第2話 SideーB

 一

 僕がこんな恋をするなんてありえなかった。

これじゃあまるで中学生じゃないか。

そう、異性からのアプローチに慣れきっている僕が、こんなにピュアになるなんて。


 桜が綺麗に咲いている頃、僕は転勤になる。

 それは学生が新しい学校に入り、また新社会人が新たな仕事、ステージに立つ季節。でも僕は転勤によって、そんな数少ない人生の節目を追体験することができている。

 すると……、これは毎度のことであるが異性からの好意的な視線。自分でそんなに思ってはいないが、僕はどちらかというと見た目も良く好印象な雰囲気らしい。

 そう、僕、相谷和馬は平たく言うとモテる。

 今はたまたま彼女はいないが先日も直球のアプローチを複数の女性から受けたばかりだ。

それで女の人に慣れきっている僕。そんな僕のことを羨ましがる男性は多いが、自分自身はそれでナルシストになることもなく、淡々としている。

 というよりそんな境遇に対してどこか冷めきった態度なのかもしれない。ちょうど恋愛ドラマに感情移入できず、傍観するような見方をする人のように。

 僕はこれから結婚もするだろう。でもこの性格、良く言えば俯瞰、悪く言えばバリアを張った目線は変わらないだろう。僕はそのことに自分自身で少し納得し、少しは寂しく思っていた。


 二

僕は彼女の、何が良かったのだろう?

ルックス?でも彼女は見た目がお世辞にも綺麗とは言えず、まあ眼鏡もかけている。

なら性格?……広い意味でなら「性格」と言えば問題はないのだろうが、それで事の本質は解決するのだろうか?

 とにかく僕は彼女を見た瞬間、ビビっとくるものを感じてしまった。

それは、もはや理屈ではないものかもしれない。

ちょうど桜が理性ではなく生命の本能で咲くように、人間のより核に近い本質的な所。

そんな所で、僕は恋をしたのかもしれない。


ただ……、そうなると困った問題が一つ。

何を隠そう僕は、自分から異性へのアプローチをしたことがないのだ。

いつもなら向こうから寄ってくる女の人も、今回は彼女が奥手なのかそんな気配はなし。

すると、打つ手立てがまるで思い浮かばない。

「平良さん、この荷物、ここに置いたらいいですか?」

「あ、ちょっとそこは場所が違って……」

面倒見の良い平良さんは新しい職場で慣れない僕に対しても丁寧に接してくれる。ただ、それは相手が僕に好意があるからなのか?と言うより単に新しい人を指導しているだけのような気がする。僕は意外とこのような微妙な心の動きが分からないのかもしれない。積極的で分かりやすいアプローチにばかり反応していた自分が、今では悔やまれる。

 そして、僕は実は自分がいわゆる奥手であることに気づく。

異性慣れしているはずの僕が奥手?最初はそんなことはないだろうと、自分自身でその疑念を否定していた。でもならなぜ声を積極的にかけない?もっと攻めない?それは……、結局実力不足ではないのか?アプローチが自らできないのではないのか?

 もちろん言い訳はできる。見た目が釣り合っていないから告白したくても、距離を詰めたくてもできないのだ……、こんな苦し紛れのことを考えることはできるが、そうすると本当に自分の心が苦しくなる。そして、そんな言い訳をすればするほど、僕は平良さんに本気になっていることに気づく。

 いや、本当は僕の方が異性に慣れていないのではないか?平良さんと、釣り合っていないのではないか?結局僕の心は今まで澱んでいて、平良さんはもっとまっすぐなのかもしれない。そんなことを考えていると、

「相谷さん、仕事には少し慣れてきましたか?」

そんな他愛もない会話を嬉しく感じる反面、申し訳ない気持ちにもなってしまう。

僕はふさわしくない……外面だけ取り繕っただけの僕は、そのメッキがはがれてしまうと価値がないのかもしれない。なら、それなら、僕は自分に本当の価値を見出せるまで、平良さんには告白をしないことに決めた。

 もちろん自己努力は続ける。いつか、僕の想いが届くように、そしてそのレベルに届いたらいいな。でもそれまで、そう、満開の桜が真の意味で咲き誇れるまで、僕は養分を蓄えていよう。

 それが僕の、だれにも言えない恋。  (終)

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忍ぶ恋こそあはれなれ 水谷一志 @baker_km

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