note.25 「いつでもそこにある、ありふれたもんさ」

 マーキュリー国の平和条例に従い、狼藉ろうぜきを働いた男達は知らせを受けた国家憲兵に受け渡すということで、バザールに常駐していたキャラバンに預けることになった。


 三人はようやっと一息つく。

 旅慣れたカレンが火の起こし方や、安全な水の見分け方など基本的な衛生周りを教えてくれた。そうしながら一緒に焚火たきびを囲み、温かいハーブ湯を作った。(ハーブは薬屋のおまけでもらった物だった)夜は少しばかり冷える。


「この軟膏なんこう塗って、足はなるべく動かさないで安静に! 二日間くらいはここで寝泊まりすることになるからね」

「足止め食っちまったなあ」

「別に急ぐ旅でも無いし、いいんじゃない。それよりキングはしっかり休養とってってよね! またぶっ倒れられたら困るんだから」


 リッチーはぷりぷりと怒ってみせ、キングは眉を下げて謝った。

 もとはといえばリッチーをかばってのケガだ。少しくらいの足止めで本気で怒る気はない。


「と、ところでカレンさんさ」


 これ以上リッチーの機嫌を損ねてはかなわない、とキングが慌てて話題を変える。


「旅の心得とか、もっといろいろ聞かせてくれよ。ああ、そうそう! さっき言ってた俺の長い荷物ってギターのことかな」

「ぎたー……それはいったいなんでしょうか?」

「あれ? 違うかな?」


 リッチーがキングの脇腹を突く。


「それ何の話?」

「さっきの四人組に襲われた時に、何でか俺のギター狙ってたんだ。王家の墓の……埋葬品? とか言って」

「はあ?」

「いやだから、俺もはあ? って思ったよ」


 こそこそと二人会議を終え、ちろっとカレンを盗み見る。覆われた彼女の視線は何を思っているのかはうかがえないが、うつむく先には暖かな色をした焚火たきびがあった。


「……あの男達が狙っていたのは、私達ヘンケレーデン族がまだ王国であった頃の形見のひとつ――森の神への誓い札です。失われた国で火事場泥棒を働いてる輩が世界にはいるんですよ」


 カレンは湯を口に含み、温かい息を吐いて、ぽつぽつと語り出した。


「ヘンケレーデン族は、今は亡きヘンククーリの森と泉に恵まれた穏やかで満ち足りた暮らしをしていました。森では植物の実や根、葉、動物たちの肉、骨、皮――余すところなくいただき、王はその恵みに感謝をささげるため祈祷きとうを寝ずに行う。その際に誓い札を読み上げるのです。今では考えられないような静かな暮らしをしておりました。森の中だけの私たちの小さな国……よその国とは比べ物にならない程貧しく質素でしたが、森と泉が私達のすべてでしたから、ちっとも気になりませんでした」


 しかし、ノーアウィーンの異変が起こる。


 ヘンククーリ周辺は豊かな水脈が多かったこともあり、結果暴れる水源に滅ぼされたのだった。


「百年前……私達は長命な種族ですが、ヘンケレーデンみんなが家族でした――老いも若きもつつしましく。けれどヘンククーリの森が無くなり、今はばらばらの散り散りです。老人たちは、今やただの大きな水溜まりの近くから未だ離れられずに茫然自失と暮らしています。小さな子供がいる家庭は、新しい棲家すみかを探して出て行きましたし、その道の途中で魔物に襲われ命を落とした知り合いも聞きました」


 キングには想像もつかない話だ。

 モルットの話も聞いたが、その過去とはまた違った悲しみの物語。


「カレンさんは、一人なのか?」

「私の家族は百年前の水害で亡くなりました。その時目を傷めた私を助けようと泳いで、泳いで――水の底に……私だけが生き残りました」

「そうか……」


 ふと、キングがギターケースを座っていた膝に乗せる。ジーッと音を立てて黒いケースから鮮やかな朝焼け色のセミアコを取り出した。

 聞き覚えの無い音に、カレンは胡乱うろんな表情をしている。


「これ、さっき言ってた長い荷物の中身。ヘンケレーデンの王様の物じゃないけど、俺の宝物。エレキギターっていうんだ」

「宝物……私、目が見えなくて……せっかく出していただいたのに」

「触ってみるか?」


 キングは自分の膝からギターを明け渡す。

 カレンはそのギターとやらが、どのような物なのか知らない。重いのか軽いのか。どんな形をしているのか。何で作られているのか。どういう意図で作られた物なのか。名前も知らない。

 故に、手を出したものの、なかなか受け取れないでいた。


「私なんかがいいんですか? キングさんの宝物って……」

「宝物っつっても、カレンさんが言うような王様の埋葬品みたいな大層なもんじゃねえから。ほら」

「は、はい」


 リッチーにはキングの行動が意外であった。


(ギターがキングの大事な物っていうのは僕も知ってはいたけど、こんなに気軽に渡しちゃうんだ……)


 そんなことを考えながら、カレンの戸惑う様を眺める。


 だが思い起こせば、ほとんど初対面みたいな自分にもキングはその音楽の肝の一端を握らせてくれていた。電源としての役目、というのもあるが、キングは音楽を通せばかなりフラットに他人と接するのが根底の性質なのかもしれない。


「これは……何やらひんやりしてますが、手にしっくりきます。すべすべした感触ですが、ぬくもりも感じるというか……あれ? この糸もギターの一部なんですか?」

「それは弦だ」

「弦? なるほどなるほど、弓のように張ってあるのですね……六本あります。この段差はなんですか?」

「段差っていうかホールだな。セミアコースティックギターは半分空洞で、半分は中身が詰まってる。木でできてるんだぜ」

「これは木でできているのですか! 初めて聞く道具です。これは何をするものなんですか?」


 よくぞ聞いてくれた、と言わんばかりにキングがにししと笑う。


「音楽するため! エレキギターってんだけど、リッチーがいるおかげで良い音を鳴らしてくれるんだ」


 はいはい、と心得ていたリッチーはほか必要な物を出して揃える。

 それらをいちいちキングはカレンに説明する。触らせはしなかったが、アンプやチューナー、エフェクター、小型スピーカー――すべて大事なものだ。


「複数の仕掛けをつないで、音を出す……かなり大掛かりな道具なのですね」

「大掛かり、か。確かに、ここまで来るのにたくさんの技術者の頑張りがあるんだよな。それから音楽への敬愛とか」

「さっきから仰るオンガクというのは、キングさんの国の神様の名前なのでしょうか。すみません、広く渡り歩いてきたつもりなのですが、まったく聞いたことがありません」

「音楽は神様でもなんでもねえよ。いつでもそこにある、ありふれたもんさ」


 リッチーはキングの顔を見て、歌うんだろうな、と思った。

 キングは音楽のことを考えてる時、何だか幸せそうだ。すぐにわかる。


(キングの故郷――音楽のある国、きっとみんながこんなふうに幸せに笑ってられる国なんだろうな。イデオもドラムをたたいてる時、すごく楽しそうだし。いいなあ)


「リッチー、やろうぜ!」


 けれど、同じ笑顔をキングはリッチーにもくれる。


(僕はキングやイデオみたいに楽器を使って歌ったり奏でたりは出来ないけど、僕にしかできないことをキングにしてあげられる。僕にとってはそれが音楽なのかも)


 リッチーはもちろん、とうなずいいた。



   遠くへ行きたい 君はよく言ってたね

   冷えたカップを両手で包んで

   温めようとしていた


   何をしたらいい? いざ君がいないとなると

   居ても立ってもいられなくなるんだ

   糸を手繰って もう一度


   俺の右手 君の左手

   端から変わってく感覚

   生まれ変わる 心が通い合ってる

   それは愛だね

   君は南へ 俺はここに

   同じだけのエナジー感じて

   離れてても この足で跳び越えるよ

   それは愛だね

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