note.32 改めて説明しよう。
「これも、オンガク……?」
フレディアは客やキング達が使う「音楽」という言葉を自然と口にしていた。
(こんなに透き通った音、知らない……さっきまでの騒がしい言葉たちとは違う。優しく語りかけてくる。誰かの温かな
音なんて物はただの空気の波状であり、それこそ透き通った存在。
(でも誰かの意志を感じる。言葉は無いのに、ほの明るくてやわくて、でも切ないくらいの献身、
あとからあとから泉のように湧きあがる思いが、フレディアの体温を通じて涙に転じていった。視界が
「お母様――……ッ、お母様、お母様あぁ……――――っ!」
それは彼女にとって、まったく新しい感情の去来であった。
セミアコの音は、ゆっくりと朝日が空の色を塗り替えていくように、次第に静寂へと還って行った。
「ああああ~~~~~~~~~~やっちまったあああああああああああああああ!!!!!」
翌朝……よりも前から、キングは一貫してこの調子である。
これにはリッチーも長い耳を
「うるさいよキング! ちゃんと出発の準備して!」
「わかってる……わかってるんだけど……ああ~、あ~~~~~~~昨日の俺ェ~~~~~~~」
「うーるーさーい!」
リッチーに小言を
見誤っていたのだ、客の需要を。己の価値を。
(いや、そもそも……俺が俺の実力を過大評価してたんだ――
「ぐッ……しかもシューベルトに負けたああああああああああああッ!!!!!」
「うるさいってば! シューベルト誰!?」
月夜の
就寝時でさえ、突然叫び出す隣のキングをリッチーは蹴り飛ばしていた。
(クソクソクソクソーーーーーーーーーーッ!!!!! 何であの時、自分の音楽を貫き通さなかったんだ!? 偉人の名曲に
改めて説明しよう。
一、今の彼女に必要な音楽はキングの曲ではないと判断したのが、他でもない自分自身であったこと。
一、そして導き出した選曲が、ひとたび聞けば誰もが愛するであろうクラシック音楽大家の名曲であったこと。
一、最終的にハマってウケたのが他人の作曲であったこと。
要因は様々重なるが、そのあたりが自己嫌悪の始まりであった。
「もういい加減にしなよ、キング。そのシューベルトって人は知らないけど、音楽がやっぱり誰かの心に元気を与えることの成功例にはなってるじゃん」
「知ってんだよ~~~~そんなことはもうとっくの昔にシューベルトは知ってんだよォ~~~~ッ!!!!! ガアアアアアアアアなんッか腹立ってきたァッ!!!!!」
「さっきから誰に怒ってんのさ?」
「わからん……っ!」
リッチーとキングが言い争って(?)いる横で、カレンが大剣を
それまでいそいそと旅支度を進めていたようだが、もともと荷物が少ないカレンは、ナップザックのような袋を背中にひとつ提げているだけだった。
「キングさん、リッチーさん。いろいろお世話になりました。面白いものも見れましたし、短い間でしたけど、一緒に旅をできて楽しかったです」
「え!? カレン、もう行っちゃうの!?」
驚きの声を上げたのはフレディアである。
「私も旅の途中でしたから、自分の旅路に戻るだけですよ」
「そうなの……。私は一緒に行っちゃダメ?」
「うーん、フレディア様を守りながら盗賊連中と殺り合うのは最悪、二人とも死にますからねえ、やめておきましょう。でも王都の方にも寄るつもりですから、大陸を周って辿り着いたらまたお会いしましょうね」
「王都……」
少々考える
「カレンさんは一日目にも言ってた、ヘンケレーデンの遺留品? を狙ってる人を探しているの?」
リッチーはもうキングを放っておくことにしたようだ。
「まあそんなところです。故郷はただの
目元は布で見えない。口元は形の
「王国跡で暮らしを続けているご老人達も見張るようにしているそうですが、後を絶たないらしいですし、命を落とした仲間のためにも……私が出来ることはしたいんです」
「そっか……じゃあやっぱり僕らには止められないよね。また会えるといいな」
「そうですね。私もキングさんのオンガク、また聞きたいです」
「あー……今はそっとしておいた方がいいよ」
「みたいですね」
カレンはリッチーと並んで、頭を抱えては叫んでいるキングの後ろ姿を微笑ましそうに眺め、その後後ろ姿も見せずにいつの間にか去っていた。
だがその頃になると気付くのも遅いものだが、フレディアのやり場を二人は困ることになる。キングとリッチーだけでは魔物の奇襲に耐えうる戦力が基より欠けている。そこへうら若き王国の姫など、連れてあるけるわけがないのだ。ほかにも様々事由はある。
「キング……」
「まて、言わなくても分かってるから……今思ったこと言っていい? いや、実行するとかは別にして……」
「うんうん、何となく言わんとしてることはわかるよ? わかる。だってそうするしかなくない? だよ、ね……」
そうなのだ。着いて行きたいと訴えられても、フレディアを守れるような力は、キングにもリッチーにも無い。
「ってかよ、さっさと家帰れないの? なんでこんなところにいんの?」
キングは耳をほじくりながら、明らかに面倒そうな顔を向けてフレディアに言った。
もはや気を遣うこともない。ここからは自分達の旅路に影響するのだ。
「私は家を出たいのよ! だって帰ったら知らない男と結婚させられるのよ!?」
面と向かって言われて、思春期の少女は激昂する。
腕を広げ、ありえない、といった表情で自分の正当性と一方的な被害についてを述べた。
「知らんっ。めっちゃくちゃどうでもイーッ」
「こンの……どうでもいいわけないでしょう!? どこの誰のおかげで国土が守られてると思ってんの!? うちのおかげなんだから!! 私のお父様のお・か・げ!!」
「家出たらそのお父様とも縁切るんだろ? じゃあお前関係無いじゃん! なに威張ってんだよ」
「くぅッ、ムカつく男~~~~~!! 貴男なんかオンガクさえなければ何のとりえもないただの人のクセに~~~~~!! きちんと税金過不足なく収めてるんでしょうね!?」
「はいはい、ケンカしないの」
敢え無くリッチーが間に入る。
確かにフレディアの家出のことについては、リッチー達が立ち入るべきではない。
本来なら憲兵か、他の安全な国家保安関係に身柄を渡した方が完全に善いに決まっているに決まっているのだ。
(でもそれやっちゃうと、下手したら僕たちが誘拐の疑いで逮捕されちゃうんだよなあ……王都、城下、王室がどう騒いでるのか、大きな町に行ってから情報収集しないと動けないなあこれは)
そんな心配事など露知らぬキングは、相変わらずフレディアに対して不機嫌そうな顔を見せていた。
(僕たちの旅芸人、っていう立場は逆に利用しやすいかも。とりあえずはアーリェクの港町に向かうとして……)
フレディアをどうやって
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