可愛いお魚

おくとりょう

パクリと

 これはずいぶん昔の話です。小学生くらいのころでしょうか。

 僕には弟がひとりいるんです。彼とは十ほど離れているからか、昔からもう可愛くって堪らなくって……。

「……にーにぃお兄ちゃん、暑いし引っ付かんといてー」

 いつもべったり引っつき回っていました。もう食べてしまいたいくらいに愛おしくて……。

 もちろん、付きまとうだけでなく、お世話だってしていましたよ。オムツ換えもしてましたし、トイレトレーニングにも付き合って、「にーにぃー、ウンチ出たよー!」と何度もお尻拭き要員にばれてました。


 ……それで、これは夕食のときの話なんですけど。

 その日は焼き魚を食べていたんです。多分、アレは秋刀魚かな?とにかく、長いお魚です。


 少し話が逸れますが、僕は少し癖のある食べ物が好きなんです。ラム肉だとか、レバーだとか……。お魚も特に内臓の苦味が好きでした。

 一方、弟はお魚が苦手でした。いえ、味は好きなようなのですが、むしるのが苦手で……。小骨を上手くとれず、食べ終わる頃には、いつもお皿はバラバラの骨と肉の欠片でぐちゃぐちゃ……。


 その日も彼は口先を尖らせながら、魚をバラバラにして、むしっていました。それを微笑ましく思いながら、ふと目をやるとお皿の端に黒い身が残っていました。

 あぁ、弟も内臓が苦手なのだと、思った僕は、一応彼に尋ねました。

「食べへんの?」

「これ、グニグニやねん」

 少し顔をしかめる彼。

 しかめっ面も可愛いな……ではなくて、やっぱり嫌いなのか。じゃあ、もらっちゃえ。そう思った僕は「ほな、もらうで!」と口に放り込みました。

 そのときの彼の顔は忘れられません。いつも静かで黒目がちな瞳。それを飛び出しそうなくらいカッと見開いて、口はアワアワと開いたり閉じたり……。


 何をそんなにびっくりするのかと、お魚を噛み締めた僕でしたが、すぐにサッと青ざめました。

 口に入れた黒い魚「グニグニ」はひんやり冷たくて、ちっとも苦味がありません。それどころか、味もなく、何だか妙に湿っていて……


「何食べてんの?!

 それ、口から出したヤツやで」


 ……えぇ。母の言葉を聞く前に僕もちゃんと分かってましたとも。それは、小骨が混じっていたために、彼が飲み込むのを断念「グニグニ」したものだったのです。

 分かった僕はパニクりました。内蔵じゃなくて、「グニグニ」で、だけど元は食べ物で、弟の手前食べ物を吐き出すわけには行かないし……。ぐるぐるいろんなことが頭をめぐって……――。


 ――それ以降、僕は彼のお皿のものに安易に手を出すことを控えるようになりました。いくら弟のことが大好きでも、反芻したものにまでは手を出すつもりはありませんもの。

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