第4話 意外な訪問者


 台所のテーブルの上には、作りかけの晩御飯のお皿が並んでいる。


主役が不在のお皿に、ぎっしりとキャベツの千切りが敷き詰められているのを見て、僕は


「今日の晩御飯はなに?」


とお母さんに尋ねた。


お母さんが


「アジフライよ」


と答えるのを聞いて、僕はやったー、と拳を突き上げた。


 アジフライは僕の大好物だ。


友達は皆、魚よりお肉の方が好きだと言うけれど、僕は魚の方が好きだ。


僕のお母さんは、いつも丸々一匹の魚を買ってきて、家で捌いて料理してくれる。


ずっとそれが当たり前だと思っていたけれど、友達から、お前の母ちゃんすげーな!、と言われて当たり前ではないのだと気がついた。


と同時に、僕はすごく誇らしい気持ちにもなったのだけど、それはお母さんには内緒だ。


 とにかく、さばき立ての魚というのは結構美味しいもので、鶏肉の唐揚げや豚の生姜焼きよりも、僕は断然、アジフライ派だ。


「もうアジは捌いて冷蔵庫に入れてあるの。あとは衣をつけて揚げるだけよ。アジを捌いた後にキャベツの千切りをしていて、その時に指を切っちゃったのよね」


 お母さんが左手の薬指をさすりながらそう言った時、冷蔵庫の横の勝手口の扉の向こうから、にゃー、と猫の鳴き声が聞こえた。


その声を聞いたお母さんは、戸棚から大きな袋を取り出すと、はいはい、今あげるからねー、などと言いながら、勝手口を開いた。


 すると、そこには、灰色の虎模様の猫が行儀良くちょこんと座っていた。


お母さんは袋から煮干しを3匹取り出すと、猫の口元に差し出し、どうぞ、と言った。


猫は甘えるようにお母さんの手のひらを舐めた後、器用に3匹の煮干しを咥えると、すぐにどこかに消えてしまった。


 猫とお母さんの一連のやり取りをぼんやりと眺めていた僕は、驚きを隠せないまま、


「猫にご飯なんてあげてたんだね」


と言った。


すると、お母さんは、少し困ったような顔で


「うん。お父さんには内緒よ」


と言いながら、煮干しを戸棚にしまった。


 僕のお父さんは、猫が嫌いだ。


子どもの頃に家で飼っていた猫に、突然ひどく引っ掻かれたことがあったらしい。


それまではとっても仲良しだったのに。


それ以来、お父さんは、猫は何を考えているのか分からないから、といって猫を毛嫌いしていた。


だから、お母さんが毎日猫に餌をやっていることがお父さんにバレるのは、僕もあまり良いことのようには思えなかった。


 お父さんに猫のことを言わないことを約束して、僕は


「それより、何か他に手がかりはないのかな?」


とお母さんに尋ねたけれど、


「うーん。特に思いつくことはないわね」

と残念な答えが返ってきただけだった。

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