#6 銃と記憶 2

轟く銃声と共に、禍々しい光を放つ銃弾がクラヴァの刀の刃先に軌道を向けて金属音と火花を散らしながらパラドックスの肉を抉った。

「危なっ!何するんす…か…?」

クラヴァは俺の隣に鎮座するそれを見た瞬間、怒りを一瞬で忘れるほどの驚きと恐怖に支配されたのだろう。

「ネリオ…?なんだよそれ…どうしたんだ…?」

なんでそんなことがわかるかと言うと、俺も同じだからである。

それは大きな黒い腕を7本持ち、2本は手枷を付けられながらも天を掴もうとし、2本は地面を掴み必死に何かから抵抗しようとしている。

もう2本はネリオの首を強く絞めているが、その様子はどこか悲しさを感じる。

最後の1本はネリオの胸の前にある核のような部分から大きく開いた口いっぱいに吐き出すように生えており銃を構えている。

「お前、これが何かわかったりするか…?」

「お、俺にはパラドックスに見えるっす…。」

どこかに潜んでたのか…?

だとしたらこんな大きなパラドックス、すぐに気づくはずだが…。


「ネリオ!返事をしろ!大丈夫か!」

「…。」

ネリオは首を絞められ虚ろな目をしながら涎を垂らしている。

これは絶対にまずいやつだ。

どうにかして止めないと…!


「ネリオ、今助ける!待ってろ!」

俺がそう放ちながら銃を構えた腕を切断したその刹那。

「うぐっがあああっ!」

それまで意識もなくぐったりしていたネリオは急に痛みを感じたのか悲鳴を上げた。

「…!駆除隊の人!それ、パラドックスじゃないっす!」

「恐らくその人の能力っす!」

それを聞き即座に俺がその場を離れた瞬間、すぐさまそれは切断された腕を再生し、奥にいたパラドックスを蜂の巣にした。

「…。やばい火力っすね。」

「これ、どうやって止めるんだ?」

「知らないっすよ。あんたらのお仲間なんだからそっちで処分してくださいよ。んじゃ、俺はディスクだけ貰って帰りますね。」

クラヴァがそう言って俺に背中を向けた瞬間、またもや銃声が鳴り響いた。

その数瞬後、それに続くようにガラスが割れるかのような音がした。

何か、悪い予感がする。







「君がネリオくんだよね!よろしくね!僕、クリマキエラ!クリマキエラ・エニグマって言うんだ!よろしくね!」

「え、あぁ。よろしく。」

俺の席の前から、身長のやけに低いやつが何を考えてるのかは知らないがいきなり話しかけに来た。

「…何の用だ?」

「えっとね、僕友達いないから暇そうな君に話しかけてみたんだ!僕と友達になって欲しいんだ!」

よくわからないことを抜かすそいつは俺の机に手を付き跳ねながら目を輝かせた。

「他のやつを当たれ。俺と絡んでても何もいいことないぞ。」

「えぇーー!君が良いのにーー!」

そいつは分かりやすくがっかりしながら自分の席にずるずると帰って行った。

でもそいつはそれだけでは終わらなかった。

それから高校生活3年間、毎日、いや毎時間授業が終わる度に、何を考えているのかわからないがそいつは話しかけてきた。

「ネリオくんって呼んでいい!?」

「ダメだ。」

「ネリオくんってなんか音楽とか聞くの!?」

「別に聞かない。」

「ネリオくん!テストどうだった!」

「ネリオくん!」

「ネリオくん!」

「ネリオくーーん!!」

「ネリ…げほっげほっ。」

何度無視しても、何度素っ気ない態度を取ってもそいつは俺に構ってくる。

いつの間にか俺はそいつと一緒に帰るぐらいには仲良くなっていた。

「なあ、お前。なんでそこまで俺に話しかけて来るんだ?俺、犯罪者の子供だぞ?」

「え?えっとねー。なんか僕と同じニオイがしたんだよね!」

「同じニオイ…?」

「うん!」

「なんかね、ずっとひとりぼっちで、ずっとなにかに縛られてる感じ!」

「…。」

「僕もね、小さい頃から体が弱くて、学校に行けなくて友達いなかったんだよね。小さい時にはどのお医者さんからも匙を投げられたり、ようやく見つけた信じれるお医者さんからも余命宣告まで受けたぐらいだよ!でもね、ひとりぼっちだったけど、たまにお兄ちゃんが励ましてくれて、頑張れたから今こうして生きてるの!」

「僕ね、そんなお兄ちゃんみたいな人になりたいし、ネリオくんの気持ちがわかるかもしれないって思ったから、友達になりたかったの!」

「…。そうか。」

「でも、お前に俺の気持ちはわからないと思うぞ。」

「俺とお前は違う人間だ。俺は罪を背負い、それを自覚して生きてる。悪いことは言わない。もう関わってくるな。それがお前にとってもいいはずだ。」


この件に他人を巻き込む訳にはいかない。


「嫌だ!しつこいかもしれないけど、それでも僕は君に話しかけつづけるよ!」


そんなのはわかっていた。

でも、こいつの明るさでどこか心の暗い部分が照らされる、そんな気がした。


「…」


なんでかはわからないが、ちょっと軽くなった気がする。


「あ!ちょっと顔明るくなった!」

変なポーズで両手で俺を指さしてくるこいつに、俺はもしかしたら救われたのかもしれない。

「そういやお前ってなんなの?なんで余命宣告受けて生きてんの?」

「それはね!僕がかのマグニフィカス・エニグマの弟だから天才的パワーで何とかしたんだよ!」

「えっ…弟…?お前男だったの…?」

「そうだよ?…えっ?」

「めちゃくちゃ女だと思ってた…。俺にもモテ期が来たと思ったのに…。」

「あはははっ!残念でした!僕は生まれながらの超かっこいい男なんですよ!」

「いや、超どころか全くかっこよくはないぞ。」

「えっ!!!!…今世紀最大のショック受けたぁ…。」


俺はまた自分勝手な行動をした。この先こいつをもう後戻りできないようなことに巻き込むかもしれない。

でも、巻き込んだとしても、この灯りを絶対に守る。そうすれば、いつかこの罪と向き合える、そんな日が来るような気がしたんだ。


暮れる夕方の下校路の坂道。

登り坂で自転車を押しながら、1歩、また1歩、確かに歩いた。






「おい!ネリオ!起きろ!おい!」

「まずいっすよ!パラドックスがそろそろ完全に復活するっす!」

くそっ…相手の回復が段違いに早すぎる…!

ボムパラドックスのときとは比べ物にならない…!パラドックスも再生速度に個体差があるのか…?

いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

相手が瀕死だったとはいえネリオが至近距離で撃たれたんだ…。現に気を失ってるし、早く手当しねぇと…!

ただ、応急処置なんざしてようものならしている間に見つかってしまう…。かといって武器庫の外に出るのもそれこそ見つかる可能性が高いし、ネリオを背負ってる関係上攻撃を避け切るのは難しい…。

このままだとパラドックスを倒すどころか武器庫から脱出すらできねぇ…!どうにかして相手の隙を突かなければ…!

「何してるんすか!早くしないとこっちに来るっすよ!」

「わかってる!!ってかお前が倒せばいいんじゃねえか!?最初来たときはあいつのことボロボロにして俺たちを待ってたし、いまさっきディスクを回収して帰るとか言ってた癖によぉ!さっきの威勢はどうしたんだよ!」

「あのときはまだ完全態じゃなかったんで俺でもやれたんすよ!今のあいつはさすがに俺には無理っす…。あんたこそお得意のその刃物ボディで突進すれば銃弾なんてへっちゃらなんじゃないっすか?」

「うるせぇ!俺が能力を使えるのは一度に1つの部位だけなんだよ!」

その瞬間、辺り一面を焼け野原にするが如く大量の発砲音が鳴り響いた。

こいつ…まさかこの武器庫ごと破壊するつもりか…!?

「一時休戦だ!協力してこいつを叩く。それでいいな!?」

「今回だけっすよ!俺とあんたはあくまで敵同士なんすから!」




「お前、確か毒使えるとか言ってたよな?あいつにもその毒効くのか?」

「効くには効くっすけど、俺の毒はこの刀で直接斬らないと体内にはぶち込めないんで、近くまで寄らないと難しいっす。」

「そうか…。わかった。ちょっとその刀借りるぞ。」

「ちょっと待つっす!話聞いてたっすか?近くまでいかないと…!」

俺はクラヴァの刀をぶんどると、やり投げの如くパラドックスに向けて刀をぶっ飛ばし、見事胴体に命中させた。

「おっちゃんと幼い頃キャッチボールした経験が活きたぜ。」

「ただのゴリ押しじゃないっすか…。」

ドヤ顔でガッツポーズを決めていると、クラヴァはため息を吐きながら突っ込んだ。

「ごちゃごちゃうるせえ!今のうちに脱出するぞ!」

「わかったっすよ…。」

俺たちは何とか武器庫からの脱出に成功した。

「そういえば、毒の効果時間ってどれぐらいなんだ?」

「あの再生能力なんで…もってかあと30秒っすかね…。パラドックスの場合毒に耐性ができるんで同じ手は次に使えないっすね。」


そんな会話をしながら武器庫と駐車場を繋ぐ通路を走っていると、武器庫の扉が大きな銃声と共に吹き飛んだ。


…来たか…!


「急ぐぞ!この速度なら追いつかれる前に駐車場に出れる!」

刹那、立て続けに鳴った銃声と共に脹脛に激痛が走った。

シミ1つない真っ白な床に、濃い紅が飛沫を描いた。

くそっ…!やられたのか!足を!

「クラヴァ!ネリオを連れて行け!こいつは俺が食い止める!」

「無理っすよ!遠距離型の相手にこの距離はいくらあんたでも分が悪いっす!」

「俺が死んででもこいつを止める!いいから先に行け!!」

やるしかないんだ…!ここで…!ネリオを救うためには…!

滴る血の雫を抑えながら俺は立ち上がると、即座に方向を反転し、腕の1部を刃に変え、深く息を吸った。

その瞬間。


「そんな簡単に命捨てんな。バカが。」


聞き覚えのある声と舌打ちと共に、まるでゲームのバグのように視界が歪んだ。


なんだ…これは…?

歪んだ視界に映る人型が何かを放り投げた瞬間、一気に世界は正常を取り戻した。

「あんたは…!」


「カタラの野郎に言われて来てみれば…なんだこの有様は…。」



「ディリアスさん!」

「事情は後でいい、とりあえず外に車があるから来い。そこのピンクの野郎もだ。」

「パラドックスはどうするんすか?」

「あいつは暫くは動けねえはずだ。ただいずれは復活するしそのセンター分け野郎もさっさと治療しねぇとヤバい。だから急げ。」


急いで車に乗り込むと、すぐさまネリオの手当に移った。

「救急箱はその辺に落ちてるはずだ。適当に探せ。」

ディリアスは運転席に座りシートベルトをつけながらそう放った。

「はぁ!?救急箱ぐらいわかりやすい場所に置いとけよ!あんたそれでも駆除隊かよ!」

「黙れ。俺は研究班だ。ごちゃごちゃ抜かしてねぇでさっさと手当しろ。」


「待つっす。おかしいっす…。」

クラヴァがネリオの手首を持ち、震えた声で続けて放った。



「脈が…ないっす…。」



全身の血が一気に冷たくなったような感覚が脊椎を巡った。

「そ、そんな笑えねぇ冗談よせよ!測り方が甘いんだよ!俺がやる!」

そう言って俺はネリオの首の付け根に触れた。

ひんやりとした体温が、皮膚の感覚を覆った。


冷たくなった血液が、そのまま全身を凍てつかせる、そんな感覚が今度は脊椎だけでなく全身に伝わった。


「嘘だろ…?」


「それだけじゃないんっすよ…。おかしいっす…。絶対におかしいんすよ…。」

またもや震えた声でクラヴァはそう言うと、ネリオの制服を一気にめくった。


「傷なんて…どこにもないんすよ…。」


クラヴァの震えた声が静かな車内に零れ落ちた。

「遅かったか…。」

軽く舌打ちをしながらディリアスはそう言った。


理解が追いつかなかった。

助かるはずだと思っていた。

死んだなんて信じられるはずがなかった。


「ディリアスさん、近くの病院まで飛ばしてください。」

考えるより先に言葉が口に出ていた。

俺はそっと冷たくなったネリオの手を握った。

「でもそいつは…」

「わかってます。でも…諦められないんです。こいつはまだ助かるかもしれないのに見殺しになんてできない!」


「…わかったよ…。事故っても文句言うなよ?」

そう言いながらディリアスがアクセルを踏もうとした瞬間、聞き覚えのある銃声と共に背後のガラスに大きな亀裂が入った。

まさか…もう再生して追いついたのか…!?


「思ったより早いじゃねえか。シートベルトつけろ?飛ばすぞ。」

ディリアスは淡々と吐き捨てるようにそう言うと、今度こそアクセルを思いっきり踏みつけた。


「想像よりパラドックスの再生が早い。この速度だと射程距離から逃げ切るのにかなり時間がかかる。それに当然俺たちの能力では遠距離への攻撃は不可能だ。だから敢えて追いつかせたところで一気にぶっ壊す。いいな?」

「え?は?ぶっ壊すってどうするんすか!?相手は車外なんすよ!」

「後ろのドアごとぶっ飛ばせ。んなもん自分で考えりゃわかるだろ。」

「…なんで駆除隊ってどいつもこいつも脳筋ばっかなんすか…。」

クラヴァがため息をつきながらそう言うと、続いて何かを見つけたかのように零した。

「…これって…!」

その刹那、車の後方に大きな衝撃が走り、完全にリアウインドウが吹き飛んだ。

来たな…!

奴は車内に顔を覗かせ、ガチャッという音と共に頭の銃口をこちらに向けた。

まずい、このままだと全員やられる…!

射撃の体制に入った瞬間、俺は即座に刃でパラドックスの頭を上に弾き、射線をずらすことに成功した。

奴はそのまま天に弾を打ち上げた反動で頭が吹き飛び、再生する体制へ移行した。


さっきより格段に脆くなってる…?

再生速度も比べ物にならないぐらい遅くなってる…!破壊するなら今だ…!

「手足を切り落とせ!車内での戦闘はできるだけ避けたい。」

「そんなことしてもまた再生されて追いつかれての繰り返しになるだろ!それにここでやらないと街への被害が出る!」

「黙れ。俺がどうにかするから安心しろ。それにこの辺りはロスト・セレーネからの復興が遅れてる地域だ。人も建物もねぇから安心してぶった斬れ。」

くっそ…先輩だからって偉そうにしやがって…。

「おらァ!ぶっ飛べ!!」

俺はディリアスへの怒りを発散するとともにパラドックスの四肢を切り落とした。

その直後、以前と同じように空間が歪むと、パラドックスはアスファルトの彼方へ吹っ飛んで行った。



「ほんとにあいつあのままでいいんすか?絶対また再生して襲ってきますよ。」

「あぁ…俺の能力であいつの再生能力を極限まで落とした。だから近くに拳銃でも転がってない限り大丈夫だ。」

「近くに拳銃が落ちてない限り…?どういうことだ?」

「まんまの意味だよ。パラドックスは自分の体を再生、強化するのに自分のディスクと同じエレメントを必要とする。材料がなくても原子レベルで組み立てて再生するがそれはかなりの時間がかかる。マグニから習わなかったのか?」

「全然しらねえよ!そんな大事なこと先に言え!バカ!」

「黙れ。そんぐらい自分でも気づけるだろ。今教えてやってるだけいいと思え。」

くっそ…こいつ…!

後で覚えてろよ…!

でもおかげでパラドックスを退けることには成功した。

ネリオ、もう少しだ。もう少しだけ我慢してくれ…!

俺はそう念じながら力の籠ってないネリオの手を強くぎゅっと握りしめた。












現実は残酷だった。


見覚えのある気味の悪いほど白い天井と壁に囲まれた部屋で、白衣の男からゆっくりとその言葉を告げられる。

こんなにも穏やかな表情で、傷1つない身体で、死んだだなんて信じられるはずもなかった。

寝ているだけだと、脳が言葉に拒否反応を起こす。

隣で喚くクリマキエラの声も聞こえない程心の中に濁った水が注ぎ込まれる。

そんな俺たちに構わず、白衣の男は話を続ける。死因を探るために解剖がどうだのこうだのと、言葉の届かない俺たちに流し込もうとしてくる。


また1人、仲間が死んだ。


ガンパラドックス。

その胸に秘めたる想いは「護衛」。













「俺達を、騙してたんすね。」


「…なんのことかな?」

薄暗い部屋の中、茶髪の男は白々しくそう返した。


「今日、駆除隊の奴がまた1人死にました。」

「…そうか。それはまた気の毒に…。」

「全身どこを見ても傷はなかったっす。」

「…珍しい死に方だねぇ。病気か何かだったのかな。」

「とぼけないでください。もう騙されたりなんてしませんよ。」


「これを見てください。」

クラヴァはそう言いながらポケットから黒紫色の円盤の破片を取り出した。


「これは今日死んだ駆除隊の隊員の使っていたディスクっす。」


「ここから考えられることなんて1つっすよね。」


クラヴァは乾いた下唇を噛み、手汗をズボンで拭うと、こう続いた。

「俺は、今日をもってこのメロエ社を辞めさせて頂くっす。」


茶髪の男は少し驚いたような顔をするも、その後すぐにニヤリと笑うと、こう返した。

「…わかった。これからは真っ当な人間として自由に暮らすといい。」


「…。」


「そんなに睨むなよ。別に君は今何かしら害を受けている訳じゃないだろう?まず力が欲しいって言ってきたのは君のほうじゃないか。」

茶髪の男は馴れ馴れしくクラヴァの頭に手を乗せ、胡散臭い話し方で言った。


「…もういいっす。あんたのその態度にはもう飽き飽きしてるんすよ。」

乗せられた手を即座に払うと、クラヴァはそう言いながら退職願を黒い机にバンと強く叩きつけ部屋を後にした。



「…。」

薄暗い部屋の中、男はまたニヤリと口を歪ませた。

「彼には絶望せずに生きていて欲しいね。」

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輪舞曲第1章「刃」 命懸けご飯 @strawberry-over-rice

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