note.20 更に一歩、前へ踏み出す。
「楽しんでくれていますか? 旅芸人のお方」
旅芸人?
旅芸人って言ったら、旅をしながら芸を見せる職業の人……だよな?
と、お互いの顔を見合わせるキングとイデオ。
「そ、村長! キング達は……」
リッチーが慌てて村長に訂正を入れようとするが。
「いや、いいよリッチー」
「そうだ、気にしてない」
この世界にミュージシャンという職業は無いのだと、改めてキングは思う。
リッチーが村長と呼んだモルットは、一族の長らしい真っ白な毛並みをしており、しっぽは他の個体より不自然に短く、気さくに挙げた手の指は関節が足りない。モルットの寿命はわからないが、ケガの多さから苦労と年輪を感じ取った。
「村長さん、いろいろ大変だってのに俺達によくしてくれてありがとうございます。景色のいい広場使わせてもらったのも楽しかったし、飯も酒もうまかったし、友達も出来た」
「そうですか、良い思い出になったなら私も嬉しいですよ。私達一族も忘れられない日になりました」
「はっはは! なら俺も良かったっす!」
世間話をしながらまた一杯勧められ、キングは
「
「俺はいい。……いつキーロイが何を仕掛けてくるかわからないからな」
後半は村長に聞こえないように小声で。キングはなるほど、と
その横で、リッチーは口を開きかけては閉じて、という行動を繰り返している。村長に何かを伝えたいらしい。
そんなリッチーを見受けたのはイデオだった。
「リッチー、俺は親方達にも
「あっ、……僕、村長にお話しすることがあるから、先に行ってて!」
「わかった」
まだ酒を引っかけているキングを引きずって、イデオはその場を離れた。
「リッチーの話って何だろうな」
「さあ。後で聞けばいいだろ」
「んーそうだな」
「それより、これからお前はどうするんだ?」
適当な広場の隅の木陰に場所を移し、イデオは木に
「これから? 親方んとこ行くんだろ?」
「そうじゃない。この村にはいつまでもいられない。お前が別世界の人間だと知っているのはリッチーだけだし、同じ所にいるということはキーロイに見つかりやすいということだ。ちょうど旅芸人だと思われているみたいだし、ここを発つのがいちばんいいと思う」
「そっ……かあ、だよなー……あれってことだろ? 音楽の記憶を持ってる人が一塊にいると、よくないっていう」
「ああ。お前はもともと地球人だ。モルットの村はこれからもキーロイの特別な監視下に置かれるだろう。定住してしまうとキーロイに見つかり、拉致され、お前は売れないギターボーカルに逆戻りだ」
「げっ! 今更帰るのもうヤなんだけど!? 家賃引き落とし間に合ってねえし」
「何でだよ、そこはちゃんと払えよ! ……とにかく、明日には出発しよう。わかったな」
首肯するものの、キングは広場に集まった楽し気な小さな種族から目が離せなかった。
「……いい所だったな。また来るよ、いつか――」
キングにはホームと言える場所が無い。
どこに行っても、どこで歌っても、キングは異邦人だった。拠点にしていた渋谷でも。けれども、もしかしたらこのモルットの村が最初のホームになってくれたかもしれない。
(リッチーの仕事手伝ったりして、ここで一生歌って暮らすのも悪くねえなって思ったけど……ま、ビッグなミュージシャンになるならライブツアー人生も悪くないか! でも電源は何とかしねえと。リッチーの親父さんが頼ったって言う技術研究所……あそこなら何とかしてくれるかな? 後でリッチーに聞いてみよう)
「それから、俺はキーロイの
「えっ!? 魔物出たらどうすんの!? 俺死んじゃうよ!?」
「今考えているのは、近くの大きな街まで出て用心棒を探す事。それくらいしかなさそうだ」
「そ、そうなん? めっちゃ心細いんだが……」
「そうも言ってられない。俺のこのピアスなんだが――キーロイと通話が出来る機能がついている無限収納ポケットのようなアイテムだ」
「うん? ドラムセット出てくるときにいつも触ってるよな」
「だからこのピアスに発信機が付いていてキーロイに動きが監視されてるとしても、捨てることは出来ない」
「それはキーロイから
「ああ、異次元の技術らしいから詳しいことはわからない。しかしどこかでノーアウィーン世界と
「そんなことできんの? っていうか今の会話……キーロイに聞かれてたりとか……」
「心配は要らない、今は通信は切ってある。その細工をするために俺は【
「難しいことはよくわかんねえけど、気を付けてな。……また会えるんだよな?」
突然神妙な顔になったキングを見て、イデオが噴き出す。
「なっなんで笑うんだよ!?」
「いや……」
その時、
「あれ、リッチーだ。何やってんだ?」
キングもそちらに目を向けるが、そこには村長とリッチーが
「みなさん、お静かに。今日という素晴らしい日を作り出してくれたモルツワイドの息子、リッチーからみなさんへ
そんなものがあるとは、キングもイデオも聞いていない。
リッチーは少し緊張した面持ちだったが、強く引き結んだ口元は意志を感じる。先程リッチーを村長と二人にしたことで、何かがあったのだろうとイデオは察した。
観衆はリッチーに好意的なやんやを送っている。それも村長のジェスチャーによって静められ、リッチーが前に出た。
「僕……僕はっ、この村を出ます!!!」
「ええ~~~~~~~~~~~っ!!!???」
ひと際デカい声が出たのはキングだ。
だが、村のモルット達もそれは同じだった。
「僕はお父さんお母さん、そのもっと前の世代から、ずっとこの村で生きてきたただのモルットでした。でも、仮にもモルツワイドの表札を掲げている息子が、何もしないまま災厄や困難に身を任せたままで……負け続けたままで悔しくないのかって。僕も、お父さんやお母さんみたいに自分の力を信じて、何かを得てみたいって……思うままじゃダメだっていうのは分かってたんだけど、どうすればいいかはずっと考えてたんです。それで、キング――今日音楽をみんなに聞かせてくれた外の世界の人間に会って、音楽を知って、歌を聞いて、決めました!」
更に一歩、前へ踏み出す。
「僕は――キングの音楽で世界をみんなみたいな笑顔にするために……っ、村を出ますッ!!!!」
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