note.11 ベッコウ飴色の瞳はキングの行くべき道を指す。

 キングは暴れる喉の痛みと感情をかばいながら、じりっと後ずさる。


(真っ白だ、髪も格好も。目は真っ赤だから、アルビノ? いや、それよりも……)


 キーロイと名乗った子供は、まるで出来のいいマネキンが動いているようだった。肌は血の巡りが感じられず、表情も無く、喋っているはずの唇も上下がのりで固められたように動かない。


 人の姿を真似た、ナニカだ――。


 ゾっと背筋が凍った。


「とりあえず、この地球人……萩原旭鳴はぎわら あさひなといったか、還してしまおう。いやあしかし、転移装置の座標がノーアウィーン世界に固定されていたおかげで、そこまでの手間が無かったのは幸いじゃった! これが全宇宙対象に設定されていたら大変なことになっておったわ、ヒョッヒョッヒョ……」


 目を閉じて聞けば好々爺こうこうやな話し方だが、声は子供、見た目は真っ白なマネキンとなると、ちぐはぐさが目立つ。


(生物として違いすぎる……いや、そもそもコイツは生き物なのか? SFとか詳しくないけど、もしかすると目の前にいるのはただの人形で、違う場所に本体が……? とにかくコイツはヤベェ!)


 さっきまでエール・ヴィースに向けていた激情の少しもキーロイには利かないだろうという絶望や諦念がキングを包んでいた。

 注意深く会話を耳に入れながら、それとなく大切な楽器達の方へ少しずつ移動する。隙を見せたら、何が起こるかわからない。


「キーロイ、確認だが」

「なんじゃ、イデオ?」

「萩原旭鳴には個人的な借りがあるんだ。この計画の当初にも言ったことだが、彼は丁重に扱いたい。彼の今後のキャリアに繋がるように……記憶の抹消はしたくない」


(エール・ヴィースが、俺に借り? なんのことだ? キャリアって、なんでそんなことまで……ん? エール・ヴィースのことをイデオって呼んでるのは……コードネームか何かなのか? クソ、聞き耳立ててもよくわかんねえ話ばっかだ。どうすればここを切り抜けられる!?)


 キーロイとエール・ヴィースはなおも話し込んでいる。


「そうじゃのう、面倒だし記憶を消して送り返すのもよしじゃが、そういうことであればなるべく善処しよう。しかしこやつ――ノーアウィーン世界に音楽を持ち込みおったな?」

「……まだ確定ではない」

「ヒョヒョッ! イデオ、わしに偽りを述べるとは……よくないのう?」

「っ、これは本当だ!」


 エール・ヴィースが少々青ざめて見える。

 キーロイに隠し立てをしているのか、キングには判別する術もない。


「現時点では萩原旭鳴にノーアウィーンで何をしていたか聞き込みをしただけだ。証言が足りない」

「それは一理あるな」

「だから、これからモルツワーバへ調査に」

「その必要はあるまい」

何故なぜ?」


 キーロイが振り返り、白いケープがふわりと愛らしく翻る。双眸そうぼうがテールランプのように妖しく輝いていた。


「萩原旭鳴の脳に直接聞けばよい。少しばかりいじくらせてもらうが、なあに……傷は付けぬよ。音楽を見聞きした原住民を洗い出せれば予定通りに地球へ還そう」


 足が浮いている。浮いているのに影はない。

 キーロイは氷の上を滑るように移動した。


(な、んだコイツ……マジで化物じゃねえかッ!? こっちに来る!)


「その後は、わしの管理の元にノーアウィーン環境保全のために異分子を殺処分した、とでもしてしまおう」

「さ、殺処分だと……っ?」


 手が届きそうな正面に、キーロイが立つ。いや、浮いている。


(あのリッチーが殺されるってことか……?)


 あまりに勝手で、横暴で、独善的な思想。


「……っふ、ふざけんなッ!!!! リッチーが!!!! 音楽が!!!! 何をしたっていうんだよッ!!!!」


 キングは叫んだ。それこそ瞬間湯沸かし器のごとく、頭の血管がブチ切れそうなくらいにゆだっている。己でも不思議なことに、空っぽだった脚をまだ踏み締められる。出処不明の力で、真っ白な胸倉を引っつかんだ。


「ふむ? あまりに静かだったので処置が必要な状態かと思ったが、地球人とは存外強い生命なのじゃのう」

「うるせえっ! アンタはいったい何様なんだ!?」

「何様と? ただの中間管理職じゃよ」

「それが何でリッチー殺そうとしてんだよ! リッチーは俺の友達だ! 俺に出来た、最初のファンなんだよ!! 絶対にそんなことはさせねェッ!!!!」

「うぬぅ……感情が暴走しておるようじゃの。ちょっと大人しくしていてもらわんと、神経を誤ってしまうかもしれん。どれ、麻酔を……」


 キーロイが人形のような手を宙にかざした――――その時だった。


「なっ……アツッ!?」


 キングは目眩めくらましをらって咄嗟とっさに腕で顔をかばった。


 だが、それは目眩ましなんかではなく、大きな火球。金色に輝いている臙脂えんじのマントを器用に操り、エール・ヴィースはキーロイ目掛けて放ったのだ。


「萩原旭鳴! こっちへ!」

「う、うわっ!? アンタ何して……」

「早くしろ!」


 呼びかけに目を開けた時には音を立ててキーロイが炎上していた。

 いつの間にかキングの間合いに純白のマタドールがいる。


「お、おい、燃えてるぞっ? アンタが殺したのか!?」

「アイツはこれくらいじゃ死なない。ここを早急に離れるぞ!」

「はっ? どこに行くんだ?」

「お前を逃がす! 地球に――」


 キングの視線は真っ赤な炎を上げてボロボロと崩れ落ちていくキーロイに釘付くぎづけになっていた。人形のようだとは思っていたが、本当に人間の子供に似せた作り物だったようだ。

 対してエール・ヴィースはキングの腕をぐいぐい引っ張り、炎から離れようとしていた。だが焦っているようで、力加減はやたら強い。


 数時間前だったら地球に帰れるという言葉はキングにとってどれだけの意味があっただろうか。今は余計なしがらみにしか感じられない。


 キングは引っ張られる力に抗い、ギッとベッコウあめ色の瞳をにらんだ。


「そしたらリッチーはどうなるんだ? 親方やおかみさんも、あのキーロイって化物に殺されちまうのか!?」

「そうならないように俺が何とかする。とにかくお前は地球に戻れ! 地球ならキーロイの管轄外だ。お前の命は保証される」

「だったらリッチーも……」

「それは出来ない」

「なんでだよっ?」

「こちらにもいろいろあるんだ!」

「いろいろって、そんなん俺の知ったこっちゃねェッ!」

「それは……すまない、わかってはいるんだ。だから、俺が何とかする……!」

「何とかするったって、アンタだって俺をこんなところに拉致してきた張本人だろうが! 信用できるか!」

「じゃあお前に何が出来るって言うんだッ!?」


 炎を背負うあおい長髪がなびいてだいだいに照らされていた。


「アンタが――俺に何を出来るか教えてくれ」

「……なんだと」

健気けなげで一生懸命で、甘えたいのに頑張り屋で……俺の歌を特別だって言ってくれた……! 俺はリッチーにただ元気でいてほしいだけなんだよ! そのためなら地球に戻れなくてもいい……っ! 何でもする! 大切なんだ……大事なファンで、友達なんだよ――ッ!!」


 リッチーを絶対に死なせない。


「アンタはまだ信用できない……けど頼れるのもアンタしかいない。アンタもダメなら、俺は一人でも戦う……!」


 言葉にしなくても伝わるほどに、キングの瞳は強かった。その瞳にエール・ヴィースは気圧されていた。


 これからは命綱の無い未来しか待っていない。

 唇を噛みしめ、イデオの内側で理性があがいていた。


「……――承知した、俺も協力する。ついてこい」


 ベッコウあめ色の瞳はキングの行くべき道を指す。

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