note.27 下着泥棒?

 カレンは首からタオルをかけて、まるで銭湯上がりのオッサンのていであった。

 目元の布は巻付けているのに、衣服は一切身に着けていない。つえ代わりの大剣は持っているのに、衣服は一切身に着けていない。(大切な事なので二回申し上げる)


 キングは慌ててその辺にあった自分の上着をカレンに被せた。


「服どこやったんすかっ!!!!」

「あらー? タオルだけ持って満足したみたいですね。水場に置いてきたようです」


 そんなことある……?

 キングはげっそりとため息を吐いた。


「カレンさんはそこ動かないでくださいよ……俺取ってっから」

「そんな、悪いですよ」

「その格好で歩いてた方が悪いです!」


 何に? ――そんなの決まっている。言わせるな。


(よくもまあんな格好でゆったり歩いて戻って来て、何も起きなかったもんだ。こっちの世界は治安悪いように聞いてたけど……いや、逆に何も身に着けないでおっきな武器だけ持ってる方がヤバい奴って認識なのか? まあ日本もそれはいっしょか……警察沙汰だけどな)


 カレンの歩き方は独特だ。キングはそれに、とある既視感を持っていた。大相撲力士の歩き方だ。常に地に足の裏を着け、り足でゆく。ゆったりと――。強者の受けて立つ構えに近い余裕を感じさせた。

 確かに目が見えないらしいカレンは、今まで知り合いになったどの女性よりも、意識的もしくは無意識にしろ、「女性」性が持っている隙を感じさせなかった。

 カレンはあの凶暴で異臭を放つ魔物を一人で倒した、ともリッチーから聞いているし、もしかしたら早朝から稽古をして、そのまま水浴びに行ったのかもしれない。とキングは今朝の推察をした。何故服を着忘れたのかは、ちょっとわからない。


 負傷していたキングの左足首は、リッチーが買って来てくれた軟膏なんこうを塗って(楽器を弾いて歌っていた以外は)安静に座っていたら、痛みも腫れも随分と引いてきていた。

 少しだけ肌色がグロテスクなままだが、変な角度にしない限りは鈍痛なしに歩けているし問題無い。


 この辺りになるとモルツカーン山麓よりはるかに低地になってくる。魔物に襲われたのも草原だったが、人の往来のある街道沿いともあり、草木の背が低い。地平を臨みやすかった。

 日本の風景とは異なり、向こう側に必ず山がそびえ立つ、といった景色ではない。ただただ、ひたすら草原。それが陽光に照らされて喜んでいた。手負いのキングもならば、とザクザク張り切ってエンジニアブーツで小川までの少々禿げた土を踏んでいった。


 立ち寄ったほかの旅人や、商人達もカレンが水浴びに使った水場を基点に生活している。

 水場というのはバザールにいる人達がそう呼んでいるからなのだが、実際は広めの小川。淡水は澄んでいて、泳いでいる魚も見えるほどだ。

 飲むことも出来るし、料理に使ったり、風呂代わりにしたり。ちょっとしたキャンプ場みたいだ。


 しかしキングだけはまだ水浴びが出来ていない。

 しかも、気付けばノーアウィーンに来てからずっとだ。着替えも無い。

 さっき咄嗟とっさに自分の上着をカレンに押し付けて来てしまったが、臭くなかっただろうか。途端にそんなことが気になってくる。


「これはさすがに人としてヤバい気がする……俺もちょっと浴びてこようかな」


 ちなみにリッチーは水が苦手らしい。泳げないと言っていたのをキングは聞いていた。どうやらモルット族は水浴びよりも砂浴び派のようである。


 バザールがいつ頃からあるのかは知らないが、小川までの道のりは明らかに誰かが行き来しているクセが付いている。それを辿たどると難なく到着した。ちょうど誰も見当たらない。木漏れ日が気持ちよい穏やかな川のほとりは、絵でも描きたくなる。


「お、誰もいない……カレンさんの服、盗まれてねえな。発見」


 ミッションコンプリート。

 ちゃんと大きな木陰の根元に置いてあったので、何となく安心した。


 午前の透明感ある日差しに、小川の水面がきらきら反射している。川底の砂利を巻き上げて、こいくらいの魚が逃げて行った。

 キングは胸がうずうずしてしまう。


「俺も……ちょっと足浸すくらいするか!」


 せっかくなので歩きづくめの己の足をいやしてやろう。

 カレンが自分たちの荷物を見張りつつ全裸で待機しているので、ほんの少しだけだが。


「うひーつめてっ! あ~~~~~~~さっぱりする」


 ブーツにしまいっぱなしの両足を開放して、きれいな水に入れるだけで随分と気分がリフレッシュする。ケガの足首も熱が引いていくようだ。


「ふぅ、こりゃいいな、きもちーわ……ん?」


 なんだか、視線を感じる。


 キングは一般的な日本人だ。リッチーのように特殊な能力を持った異世界人とは違う。イデオのように訓練された戦闘能力もない。だが、刺さるような視線をちりちりと感じ取っていた。


(誰だ? こんなところに知り合いはいねえけど、気のせいじゃなさそうだ)


 きょろきょろと周囲を見回すと、いた。先程の大きな木の陰から、少女がこちらを覗き見ている。


「き」

「き?」


「きゃあああああああああああああああ下着泥棒ーーーーーーッ!!!!」


 下着泥棒?


「お、俺のことか?」


 確かにカレンの服が、下着も含めて失くさないようにしっかりと手にあるが。

 どうやらキングが女性ものの衣服を持って行ったのを、見て勘違いしたようだ。


「ちがうちがうちがうっ! 泥棒じゃねえって!」

「きゃああああああ誰かああああああああ」

「おおおおおおぅいいいいぃぃ違うっての!!! 呼ぶなっ!!!」


 急いで水から上がり、木陰の少女の方へ向かう。


「違うから、落ち着いてくれよ!」

「さ、さわらないでっ! 不敬よ!」

「暴れんなっての!」

「誰か来てーっ! 乱暴される!」

「しねえわっ! 頼むから落ち着いてくれよもー!」


 静かにしてくれと言ってもジェスチャーで示しても聞かないので、仕方なく口を押える。当然、少女は暴れて抵抗する。本当に誰かに聞かれて、駆け付けられるのではとキングは気が気ではない。


 やいやいわたわたのもみ合い。


 当たり前だが、キングは加減している。少女は自分の肩よりも小さいのだから必死だ。逆に少女の方はそうはいかない。自分より大きな体格の男に対して、本気の足掻あがきを見せていた。


(だああああっクソ! らちが明かねえ……こうなりゃあ――!)


「え、えっ、きゃあッ!? 何すんのよ!?」


 キングは少女を抱え込む。要はお姫様抱っこだ。


「どりゃあああっ」


 どぽんっ……。水しぶきを上げて、少女は小川に投げ込まれた。


 浅くはないが深くもない。せいぜい魚が突然の飛来物に驚くくらいだろう。


「――ぷは! ちょっと!? いきなり何すんのよっ! 不敬だわ!」


 ずぶれになった頭と振り回す拳が水面から飛び出す。まだ血の気が多そうだが、さっきよりは大分マシな状況だ。


「ちょっと頭冷やせよ! いきなりはそっちだぜ、他人ひと様を泥棒呼ばわりしやがって」

「えっ……その服貴男あなたのだったの!? そ、そうよね……世界にはいろんな趣味の人がいるものね……悪かったわ」

「ちっげえええええええわッ!!!! 本人の代理で忘れ物取りに来ただけ!!」

「そ、そうなの?」


 言葉通り頭から足の先まで水浸しになってしまった少女は、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。しゅん、と己の誤解を恥ずかしそうにうつむいていた。


「わかったんならいいんだけどさ。ほら、上んなよ。投げた俺が言うのも何だけど、意外と冷たいからずっと浸かってると体が冷える」

「あ、ありがとう……」


 川底に足は着くようだ。ざぶざぶとキングのいる岸まで川の流れをき分けて歩いてくる。

 伸ばしたキングの手に、少女はしおらしく手を重ねた。


「……――マーキュリーの王女をめないで頂戴」

「んな!?」


 ぐん、と手を引っ張られたとキングが思った時には、天地がひっくり返っていた。

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