衝撃的な自白の行く末

 優が礼子に寝坊の謝罪のメッセージを送ると、まもなく礼子から帰ってきた返事は、画像だった。スマホで撮ったらしき風景写真は、真っ青な海。気温が暑くなり出した今日、開放的で青一面のその景色は、少し胸躍る気分へといざなうものだった。


『収録の後何もなかったので、折角なのでちょっと海まで来てみました!』


 礼子から届いた快活なメッセージ。

 前までは、業務連絡しかなかったメッセージアプリの会話が、以前よりも仄明るくなったのは、いつ頃からだったか。

 考えるまでもなかった。


 契機は、礼子が健太という友達を作った日からだった。

 

『顔バレしないように気を付けてください』


『はい』


 二文字の言葉に、笑顔で楽しそうな礼子の姿が見えた気がした。


『今度は、一緒に行きましょうね』

 

 優は、その言葉にわかりました、と連絡を入れた。いつか、礼子と二人で海へ。仕事ばかりで忙しくすっかり忘れていた人の心が、雪解けした後のように蘇ってくる気分だった。


「……あたし」


 優は、どうにも気持ちが落ち着かなくて、未だ健太の部屋にお邪魔していた。健太のいるリビングで、健太の寝ているベッドに座っていた。


「あたし、元々は女優志望で上京してきたんです」


 唐突な自分語りにも、健太は動じなかった。自分のことを誰かに話したい時は、意外にも多々あることを健太も理解していた。

 ただ、いつか優と健太の関係を偽った時の、優の大立ち振る舞いは……その時の経験が活きた結果なんだろうと今気づいた。


「最初は、女優の仕事もこなしていました。それなりのドラマにも出演出来てて、当時はそれで満足だったんです」


 しかし今、優はその仕事を続けていない。折り入った話かもしれない、と、健太は詰問はしなかった。


「出会ってしまったんです」


「何に?」


「女優の仕事より、したい仕事に」


 それは一体。

 言いかけて健太は、今、優がしている仕事に行きついた。


「吉田礼子は……とても美しい女優でした」


 納得だった。


「お淑やかで大和撫子で、ミステリアスな雰囲気を併せ持ち、気付けば一挙手一投足に視線を奪われた。

 ……一目惚れだったんです」


「それで、彼女のマネージャーになったのか」


 黙って、優は頷いた。

 健太としたら、そう言う優の言葉に色々と合点がいった気分だった。優が礼子に厳しく接したのも、礼子の交友関係に口出ししたのも、つまりはその憧れからくる行動だったのだろう。


「あの人の隣に入れるように、自分を律してきました。あの人を輝かせるのが、あたしの仕事。誇らしくて、喜ばしい……一生続けたいあたしの仕事だったんです」


「……うん」


「……驕ってたんですね」


 健太は黙った。


「そんな驕りが、あの人を苦しめた。そして、あたし自身さえ……」


 不思議とそう言いながら、優は深く落ち込んだりはしていなかった。それは、教えてもらえたから。

 終わってない今、その失敗はまだ……成功への糧に出来ると、教えてもらえたからだった。


「これからは、もっと吉田さんとの対話を増やそうと思います」


「うん。それが良い」


「……ありがとう」


 呟くような、小さな声だった。それでも健太は、その声を聞き洩らすことはなかった。

 耳に届いたその声に、健太は少しだけ、照れくさかった。


「……その調子で、あの人と晩酌、してやってくれ」


 照れ隠しに、健太は提案した。


「あんたも、俺とあの人が毎夜晩酌会するより……その方が、安心だろう?」


 健太としても、その提案は好都合な面もあった。

 毎夜の晩酌は胃に重い。

 深夜まで続く晩酌会は寝不足を誘発する。


 そして、そんな時間は……礼子にとってリスクでしかない。


 ずっと、そうするべきだと思っていた。

 あの日、それを礼子に切り出して以降、晩酌会を続けながら、頭の奥でそう思っていた。


 優に礼子の晩酌会に付き合ってもらい、そうして最終的に、自分はフェードアウトしていく。


 そうなるべきだと、健太は思って疑っていなかった。


 しかし、意外にも……。


 口に出してみて、健太は寂しさを抱かずにはいられなかった。

 顔に出さないようにするのが、精一杯だった。


 健太は気付いた。


 どうやら優の言ったことは、まぎれもない事実だったらしい、と。


「……わかりました。最大限、あたしもその晩酌会に参加するようにします」


 優の言葉に、顔には出さず……健太は気落ちした。


「あたしも、そうした方が吉田さんとの時間を増やせていいと思いますし」


 女優顔負けの、表面上の微笑みだった。


「だから、今日の夜、早速提案してみようと思います」


 ……失敗は、終わらなければ成功の糧にすればいい。でも終わってしまったら、それはもう……。




「これからは、三人で晩酌会をしようって」




 優の提案に、


「え?」


 健太は、パソコンから目を離した。


「……あなたがいないと、駄目に決まっているじゃないですか」


 優は、優しく微笑んでいた。


「あたし、お酒そんなに強くないですもの……。酔ったあたしを、女優である彼女に介抱させるつもりですか?」


 照れながら、あまのじゃくに優は言った。


「それに、あたしは毎夜は付き合えません。仕事が忙しいんです。彼女を帰した後、日報を書いたり、とにかく色々忙しいんです」


 だから……。



「だから、あなたは吉田さんの晩酌会に付き合うべきなんです」



「……あんた、何を言っているのかわかっているのか?」


「あなたこそ、わかっているんですか?」


 ツンとした態度で、優は続けた。


「彼女はたくさんの人を笑顔にしなければならない大女優。そんな彼女が百二十%で仕事に打ち込めないことが、何を意味するのか」


 優なりの激励の言葉で、続けた……。


「あの人を心の底から笑顔にしてあげられるのは、あなただけです」


 そんな優の言葉に。


「岩瀬さん、吉田さんのマネージャーとして……お願いがあります」


 優の激励に……。


「これからも末永く、吉田さんの晩酌に付き合ってあげてください」


 頭を下げた優に、健太はしばらく呆けてしまった。

 色々と思うところがあった。

 でも一番思ったことはやはり……マネージャーにそこまで言われて尚、本当に良いのか、ということだった。


 まもなく、健太は気付いた。


 優が言ってくれた発言の意図に。


 優は健太に、あくまで礼子との関係は仕事の一環だ、と大義名分を与えてくれたのだ。

 優は健太に……関係がバレた時の責任を一端を担ってくれる、とそう宣言してくれたのだ。


 そこまで言われて、袖にするだなんて……それはあまりに、男が廃るってもんだった。


「……こちらこそ、よろしく頼むよ」


「……はいっ」


 快活に微笑んだ優の顔は、今まで見てきた彼女のどんな表情より魅力的だった。思わず、健太の顔もほころんだ。


「それじゃあこれからもよろしくお願いしますね、お兄さん」


「出来ればそれは……勘弁してほしいな」


 健太は苦笑を浮かべた。

 まもなく、健太の業務時間も終了し、そして礼子からも帰路に付いたと連絡が入った。


 二人は仮初の兄妹を演じるべく、仲睦まじく、微笑み合いながら……まるで本物の兄妹のように打ち解けて、礼子が希望したしゃぶしゃぶの準備を始めた。


 そうして……。


「お邪魔します、岩瀬さん!」


 健太と礼子の晩酌会は、これからも続いていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋人に別れを告げられた次の日の朝、ホテルで大人気女優と寝ていた ミソネタ・ドザえもん @dozaemonex2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ