第6話 犯人はあなたですね


 外に出ると、山の淵が夕陽で真っ赤に染まっていた。僕は、目立たないように茂みに隠れて、犯人が現れるのを待った。


しばらくすると、ゴソゴソと何者かが動く音が聞こえた。


 僕は、そっと茂みから出て、その音の主に近づくと、


「犯人はあなたですね」


と、指輪を盗んだ犯人、灰色のトラ猫を指差してそう告げた。


トラ猫は、驚いたように動きを止めて、僕を見上げている。


「あなたは、お母さんが荷物を取りに玄関に行っていた隙に、開いていた掃き出し窓からリビングに侵入しました。


そして、机の上のアクセサリー入れの中から指輪を盗むと、侵入したのと同じ経路を使って逃亡した」


トラ猫は、身じろぎもせず、ただただ僕を見つめている。


「完璧かと思われた犯行でした。


しかし、あなたはある大きな失敗をした。


それは、同じく机の上に置かれていた、僕の漫画の上を通ったことです。


開かれたままの漫画に上からぐっと力が加わると、漫画は勢いよく閉じてしまいます。


あなたが漫画の上を歩いた時も、それが起こったのでしょう。


驚いたあなたはとっさに漫画から飛び退き、その時に漫画にくっきりと爪痕を残してしまったのです」


 僕はトラ猫の前足に光る5本の爪に目を遣りながら続けた。


「その爪痕を見て、僕はあなたが犯人だと気がつきました。


そして、なぜ指輪が盗まれたのか、なぜ他のアクセサリーは無事だったのか、その全ての謎が解けました。


あなたはアクセサリー入れの中から、見た目で指輪を選んだのではない。


ある匂いがしたから指輪を選んだのです。


あなたは昨日、お母さんから煮干しを受け取る時、お母さんの手のひらを舐めていました。


それも指輪を盗んだのと同じ理由−美味しそうな魚の匂いがしたからですね」


 僕は、黙ったままのトラ猫としばらく見つめ合った。


すると、それまで大人しく僕の推理を聞いていたトラ猫が、突然僕に背を向けて走り出した。


僕は逃さないぞと必死にその後を追った。


 ありがたいことに、トラ猫は家から500メートル程走ったところにある少し寂れた公園で足を止めた。


一度だけ僕の方を振り返ったかと思うと、公園の中へと歩いていく。


陽の傾きかけた公園は静かで、砂場には誰かが忘れて行ったのであろう、スコップが落ちていた。


トラ猫は砂場を通り過ぎると、奥の茂みに入ってしまった。


「ねえ、どこ行くの?ちょっと待ってよ。ねえってばー」


 返事がないことは分かっていながらも、ついつい呼びかけてしまう。


それに、何だかこのトラ猫は、僕をどこかに案内しようとしているように思えて仕方なかった。


トラ猫の後を追って、僕も茂みに足を踏み入れた。


すると−。


 そこにはトラ猫によく似た灰色のトラ模様をした2匹の子猫がいた。


お母さんの帰りを待っていたのか、甘えるように、にゃーにゃーと鳴いている。


そして僕は子猫の足元に探し物を見つけた。


お母さんの指輪だ。


魚の匂いに釣られて寝床に持ち帰ったものの、食べられないことに気がついてからは、専ら子猫の遊び道具になっていたようだった。


「申し訳ないんだけど、その指輪は僕のお母さんの大切なものなんだ。だから、良かったら返して貰えないかな?」


 僕は指輪を拾おうと、じりじりと子猫達に近づいた。


だけど、当然、子猫達が僕の言葉を理解しているはずはなく、これ以上近づくなと言わんばかりに、フーッと威嚇されてしまった。


しばらく子猫達と押し問答を続けてみたけれど、どうにもこうにも指輪を手に取ることは出来ず、僕は、困ったなあ、と腕組みをして指輪を見つめたまま、途方に暮れた。


 その時だった。


今まで少し離れたところから僕らのやり取りを眺めていたトラ猫が、ふいに子猫達の間に割り入って、スッと指輪を口に咥えた。


そして、呆気にとられる僕の足元にそっと指輪を置いたのだった。


 僕は指輪を拾い上げて、慎重に右の掌で包み込むと、ありがとう、とトラ猫にお礼を言った。


いや、そもそも悪いのは指輪を盗んだトラ猫なんだから、お礼を言うのもおかしな話なんだけど。


 続く言葉がさようならなのは、ちょっと寂しい気がして、


「またうちにご飯食べにおいでよ」


と言って、僕は公園を後にした。


 家に帰って、握りしめた右手を解いて、お母さんに指輪を見せた。


お母さんは凄く驚いた顔をした後、その何倍も嬉しそうな顔をした。


 その夜のアジフライは、なんだかいつもよりも美味しかった。


もちろん、最後の一つをお父さんと取り合いこしたことは、言うまでもない。


(完)

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僕の推理ノート〜第1弾 指輪を探せ〜 末里 @suem_mcz

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