note.23 (ごはんとか睡眠だとか……自己管理は自分でしっかりしてくれよ~~~~~~!!!!)

 ヘンケレーデン族。

 彼らはノーアウィーンの異変で起きた天変地異によって、一族の棲家すみかが水害に流され消失した過去を持っていた。それからは新しい棲家を特に定めず、転々と流浪を続け、いわゆるジプシー的生活をしている種族として知られていた。


 カレンと名乗ったヘンケレーデンは巻き毛の短いブロンドを風に流して、リッチーを振り返った。

 高い鼻梁びりょうとにこやかな口元。しかしながら、目元はあまり清潔そうでない布で覆われ正確な人相は定かでない。布も雑に後頭部で結ばれている。

 だがそれによって、逆説的にきっとこの女性は美しいに違いないと思わせるたたずまいをしていた。


「お助けできたようでなによりです。……おや、もう一人……男性が倒れてらっしゃいますね。大丈夫ですか?」

「えっ!?」


 なぜそんな格好を。とリッチーが口を開きかけたところだったが、慌ててキングを見てみればぐったりと横たわっているではないか。


「キング……? どうしちゃったの? キング!? 大丈夫っ!?」

「意識を失っている人をあまり揺らしてはいけません。私が見て差し上げます」


 カレンは草木で染めた軽い素材の衣服を身に着けていたが、手には明らかに不釣り合いで重たそうな大剣を携えている。大剣をしまうようなさやを持っている様子はない。

 しかしもう片方の手に、分厚い動物の皮をなめした帯状の物を提げていた。 その皮でぐるぐると大剣の刃先を巻いて覆っていく。


「……違ったらすみませんけど、もしかしてカレンさんは目が見えないんですか?」

「あらあら、よくお気付きになられましたね。実はお恥ずかしながら、ちょっと昔ドジったことがありましてね」


 何てことのないように話すカレンは、大剣に皮を巻ききると、やっとキングの元へ向かった。

 大剣の柄にもたれるようにすり足で歩き、ズルズルと引っ張るような足音は、耳の良いリッチーにとっては忘れられない程に随分と個性的なものに思えた。


「どっこいしょ、っと……さて、こちらの方はあなたのお連れ様ですか?」

「は、はい。人間族の友達なんですけど……さっき魔物から僕を助けた時、どこかケガしたみたいで」

「なるほどなるほどー。今は気を失ってるだけみたいですね! 寝息は安定されてますよ」


 よく倒れる奴だ。心配させるなと怒りたいところだったが、助けてもらった手前、頭をはたく気にはならなかった。


「よかったです……!」


 リッチーは目頭が少し熱くなる。


「それほど大切なお友達なのですね」

「まあ、そう……そうなんです。僕達モルツワーバの向こう側から来たんですけど、これからって旅で倒れられたら困るというか」

「そうでしたかー」

「あのう、僕達田舎者で……このあたりに友達を休ませられそうな町とかってありますか?」

「ふむぅ、そうですねえ。このあたりは街道から外れてますからねえ」


 キングがマーキュリー国城のお膝元、王都の技術研究所に行きたがっていたことから、リッチーは既に道筋を考えていた。


 実はモルツワーバ山間を含むモルツカーン山脈は、モルツカーン半島と呼ばれ、大陸の端っこに位置している。ド田舎中のド田舎。(ちなみにモルット族は大陸側よりも山を越えた向こう側に住んでいるので、マーキュリー国内でも秘境の民と認識されている)

 本来ならば、カレンの言う街道まではモルツカーン山脈を背にして南西へ。平野なのでその日中に辿り着いて野宿でもしようと考えていた。


 だが現実は甘くなく、矢先の魔物の襲来であった。


「街道まで戻ればすれ違う旅人の中に魔物と戦う力を持った人にも出会えます。このような辺境にあまり長居することは避けた方がいいですよ? さっきみたいに危ない目にあってしまいます」


 カレンはキングの身体を触診しながらリッチーをいさめる。


「ですよね……」


 やはりイデオの別行動を止めた方が良かった。リッチーは大きなため息を吐いた。


「私もこれから街道に合流するつもりですし、お友達の容態も心配です。しばらく一緒に行きましょうか」

「え!? いいんですか!?」

「ええ、もちろん。こんなご時世ですから助け合いましょう。旅は道連れですよ」

「すっごくすっごく助かります……! ありがとう、カレンさん!」


(旅って、一人ぼっちよりも誰かといた方がずっと楽なんだね。僕でもキングの傍にいた方が、ずっと良いんだね)


 助けてもらった。


 助けられなかった。


 ちょっとしたことが、リッチーには些細ささいに片付けられない。

 そういう性分なのだ。


 それでもここでやっと、キングがどれほどに自分が道連れになったことに喜んでいたのか、理解した気がした。


「旅は始まったばかりなんでしょう? これからは楽しい事ばかりですよー!」

「そうですかね……?」

「そうですそうです! 町に着けば美味しいものもありますし、何より世界が広がります。長年世界を放浪してきた私が言うんですから、期待してイイですよー」


 目の不自由なカレンにキングを任せるわけにはいかないので、ここでモルットの力持ちが発揮される。キングをなんとか折りたたんで背負い、他の荷物はキングにるしたりして、自分と合わせて二人分の旅支度を持ち上げた。

 カレンの歩き方と相まって速度は落ちるが、これ以上魔物に襲われるよりは断然いい。


 老いた馬のようにゆっくりと歩きながら、カレンは周って来た世界の話を聞かせてくれた。それはリッチーのこの旅が、早くも肯定されたような気がするほどに夢に満ちていた。カレンにとっては身に起きた事実を伝えただけであろうが、リッチーのような山を下りない少数民族出身からすると、夢や想像を超えた物語であった。


 街道が近づくにつれて、ぽつぽつと旅人を相手にした商人が現れ始める。何も無い草原では魔物に襲われることを学習したばかりだったが、人が集まると魔物が好物の生命力が集中する代わりに対抗勢力も増える。魔物も学んでいるのか、ここには姿は見せなかった。


 ちょっとした市場のようなにぎわいを見せているそこは、カレンのように旅慣れた人々も、焚火たきびを囲んで頬を緩めている。シュラフを敷いて横になっていたり、別の旅人と情報交換をしていたり、酒を酌み交わしていたり。


 夜を迎えた原っぱに揺れながら輝く、温かな誰かによるともしびがリッチーを解きほぐした。


「これはいい。リッチーさん、旅商人がバザールを開いているみたいです。キングさんにも良さそうな薬が見つかるかもしれません」


 旅商人はその名の通り、旅をする商人である。商売相手は町の富豪。

 しかしそれは最終的な目的であって、途中の旅路でも商売をする。食べ物でも、武器でも、知識でもなんでも。その道で得たものはすべて金になる。


「カレンさん、何から何までありがとう……あそこで僕独りになってたら……」

「通り過ぎた道は見ないことですよ。美味しいものでも食べましょう!」


 旅商人ではないカレンはいとも簡単に自分の学びをリッチーに分け与えた。彼女の気さくな性質によるものだろうが、旅初心者にはとにかく有難い。


「キング、良くなりますかね?」

「私の見立てでは、脚のねん挫と肩の脱臼、ほかは打撲くらいです。脱臼は入れて差し上げましたので、心配はありません。ですが、疲労が激しいのか眠ったままですねえ……わかりそうな医者を探してみますか?」

「……いや、いいっす」


 そういえばモルットの集落でおかみさんが言っていた。栄養失調だと。


(ごはんとか睡眠だとか……自己管理は自分でしっかりしてくれよ~~~~~~!!!!)


 急いて村を出る予定を組んだ自分も自分だが、外敵以外の難は今後極力防いでいきたいものだ。


「ということでリッチーさん、キングさんのケガに良さそうな薬を入手してきてください」

「は、はいっ。……僕、薬とか詳しくないんですけど……」

「バザールには必ず薬草屋なんかが出てますから、店主にいろいろ聞いてみてください。私は人の気配とかは察することは出来るのですが、品定めなどについてはとんと役に立てないので」

「そっか……! うん、いってきます!」


 カレンはキングと荷物を見ていてくれる(見えないが)という。リッチーは素直に金銭と、念の為の発破玉を持って明るい方へ走って行った。


「さて……私達に何の御用でしょうか? それとも私に御用ですか?」


 人の明かりの交わらない木の陰に、カレンはつぶやいた。しかし殺気を隠さない。


「おおっと、おっかねえ女だ」


 背後の闇から、複数人の男達が暗がりに刃を光らせていた。

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