note.24 「素人がミュージシャンの楽器勝手に触んな」

 カレンは視界を持たない。

 故に、彼らがどこから現れ、どのような格好をしているのか、把握することが出来ない。彼らの狙いすらも――。


「あんたの器量にも用はあるが……まずはその長い荷物を渡してもらおう」

「長い荷物……?」


 カレンは横に寝かせていた大剣を素早く引き寄せた。

 しかしながら、男は低く笑う。


「ちがうちがう。そこで寝コケてる野郎の横にあるブツだ。それもあんたの仲間のだろ?」


 暗がりのその男は下卑た笑いを含みながら指を差した。示したのは、キングの相棒であるギブソンのセミアコだ。

 だがその動作はカレンには見えない。


(足音や息遣い、聞こえた分では四人……皆固まって向かって正面、同じ所にいる。私の背後に今は気配はない。ということは本当にこの荷物にだけ用があったのか。でも、まだキングさんのことはよく知らないし、目が見えない私にはその荷物が何なのかもわからない……)


「どうした、その荷物を俺達にくれない理由があるのかい? ンー?」


 男達はカレンが微動だにしないのをいいように捉え、満足げな表情を浮かべていた。


(連中は私が盲目なのに気が付いていないのか、そもそも気にしていないのか。少し場所が離れすぎている……もう少し近づけば斬れる。私には見えないその荷物とやらに連中から近づいてくれれば……)


 カレンは思案しながら、注意深く五感(視覚の代わりは第六感だが)を研ぎ澄ませた。敵の情報を洗い出し、分析する。これがカレンの戦い方。


「おい、この女ビビっちゃって動けなくなってんじゃあねえの? 身売りって聞いてさ」

「バカヤロ、身売りまでは言ってねえだろ」

「でもどうせ伸びてる野郎以外は全部もらってくんだろ? ちんたらしてると正義づらした連中に見つかっちまうぞ。こんなご時世、町外での強盗なんて珍しくないだろうに」


(なるほどなるほど……私がか弱い婦女子だと思っているということ。であれば――)


 カレンはおもむろに警戒していた素振りを解いた。大剣からも手を放す。


「お願いです、身売りは勘弁してください。長い荷物は持って行っていいですから」

「おっ、話がはやいネエー。物分かりのいいお嬢さんでよかった!」


 再び下品な笑い声。カレンはその声を数える。

 最初の通り、四人。増減は無い。これから展開が動きそうだ。


「じゃあこの長い荷物を……おい! 中身を確認しろ!」

「確認しなくても、この形は探してたアレで間違いねえだろ。王家の墓の……」

「こら、声に出してその名前を言うなよ。呪われるぞ」


 男達はぞろぞろとカレンとキングの身辺を品定めし始めた。


 彼らが口々に宝だと指している物――それこそが、キングのギターのことのようである。黒いギターケースに一人の男がしゃがみこんで触れようとした。


(キングさんと私の間……気配! 斬る――!)


 カレンが迅速に大剣に手を掛けようとした――――まさにその瞬間。


「おい、素人がミュージシャンの楽器勝手に触んな」


「な……っ!?」


 ギターケースを手に取ろうとした男の手首をがっちりとつかんだのは、節くれだったキングの左手。


「おいコラ、どういう了見だ。俺のギブソンどうするつもりだ?」

「ぎぶそん? 何言ってやがる……」

「何言ってやがるはこっちのセリフだ!」


 キングの左腕が男の手首をめきっ、と締めつけると、情けない悲鳴が上がった。


「ギタリストの左手の握力なめんなよ。レフティーの人は逆だけど」

「この野郎……っ、こっち見ろォー!!! この女がどうなってもいいのか!!??」


 別の男が大剣をいざ構えようとしたカレンの腕を、もう一人が白くて細いその首筋にナイフを突き立てていた。


(く、しまった! キングさんがこのタイミングで起きるのは想定外……斬り損ねた!)


 カレンが唇をむ。


「はははっ、その荷物を大人しく渡せ。そうすればこの女の命だけは保証してやろう! ……まあ、生きてどっかの金持ちに可愛がられる運命なのは変わらねえけどなッ!」


「……その人誰?」


「は……?」

「いやいや、俺の知らない人だけど。その人、誰?」


 キングが曇りの無いまなこで「うーん、やっぱり知らない人だわ」と首をかしげた。

 確かに、今まで寝ていただけのキングにとって、カレンは初めて見る人。初対面の人がいきなり人質に取られても、ちょっと流れについて行けない平和国出身者。


 男達はにわか狼狽うろたえた。少々思い描いていたシナリオと違った様子だ。


すき――!)


「ぐあっ!?」


 首筋に当てられていたナイフを持った腕を、カレンは細腕でじり上げる。ひるんだ男の首根っこを捉えてそのまま地面に転がした。


「な、なんだこの女ァ!?」

「大人しくなさい、国の平和条例に違反している連中……全員城下の牢獄ろうごくへ送ってさしあげましょう!」


 奪い取ったナイフで大剣を押さえている男の顔をっ切る。

 顔面を狙えるのは、荒くなった息が聞こえるからだ。男たちは濃くなった敗色に冷静さを失いつつあった。


 キングが瞬きをしている合間に、一人、また一人、最後の一人、と手際よくカレンのナイフさばきによって地に伏せられていく。まるで時代劇の殺陣でも見物しているかのような気分だ。


「――ふぅ、痛めつけましたからしばらくは動けないでしょう。キングさん、手間取ってしまってすみません。リッチーさんから留守を預かっていたのですが、面目ないです」

「あーリッチーの知り合いなの? それはそれは……ん? そんでリッチーは?」

「キングさんの薬を買いに行ってますよ」

「そうだったのか。そりゃあこっちこそ手間とらせて悪かったな」

「いえ……それより気になることがあるのですが」


 カレンはキングの方に向かって座り直そうと、手を使って足元に障害が無いか確かめている。


「アンタ目が悪いのか。こっちなら座れるよ」


 キングが立ち上がってカレンの手を取った。木の凸凹でこぼこした根の地面を避けて、なるべく草地の平らな位置へ案内する。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、助けてもらったのはこっちだし。何がどうなってんのか分かんねえけど、リッチーの知り合いならイイヤツなんだろアンタも」

「知り合ったのはほんの少し前ですよ」


 カレンはモルツカーン麓での魔物の襲撃の際に助太刀に入ったことや、その時負ったキングの外傷などを話した。その後リッチーとここまでやって来て、安全な場所ということからしばらく滞在した方がいい、ということまで。


「本当に世話になっちまって……もう寝不足溜まりまくりで限界でさあー、横になったらどこでも睡魔が……」


 キングは心底申し訳なさそうに目頭を押さえた。


「まあ寝てただけならリッチーさんも一安心でしょうね」

「いや、怒られそうな気がするな……そういえばさっき、気になることがあるって言ってなかったっけ? えーと、カレンさん?」

「……はい。実は、その長い荷物という物の中身が何なのか教えていただきたいのですが……」

「長い荷物? 俺の荷物で?」


 その特徴にキングは心当たりが浮かばない。


「そうです。先程の盗賊まがいの連中がそれを狙っていたようで――王家の墓に埋葬品としてささげてあったものなのです」

「おうけのはかのまいそうひん……って――――――ぐっふぉっ!!!!!」


 そこへ、リッチー渾身こんしんのドロップキックがキングの横面にヒット。


「キング!! ビックリするからもう勝手に寝ちゃダメ!!」

「え、ええ~……なんつー理不尽な……」

「理不尽はこっちのセリフだよ!」


 リッチーはべしっと更にキングの頬をぱたく。

 だがもふもふの毛と肉球で、ドロップキックもビンタもそんなに痛くはない。キングの頬にリッチーのブーツの靴裏の痕がちょっと残った。

 リッチーの目尻にも少し、涙の跡が残った。


「リッチーさん、おかえりなさい。良さそうなお薬ありましたか?」

「カレンさん、お留守番ありがとうございました! 処方してもらった軟膏なんこうを買って来たんですけど……」


 リッチーがおそるおそる送った視線の先。


「あの積み上がった四人の屈強な男たちはなんなの?」

「ああ、あれはカレンさんがおきゅうをすえた泥棒さんだ。な、カレンさん」


 キングは頬をさすりながらカレンに目配せする。


「ええ、たいしたことありませんでしたね」


 カレンはふふっと軽やかに笑って、手を振った。


「は、はは……本当にカレンさん強いんだね」


 対魔物だけでなく、不埒ふらちな夜盗にも容赦をしない。

 ここまでのリッチーへのフォローやキングの護衛、そして明るく朗らかでいて固い誠実さ。


(もしカレンさんが僕達の旅についてきてくれたら心強いんだけどな……)

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