note.19 「バンドマンに言われたくない」

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「えっ!? エール・ヴィース……じゃなくて、イデオもキングと同じ国の人だったの!?」


 リッチーが叫んだ。

 初めての野外ライブを盛況に終えて、打ち上げという名の広場での簡易宴会を楽しんでいる最中である。


 この宴会を組んでくれたのは、村長だった。数十年ぶりの外からやって来た客をもてなす意味合いもあるらしい。キング達はその心遣いに感謝した。


「国……まあ故郷という意味で言えばそうだが、この場合、まったく別の次元からやって来たという意味で捉えてもらった方が正解だと思う」

「別の次元?」

「そうだ。リッチー達の暮らすこの世界を外ではノーアウィーンと呼んでいる。このノーアウィーンで生まれ育った存在ではないということだ」

「異世界の人ってこと?」

「そういうことだな」


 不特定多数のモルット族がわいわいとやる宴会会場でこんな話をするのはどうかという向きもあるが、もうお酒も入ってしまったことだし、リッチーにだけは聞いてもらいたい、とイデオが言い出して現在に至る。


 と言いつつ、リッチーは未成年なので当たり前のように素面しらふだ。ただひとり真面目な顔をして小声でイデオの話を聞いている。


「ほおーらやっぱり! 俺の洞察力すごいだろ!?」

「キング、声が大っきい! いつもだけど」


 キングもモルットの地酒を仰ぎながらイデオの話を聞いてはいるが、飲むペースが人一倍早い。


「そして、この世界には音楽が無かった。それを俺は知らずに転生してしまったんだ」

「そうだったんだね。ってことは音楽っていうのは、地球だけの珍しい文化ってこと?」

「それは俺にもわからない。他にも同じく音楽と呼べる何かを持っている存在がどこかにいるかもしれないし、いないかもしれない。とにかく俺は音楽という概念すらないノーアウィーンの【めん】で世界救済の一助を始めたわけだ。百年前が発端のノーアウィーンの異変……異常気象、天変地異じみた活火山の噴火、それに伴う大地震や水脈の移動、突如海が枯れたり――そういったことに対しての対処はおおむね終わっている」

「そっか、僕達が知らないところでイデオが助けてくれてたんだね! ありがとう、イデオ!」

「感謝される事でもない。結局俺は自分が音楽を続けたい一心で、宇宙のルール外の延命処置にサインしてしまったのが始まりだからな」


 エール・ヴィース改め、イデオは自分のペースで地酒をめている。少々顔が火照っているように見受けられるが、良いライブが出来たという興奮から来るものでもあった。


「天使族に転生したのはキーロイが決めたことなんだよな? 地球人と違いって何かあんの? 髪色とか以外で」


 モルット族は草食の種族である。なので用意されたモルット特製料理も植物性。しかし味付けの種類は豊富で、植物由来のスパイスや香料が食欲をそそる。

 キングは気に入った甘辛いジャガイモのような根菜料理を頬張りながら、イデオにたずねた。


「転生したばかりのときは、身体の軽さに慣れなかったな。月の上を歩く、とまではいかないが、当時はそれくらい違和感があった。それから天使族は一人一人が別の使命を持って名付けられている。エール・ヴィースは俺がこの体に入る前の――オリジナルの人格、本人が生まれた時に授けられた名前だとキーロイが言っていた。意味は『守護する運命の子』だそうだ」

「守護? イデオの世界救済と関係があるのかな?」

「俺がキーロイにスカウトされたのは、つまるところ、エール・ヴィースが道半ばで死んでしまったからだ。要するに、俺はピンチヒッターってことだな。だからそういうことかもしれない」

「ぴんち、ひったー」


 リッチーが首をかしげる。


「代替の人材ってことだ。俺は死んでしまったエール・ヴィースの代わりに入り込んだ偽エール・ヴィース……だから、やはり……葛生出穂かつき いでおは死んでしまったんだ」


 今度はキングが首をひねった。


「いや、やっぱアンタは葛生出穂だよ。もし目の前にいるアンタがエール・ヴィースだったら、あんなグルーヴは生み出せないだろ? それはアンタの音楽性だよ、アンタは葛生出穂だ」


 カトラリーで人を指すなとリッチーに怒られるキング。

 それを見つめるイデオの眼は、どこか深い泉のようだった。


「そうだな……お前がそう肯定してくれたから、俺は俺でいる事にしたよ、旭鳴。初めは絶望したもんだ――せっかく一段落ついた世界救済のタイミングで、キーロイに音楽の無い世界だと明かされた時……俺は何のためにここにいるのかわからなくなった」

「イデオ……」


 複雑そうな顔でリッチーはイデオを見つめた。


 ノーアウィーンの異変で苦しんでいたのは原住民の自分達だけだと思っていた。現に、ここにいるみんながそうだ。まだ苦しんでいる人々もいるし、今も復興の途中である。

 しかしそれとは別に、ある意味で犠牲になったイデオの存在は、にぎやかになった広場の中でもこの話を聞いているキングとリッチーしか知らないのだ。


「音楽とは人と人とのつながりの中に在る。決して譜面や楽器や音そのものが音楽ではない。誰かが奏でて、誰かが耳を傾ける。そうして音楽はそこに生まれる。俺だけがドラムをたたけても、意味が無いんだ……」


 イデオの感じたそれを、他人は孤独と呼ぶのだろう。

 独りだけが線を引いた向こう側であちらにいる。その線は、音楽を認知しているかしてないかという大きな壁だ。


「だから、第二プロジェクトである魔物の駆逐作戦に動く前に、俺はキーロイに報酬として音楽のわかる奴との時間を要求した。そして俺が選んだのは萩原旭鳴はぎわら あさひな――お前だったんだ」

「えっ、俺は出穂さんねらちの指名で、渋谷から転移させられたのか」

「その通りだ。……お前は覚えてないかもしれないけど、俺はお前に借りがあったんだ。だからずっと頭に残ってたんだろうな。どマイナーな地下で無名にも程があるにも関わらず単独で活動を続けてるお前の名前を」

「……覚えてもらってたのは嬉しいけど、ディスってます?」

「せっかくドラマー人生最後のセッションの相手を自由に選べたんだ。著名なミュージシャンを呼べたのに旭鳴を呼んだのは何故だと思う?」

「えぇー……何となく想像ついてんのもヤなんだけど……。要は、存在が消えても社会に影響がなくて、帰っても発言力が乏しくていくらでも言いくるめられそうだからって感じ?」

「そういうことだ」


 キングはがっくりと肩を落とした。自分の言葉で瀕死ひんしになっている。


「でも、借りがあるのは本当の話だ」

「っていうか、俺の活動拠点は大体渋谷かその周辺だったけどさあ、出穂さんと直接話したことあったっけ?」

「ある」

「マジ? 俺が覚えてるのは、演奏中だけだからなあ。どこのライブハウスかまでは覚えてねえけど、ジャズが専門なのかなって思ったのが初見の出穂さん。ロックもやるんだこの人って思ったのが二度目……その時はメタル系のコピーバンドやってて、今日のライブ前にブラストビート見たかったのはその確認だったんだけど。あとは裏方の仕事でステージセッティングやるときにサンバ? ボサノヴァ? やってたよな」

「逆にそれ俺が覚えてないんだが……ストーカーか?」

「女に道端で刺された人に言われたくねえなッ!!?」

「バンドマンに言われたくない」

「偏見っ! 異議を申し立てるッ!!!!」


 再びリッチーに声の大きさを注意されているキング。

 そこへモルットの村長がやって来た。

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