note.12 「わんまん……やがい、らいぶぅー????」

 リッチーは朝起きてすぐ、父親の部屋に向かった。

 顔を洗うよりも先に行く場所があることを嬉しく思う。こんな気分は初めてかもしれない。


(キング起きてるかな? ゆっくり休めたならいいけど……人間は大きいからベッドからはみ出てたし、床で寝てたりして)


 想像してふくく、と小さく笑った。


 リッチーの父親は魔物に殺されて帰ってこなくなった。名前をラックという。 

 ラックはこの村の例に漏れず炭鉱夫だったが、力自慢というよりは技術者寄りの人だった。仕事が楽に、安全に、便利になるような道具を作っては、モルットの生活を助けていた。


 リッチーが使っていた発破玉も父親であるラックの発明品だったが、開発するにあたり協力者がいた。専門的な知識を持つ者でないといけなかったので、マーキュリー国内きっての技術研究所まで出向く必要があった。

 もともと発破玉は、飢饉ききんの影響で働き手が確保しにくい時世を鑑みて発明されたものである。その頃は世界的に異常気象や魔物の出現など、常に新たな危険によって生活が脅かされている真っただ中だった。

 村のみんなはもちろん危ない旅を止めた。だがこんな時代だからこそ、モルット族の仕事がジリ貧にならないような方法が必要だと、ラックは家族を村に託して技術研究所のあるマーキュリー王都へ旅立ったのだった。


 一年後、注文の品は届いたのに、ラックは帰ってこなかった。

 モルットの村には、発破玉だけが残った。


(キングは家に居てもらって、僕は仕事に行って……帰って元気だったらまたオンガクっていうのを聞かせてもらおう。そして、また明日も頑張ろう)


 明日も変わらぬ日々が続いていくのだと思っていた時のことだった。

 小さかったリッチーは二度と会えぬ父親のことを思って、一ヵ月程経過した後に涙が出たことを覚えている。理解するには時間が必要だったのだ。


「キングー! 朝ごはんにしよう……って、あれ?」


 そんな思い出の父親、ラックの部屋に突然やって来た居候……見当たらない。


「キング? キングー?」


 つい先ほどまでそこに居たかのように、跳ねのけられた毛布。ずり落ちた枕。部屋の隅に置いていた彼の大切だと言っていた得体の知れないステキな物達も、そろって消えていた。


「あんな大きな人間がこんな小さな家に隠れるところなんて無いし……これは……!?」


 暫し放心していたリッチーだったが、ふと思いついた。


(そうか、親方の家に行って、昨日は聞かせられなかったを……)


 しかし思い直して足を止める。


(あのギターっていうのをイイ音させるためには電気が必要なんだ。親方は歳だから僕ほど正確に電気は出せないから、あっちでキングはをすることはできない……)


 それではキングはどこに行ってしまったのか――


「キングも……――僕を置いていったの……?」


 父親は発破玉を残して二度と会えなくなってしまった。

 今回は何も手元に残っていない。


「黙って消えちゃうなんてひどいじゃないか……っ! キングのバカぁーーーーっ!!!!」

「おっ、ここで合ってたか! ただいまリッチー」


 無遠慮に部屋に入ってきた大きな人間――見紛うことなきキングである。


「いやあー、入り組んでるし似たような玄関ばっかだしでまいったよ……え? 俺のことバカって言った?」

「っ、ああ言ったよッ!!!! こンのばーかばーかッ!!!!」

「ええー!? 何で!? ちゃんと帰って来たのに!?」

「帰ってきたって、今までどこに……――うっ、後ろにいるのは……!?」


 キングが無事だったことや、ただいまと言ってくれたこと。ごちゃまぜの感情が涙腺を温めていたのが、すんでで引っ込んだ。

 キングの後ろから部屋に入ってきたのは、文献で読んだだけの存在だった天使族であった。


「ああ、コイツが話してたエール・ヴィースだ。ちょっと困ったことになってな、一緒に来てもらった」


 リッチーはエール・ヴィースのことを聞いた時、特徴から天使族だと意見していた。が、実際に見たことはない。天使族は自分の使命を果たす必要がある場所にしか現れないし、用がある人としか出会う事もない。

 そもそも天使族の人口はかなり少ないとされている。この世界で生まれて死ぬまでに、ほとんどの場合天使族とすれ違うことすらなく暮らす人の方が圧倒的多数である。だからこそ伝説の存在なのだ。


「お前がリッチーか」


 身構えたリッチーに薄い唇で語りかける。想像していたより若い声だった。


「そ、そうだけど……キングに何をしたんだよ! もしかしてキングが居なくなってたのはお前の仕業か!?」

「おいおい、ケンカはすんなよ? リッチー、エール・ヴィースは仲間だからそんなにツンケンしなくていいんだ」

「だって! キングはコイツにさらわれて……」


 まだ突っかかるリッチーをキングがたしなめる。


萩原旭鳴はぎわら あさひな、ほかにお前の歌を聞いた者は?」

「あ? あー……ワンコーラスも見せてないけど、少しだけなら親方とおかみさんが。向かいの家だ」

「そうか」

「あとはリッチーに聞いてもらってた時に音漏れしてたみたいで、この辺に住んでる人みんな可能性はあるかな」

「お前の声はデカいからな、確かに」


 それを聞くなりリッチーは毛を逆立たせる。


「親方やみんなにまで……何をするつもりだっ!?」

「お前が心配しているようなことは何もしない……しないが、この村の住民を全員集めてほしい」

「そんなこと言われてほいほい言うこと聞くと思ってるのか!」


 完全に敵視している様子のリッチーにキングは苦笑していた。


「だからさ、大丈夫だよリッチー」

「キングは天使族のことよく知らないからそんなこと言えるんだよ! 天使族っていうのは、自分の使命のためなら何だってやるような人種だぞ!?」

「そうだ、何だってやる。やってやる――俺が暮らすこのノーアウィーンのために」


 何だってやる。

 そう言ったエール・ヴィースの表情は、平和をつかさどる女神の如き穏やかな微笑ほほえみを浮かべていた。れとした表情と言っても良い。


「そういうことだよ。とにかくみんなを集めてくれ! この集落以外にも近くに人がいるなら、なるたけ全員に来てもらいたい」


 キングも、未だエール・ヴィースを真正面から信用しているわけではない。


(でも、俺には予感がある……とにかく、協力してくれることは確かなんだ。何で俺が異世界に、とか、キーロイは何者なんだ、とか後回しだ! 今は協力して、リッチー達を助ける! 絶対に、俺のファンに悲しい想いはさせない!)


 リッチーには、今は多くを語らない方がいい。それでもリッチーはきっとわかってくれる。友達だから。

 キングの強い瞳の光を受けて、リッチーは大きく息を吐いた。


「キングが言うなら……。でも何をするつもりなの? それくらいは教えてよ」

「ふっふふふ……聞いて驚くなよ」

「そういうのいいから」

「俺の――キングのワンマン野外ライブだぜ!!!!!」


 しかし吐いた息をもれなく吸いなおすことになる。


「わんまん……やがい、らいぶぅー????」

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