何て書いてあんだろ?」


 街道から入ってきたキング達は、アーリェクへの旅行者の正規ルートを通って来たに等しい。

 だがそこに立っていた古びた看板の「ようこそ海の町アーリェクへ」の文字も、キングにはらくがきにしか思えなかった。


「これは弱ったぞ……見かけだけで宿かどうかなんて激ムズだぜ。でもリッチーにああ言った手前、宿は確保したいよなあ……」


 インドに飛んでいた時も言葉はそもそも通じない前提だったが、ジェスチャーや片言英語でなんとかなった。ぱっと見で外国人旅行者が出入りしていそうなホテルも探せた。だがここは異世界だ。既存の概念は通用しないだろう。


 そしてこのアーリェクの町――まだ人とすれ違っていない。

 さっきちらっと海の方を見た時には漁師らしい人が歩いていたが、町の方面は観光客どころか、ゴーストタウンの様相であった。


「今まで不思議に思わんかったけど、何故なぜか日本語通じるしな。よし! どこでもいいから突撃して片っ端から聞いていこう!」


 こういう時にポジティブに動けるのは、キングの数少ない長所である。適当に目に付いた中心街でいちばん大きな建物に早速入った。


「すいやっせーん! 宿探してるんですけどー!」


「……あ?」


 ドア開けてすぐ現れた、何だ……このデカい人は?

 水掻みずかき、エラ、背びれ、ギョロっとした目玉――


「さ、さかなんちゅ……?」

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