第5話 僕の推理

 行き詰まっちゃったなあ。


そう思った僕は、一度自分の部屋に戻って、これまでの捜査内容を整理してみることにした。


何か書くものが欲しくて部屋を見渡したけれど、何も見つけられなかったので、ほんの少しだけ躊躇した後で数学のノートの最後のページを破ってメモ代わりに使うことにした。


 まず、お母さんの行動を順を追って辿ってみよう。


えーっと、台所でアジを捌いて冷蔵庫に入れた後、キャベツを千切りにして。


僕はノートに「アジを捌く→冷蔵庫に入れる→キャベツを千切りにする→」と、何かのレシピみたいだなと思いながら、お母さんの行動を矢印で繋いで書き出していく。


千切りの最中に指を怪我して、リビングに行って指輪を外し、アクセサリー入れに指輪を入れる。


救急箱から絆創膏を取り出して、指に貼った後、ついでに洗濯物を取り込むために庭に出る。


洗濯物を入れていると、インターホンが鳴って。


 僕は、途中からノートに書くことも忘れて、腕を組んで目を閉じたまま、お母さんの行動を頭の中で思い浮かべた。


玄関で荷物を受け取ったお母さんは、洗濯物を取り込むために、また庭に出たに違いない。


そして、洗濯物を取り込み終わったら、台所でキャベツの千切りの続き。


晩御飯の支度を終えたら、取り込んだままの洗濯を畳もうとリビングに行って、そこで指輪が無くなっていることに気がつく。


そして、僕の所に指輪探しの依頼に、−いや、元々は僕が疑われていたのだけれど、とにかく指輪の在り処を突きとめようと僕の部屋にやって来た。


 一通りお母さんの行動を辿った僕はゆっくりと目を開けて、右手でペンをくるくると回しながら、やっぱり怪しいのは荷物が届いた時だよなあ、と思った。


庭で洗濯物を取り込んでいる最中にインターフォンが鳴った時、お母さんはどんな行動を取っただろうか。


きっと、「めんどくさいわね」とか文句を言いながら、玄関に向かったに違いない。窓を開けたままで。


 リビングにある指輪を盗むなら、この時しかチャンスはない。


庭からの侵入は難しいかと思ったのだけれど、もしも配達屋さんと泥棒が仲間だったら、話は別だ。


お母さんを玄関に誘き寄せている間にリビングの窓から侵入した可能性もあるじゃないか。


うん、我ながらなかなか良い推理だ。


 それと、気になることがもう一つ。


アクセサリー入れには指輪の他にもネックレスやイヤリングも入っていたのに、犯人はなぜ指輪だけを盗んだのだろう。


もし僕が犯人だったら、指輪よりもネックレスやイヤリングを盗む。


なぜなら、それらの方がピカピカに輝いているからだ。


指輪もきっと昔はピカピカと光を放っていたのだろうけど、お母さんがいつも身につけているだけあって、今ではすっかりその輝きは失われている。


だからせっかく盗むなら、−「せっかく盗む」というのはなんだか変な言葉だけど、とにかく、盗むなら断然ネックレスかイヤリングだ。


犯人が、あのアクセサリー入れの中からわざわざ指輪だけを盗んだ理由が、僕には分からなかった。


 またもや行き詰まってしまった僕は、気分転換でもしようかな、と立ち上がり、部屋のドアを開けた。


なんだかいい匂いがする。


この匂いは−。


 僕は階段を駆け降りると、一直線に台所に向かった。


お母さんがコンロの前に立っている。


「あれ?見つかっちゃった」


お母さんは、そう言いながら僕の方を振り向いた。


見つかっちゃった、と言う割には、慌てた様子もない。


 お母さんは揚げ物の最中だったようで、その右手には長い菜箸が握られていて、左手には銀のトレイの上で湯気を立てるアジフライがひとつ。


晩御飯までまだ時間はあるはずなのに、なぜこんなに早く揚げているのだろう、と僕の中で新たな謎が生まれそうになったのだけど、この謎はお母さんの一言ですぐに解決した。


「さとしが指輪探し頑張ってくれてるから、晩御飯のアジをおやつに一匹揚げちゃった。お父さんには内緒よ」


お母さんはそう言いながら、ふふっと楽しそうに笑った。


 さっきも言ったけど、お母さんの作るアジフライは美味しい。


僕の大好物だ。


そして、お父さんも。


アジフライの日はいつも、僕とお父さんで最後の一つを取り合いになる。


お母さんはそれを知っているから今日2回目の「お父さんには内緒よ」を使ったのだ。


 お母さんがお皿に移してくれたアジフライを受け取ると、僕はアジフライにかぶりついた。


やっぱり揚げたては最高だ。


それに、今日はいっぱい頭を使ったから、いつもよりも余計に美味しく感じる。


 僕はあっという間にアジフライを食べ終わると、少し休憩しようとリビングの机の上に置きっぱなしになっていた漫画雑誌に手を伸ばした。


読みかけのページを開いたまま置いておいたはずなのに、きっとお母さんが閉じてしまったに違いない。


どこまで読んだかなあ、とページをめくり、心当たりのページまで辿り着くと、そこには−。


そうか、そういうことだったのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る