instruments #1

「俺、自分のバンド作るのが夢だったんだ」


 騒がしい一日だった。

 いや、いちばん騒いだのはキングだったかもしれないが。


 年末は雪の渋谷から一転、大入り野外ライブの盛り上がりの充足感に満たされた台風の目である本人、萩原旭鳴はぎわら あさひなはリッチーの両親の家に直に転がっていた。同様に転がっているのは、己の純白のマントをタオルケット代わりにかけたイデオ、そして今はその家主であるリッチーである。

 リッチーは自分の部屋とベッドがあるにも関わらず、人間サイズ二人が寝転がれる唯一の居間に一緒くたになって寝ることを選んだ。


「お前はソロ専門じゃないのか」


 少しだけうとうとした顔のイデオが自分の左腕を枕にして、キングの方向へ寝返りを打つ。


「いんや、フツーにサポートでメンバにはいることもあったよ。単発だけど。ていうか、昔はバンドに所属してちゃんと活動してたんだ。インディーズのな」

「インディーズ? CD出したりしてたのか」

「そこまではいかなかったんだよ……もうほぼ黒歴史なんだけど」


 そこまで口にしておいて、ようやくキングは自分が失言したことに気づく。嫌なことを思い出したのだ。

 ちら、とイデオの方を見遣るが、タイミングよく寝ててくれたりはしなかった。


「黒歴史って」


「くろれきし、って何?」


 イデオとほぼ同時に疑問を重ねてきたのはリッチーだった。

 リッチーはイデオとは反対側にキングを挟んで自分の毛布にくるまっていた。その毛布とも、今夜でお別れだ。


「……黒歴史って言うのは、ガンダムシリーズの」

「リッチーが聞きたいのはそれじゃないと思うぞ」

「ぐぬ……」


 キングは頭を抱え、悶えながら天を仰ぐ。

 しばらくそうしてなにやら苦しみに耐えていたが、諦めたようにため息を吐いた。


「あの頃の俺はもうこの異世界にはいない! ってことで曝すか……」


 キングが自嘲気味に眉を下げると、リッチーは嬉しそうに手をたたいた。


「キングの国の話聞きたい!」

「そんなに面白い話でもないぞ? ……事務所にいた時代、所属してる奴らにほかにも楽器できるのがいて、それでちょうどいいからバンドやれって言われたんだけど、それがよくわからんコンセプトの企画バンドみたいなやつで自分にはあわないしで……結構面倒くさいことに巻き込まれたんだよ」

「若手にありがちな起用だな。気の毒に」


 イデオはあくびしながら本心ともおべんちゃらともつかない言葉をおくる。


「五人で活動してて、男三人女二人の。しかも事務所指定のキャラ設定があって」

「キャラ設定」

「そこから来てんの、キングっていうネーム。ほかにエース、ジャック、クイーン、ジョーカーっていう」

「ダサっ」

「さらに最悪なことに、俺以外のメンバーでカップルができて」

「気の毒に(二度目)」

「そのうちの一対で妊娠騒ぎが起きて」

「えぇー……」

「バンド企画自体が座礁した」

「……治安が悪すぎる……」


 今度こそ心底げんなりした顔のイデオが出来上がった。ドン引きの顔だ。


「それで、なんか気分転換したくなって、貯金はたいてインド旅行に行ったんだよな。ちょっと楽しかった」

「別にインドじゃなくていいだろ。どのへんだ?」

「南の方」

「俺は北の方行ったことある。研修で」


 社員研修というものを経験したことがないキングは興味津々でイデオの話を促しては感嘆したり笑い声を上げる。

 その様子をリッチーは少しだけ遠巻きに見つめていた。


(いいなあ、キングもイデオも外の国に行ったことがあるんだ……でも僕も、これからたくさんの国をまわるんだ! 音楽と一緒に!)


 音楽と一緒にやってきたキング。

 異世界に音楽を呼び寄せたイデオ。

 音楽を広める決断をしたリッチー。


 三人はまったく知らない明日へ旅立つ。


「次にバンド組むなら、絶対信頼できる仲間と音楽やりてえんだよな」

「音楽の仲間を作るところからだな。文字通り”作る”わけだが」

「先は長いけどゴールは特にないし、楽しくいこうよ!」


 頷きあいながら、部屋の明かりを消した。

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