note.21 「音楽はずっと、いつもそこにあるはずだよ」

 目も口も、なんなら両手も、ぱかっと開けたまま、ギギギと音が鳴りそうな緩慢な動作でキングはイデオを振り返った。


「お、俺……プロデューサー付のミュージシャンになった……ってこと!?」

「違うと思うぞ」


 リッチーが村を出てまでキングの放浪についてくる。

 それは踊り出したいくらいに喜ばしいことであった。


(インドに何も考えずに渡った時よりも今の方がこわいって思ってる。そんな旅にリッチーが道連れになってくれるんだ。こんな嬉しいことはねえっ! けど……)


 イデオからキングへ、キングからリッチーへ。音楽に絡んだドミノ倒しのようだ。巻き込んでしまった感は否めない。

 リッチーのことだから初めに坑道で助けてくれた時のように、何とかしてキングを助けてくれようとしているのではないだろうか。そんな想像で、胸の端が傷む。優しい奴だから、それだけに。


 そんなことを考えてるキングとは真逆に、村人の様々な声掛けに反応して手を振っているリッチーはさっぱりした顔をしていた。


「キング、イデオ! さっきの見てた? 親方のところに行こうよ!」


 軽やかな口ぶりで話しかけてきたのが、ちくりと刺さる。


「見ていた。……リッチー、キングを宜しく頼む」

「え? イデオは?」

「俺は野暮用があるからしばらく別行動だ。詳しくはキングに話したから、あとで聞いてくれ」

「そうなの? ……また会えるよね?」


 まったくキングと同じことを問われ、イデオは再度噴き出した。


「ああ。また一緒に演奏しよう」

「うん、約束だからね!」


 イデオはリッチーに微笑んで、うなずいてみせた。


 イデオが【めん】に向かうのは、キーロイから依頼された第一のプロジェクト以来だ。その危険さは承知している。しかし、今度の心構えは違う。


(生きて……正気で帰る。またコイツらと音楽をするために……!)


「リッチー……本当に来てくれるのか!? 村のみんなはいいのか? 仕事だって……」

「えへへ、僕も行くよ! ちゃんと村長と話合ったんだし、キングは気にしないで」

「俺は熱烈大歓迎だけどさ」

「キングがこの世界でやりたいこと見つけたように、僕も村の外でやりたいことが出来たんだ。田舎者だから知らないこと沢山あるけど、助けになるように頑張るから! だから、これからもよろしくね!」

「ハっハハ……こっちこそ異世界人で知らない事ばっかだけど! これからもよろしくな!」


 駆け寄ってきたリッチーの小さな体を、キングは両腕で持ち上げた。くるくると回ると宙ぶらりんのリッチーはやめてくれと悲鳴を上げていた。


「よかったー、正直魔物に襲われたらどうしようかとヒヤヒヤだったんだけど、リッチーがいるなら何とかなりそうだな!」

「えっ!? 魔物はなんともならないよ!」

「マジか!?」


 お気楽な二人にイデオはこみかみを押さえた。

 先が思いやられる。




 ――夕日もすっかり沈み、えんたけなわ

 キングは本日二度目のステージに上がる。


 まだまだ終わらない今日という日に、ピックを持った手を高く突き挙げた。


「アンコールありがとう! 最後の曲になるけど、みんな元気かあーーーーーーッ!?」


 呼びかけに応え震える会場。焚火たきびが派手にパチパチと燃えた。



   せわしない日々の狭間はざま

   ぽたりと落ちたみ一つ

   君に見つからないように

   過ぎてく波間に流してた


   鐘が鳴る 雲の上 きらり星が流れて


   歌おう この歌を

   あの頃へ俺を連れて行って

   いつしか 明日あすの入口へ

   帰る日を 夢に見て


   Swing, swing it. Sing a song.

   Wave your hand, wave my hand.



 歌に合わせてゆっくりと、客席はそらに伸ばした手を振った。

 さわさわと風に撫でられる草原のように。


 リッチーはステージから見えるひとりひとりの星の輝きのような瞳を、胸の奥へ大切にしまった。




 明くる朝、モルットの村入口にキングとリッチーとイデオの姿があった。


 早朝の山は朝靄あさもやで景色が判然としない。

 だが、頭の上から降る陽の光は柔らかく、空中の水分をきらきらと照らすさまは美しい。


 キングとリッチーはモルツワーバを下山し、街道の方へ向かうつもりだ。そこから道に沿って王都へ出る。


「ここで一旦お別れだ。旭鳴あさひな、リッチー、またどこかで落ち合おう」

「イデオも気を付けてね。また絶対会おうね!」

「ああ。リッチーは旅慣れないだろうが、健康に気を付けて」


 気遣ってそうは口にするものの、リッチーが朝も暗い時間から準備をし、誰にも何も告げずに家を出たことを知っていたので、言葉ほど心配はしていない。掌をタッチし合うだけの簡単な儀式をした。


「旭鳴は……リッチーに世話掛け過ぎないようにな」

「どうして俺はそういう扱いなのっ!?」

「いや、リッチーの方がしっかりしてそうだから?」

「俺の方が旅は慣れっこだっての!」


 憤慨するキングを見てリッチーが笑う。


「出穂さんは音楽不足でぶっ倒れるなよ!」


 仕返しとばかりにいたずらな笑みを浮かべるキング。だが、イデオはそうだな、と素直に頷いた。


「俺が音楽不足でぶっ倒れないために呼び出したキングと、キングの音楽を増幅するリッチー――二人のためにも、無事に【負の面】から帰ってくることを誓う」

「お、重……」

「まあ、【負の面】では俺も何度か死にかけてるからな。慎重にもなる。……でももう独りじゃないから」


 だから、ここに帰ってきたい。


 イデオはあおまつげの目を伏せる。

 己が葛生出穂かつき いでおであった時、エール・ヴィースになった時――そして音楽を取り戻した時。幾たびの葛藤があった。

 これから出くわす困難がどれだけのものだろうと、今の己には大したものではない。守るべきものがあるから。


「出穂さん、俺はラーガはどこにでもあるって思ってるよ。きっと【負の面】ってとこにも」

「……ラーガ?」

「傷心のインド旅行で教えてもらったんだ。ラーガ自体は旋法のことなんだけど……『音楽は俺が作ったんじゃなくて、其処そこに元からあるのを俺が取り出しただけ』って感じで俺は解釈してる。だから目の前に楽器も音も歌も無くても、音楽はずっと、いつもそこにあるはずだよ」


 もやは山道に沿って流されていく。

 その間たっぷりと、イデオはキングの言葉を噛みしめていたが。


「……すまん、良いことを言ったんだろうが、全然飲み込めなかった」

「なんだよもうっ!!!!」

「ごめん、僕もわかんなかった。もう一回言って?」

「リッチーもかよっ!!!! 二度と言わねえわッ!!!!」


 キングはへそを曲げてしまった。

 そんなやりとりもなんだか可笑おかしくなって、しまいには三人とも笑い出した。




    [▶▶ other track   ▶ play now]




「あの悪童め、やりおるわい。ノーアウィーン用に使っていた体は燃やされるわ、獣人モルット族全体に音楽文化を蔓延まんえんさせるわ……頭の良い奴だとは思っておったが、手をまれるとは思わなんだ」


 影の無い真っ白な部屋。

 赤い双眸そうぼうを光らせて、中空に浮かぶ黒い画面をのぞく白髪の子供――キーロイだ。

 独り言は開かない唇から漏れる。


「しかし、音楽に固執しすぎるのは地球人故か? 便利に使いすぎたわしへの謀反のつもりか? ……まあ、いずれの理由にしろ、音楽文化と共にイデオの存在も片付けるとしよう。次は、もう少し人材を落ち着いて選定するかの」


 半透明なボタンがずらりとキーロイの眼前に並んだ。その中からいくつかを選択し、すいすいと指先で触れる。


「始末書の山からは逃れたいからのう。やれやれ――わしの仕事を始めるとするか」

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