#5 銃と記憶 1
刃と刃の重なり合う鋭い音が施設内に響く。
「さっすが駆除隊員!反応が速いっすね!それに能力は体から刃物を生やすって感じですかねぇ。面白い能力だから殺すのが名残惜しいっすけど、しょうがないっすねぇ…。」
クラヴァはそう言いながら俺の腕を弾き返すと、右手に持った刀で俺の首を刎ね飛ばすかの如く一閃、振りかざした。
速い…!避けきれねぇ…!
「…?おお!なるほど!首の1部を刃に変えて俺の攻撃を防いだんっすね!そんな使い方もできるんだ!やっぱり面白い能力っすねぇ…!」
ガキンッという鈍い音の響いた部屋の中に、今度は輝くようなクラヴァの声が鳴った。
「そろそろうるせえぞお前。入ってくるやいなやいきなり襲ってきやがって…!」
俺は即座に右脚を刃に変形させクラヴァの横腹に一太刀入れようとした刹那。
「…ッ!」
首の辺りに強い電撃が走り、俺が怯んだ瞬間に胸の辺りをスパッと切り裂かれ、空き缶を退かすかの様に蹴り飛ばされた。
「カゼドラくん!」
「全く…不意打ちもバレバレっすよ。不意打ちにすらなってないっす。いつからこんな弱くなっちまったんですかねぇ…駆除隊は…。」
「てめっ…!ほざきやがって…!」
「カゼドラくん!怪我してるんだから動いちゃダメだよ!」
蹲る俺に駆け寄ったクリマキエラは必死に動こうとする俺を止めようとしてくる。
「あんたらじゃ俺には勝てないっすよ。俺の首を取りたいんならマグニさんでも連れてきてくださいよ。」
クラヴァはそう言うと、辺りを少し見渡しながら続いた。
「…そういやマグニさんを見てないっすけど、どうしたんです?」
「…。」
鉄の香りが充満した部屋の空気が凍りつく音がした。
「…死んだよ。クラヴァくんが来る、ちょっと前に。」
カタラは固唾を飲み込んでから、そう、小さく淡々と放った。
「…。」
「…そうっすか…。…なんか、すみません。何も知らずに暴れ散らかしちゃって。死人が出た日にこんなことしたらダメだって俺でもわかるっす。…マグニさんのことを言えば今回はきっと上の人も納得してくれるっす。」
クラヴァの態度は一変し、急に申し訳なさそうにしだした。どうやら必要最低限のマナーが存在したようだ。
「…きょ、今日は帰るっす。本当に申し訳ないってのと、あとその人。そこの刃物の人は早く応急処置してあげてくださいっす。傷は浅いっすけど毒が少量入ってるんで多分放置しとくとめちゃくちゃ腫れてやばいと思うっす。」
えっ…。
待て、こいつ毒なんか入れやがってたのかよ!
「それじゃあ、失礼するっす。」
そのままクラヴァは解毒の方法も教えずに施設を後にした。
「うし、とりあえずは毒も抜けたし傷も大体塞がったな。もう動いていいぞ。いやしっかしすげぇな…。パラドックスの未知の攻撃にも耐えられるように強化したこの制服を一太刀でズタズタにしちまうなんて、あいつの刀はノコギリかなんかか?」
ディリアスはそう言いながら薬を塗ったり包帯を巻くなど応急処置をしてくれた。
「ありがとうございます、ディリアスさん。そういえば、メロエの人っていつもあんな感じなんですか?」
「うーん…いや、俺はあんま関わったことねえからわかんねえけど…暴れたのは初めてなんじゃねえか?なあカタラ、いつもはあいつあんな凶暴じゃなかったよな?」
「うん、いつもならディスクが足りないときは笑ってなんとかしますって言ってくれるんだけど…今日はストレスでも溜まってたのかなぁ。」
いつもに増して怠そうな顔のディリアスに、不安げな顔をしたカタラは首を傾げながら答えた。
「…よし、とりあえずカゼドラくんの傷も塞がったみたいだし、今日は少し早いけど上がりにしようか!」
「え、まだ4時ですけどいいんですか?」
「いいのいいの!今日は色々あったし、クリマキエラくんは泣き疲れて今にも寝そうな感じだし!今日はゆっくり休んで明日からも頑張ってもらわないとだからね!」
少し強ばった表情でカタラはそう言うと、ネリオは寝かけているクリマキエラの頬を引っ張りながら「ありがとうございます。」と言い、
「あ!待ってよ!足速いよ!一人ぼっちで帰るの嫌だからちょっと待ってよ!!」
と慌てて駆け出すクリマキエラを背にせかせかと帰って行った。
「…カゼドラくん、ちょっといいかな?」
「はい?」
カタラは俺の肩を人差し指でちょいっと小突きビニールの袋に入った銃弾を見せつけてきた。
「なんですか…?これ…。」
俺がそう聞くとカタラはふふんとドヤ顔をしながら答えた。
「これ、チグリナさんの行方を調べてる時に君の家の近くで見つかった物なんだけど、何か心当たりとかある?」
「いえ…全く。」
「これ、調べてみたらチグリナさんの血がついてたんだ。まあ、撃たれてから何ヶ月も経ってる物だから間違ってるかもしれないんだけどね。」
「…でも発砲音なんてしませんでしたよ。」
「うんうん!だよね!だから私はこう考えたんだ!」
「チグリナさんが犯人の証拠になるように持ってきたんじゃないかって!」
「それでね!今、ガンパラドックスっていうめちゃくちゃそれっぽーーいパラドックスが調査されてるみたいなの!国からも明日ぐらいには場所を特定できそうって言われてるし、君たちに任せてもいいかな!?」
「…!はい!」
「…ねぇ、ディリアス。」
「ん?何だ?」
「マグニ、ほんとに死んじゃったのかな。まだ実感湧かないや…。」
「…。」
「…ねぇ。あの子達、何人生き残れると思う?」
「全員生きてられたらいいな。」
「そうだね。」
「ディリアスは手伝ってあげないの?マグニがいない今、あの子たちじゃ危険だと思うけど。」
「…俺は調べ物があるから。」
「…そっか。…そーーいうところが気遣いできないからモテないんだよーー。」
ぐーーっと伸びをしながらカタラは大きな欠伸をした。
「俺だってできたらやってるよ。いちいちうっせぇなぁ。」
朝。
今朝のニュースキャスターは只管悲しみをばらまいている。
「駆除隊隊長のマグニフィカス・エニグマさんが殉職したとの報道が入りました。」
だの、
「いやぁ…彼が新人達でも倒せるようなパラドックスに負けただなんて相当彼らは足を引っ張ったんでしょうね。」
だの、
「彼が亡くなったとなると、駆除隊はもうやっていけないでしょうね。私たちの生活は今後どうなるのか心配です。」
だのと、音声を放つ液晶は当事者の気分も知らないでほざき散らかしている。自分達で戦うことすらできない癖に。よく見たらカタラも駆除隊の代表としてインタビューを受けている。
俺ですらここまで傷つく内容だからこそ、庇われたクリマキエラが罪悪感に押しつぶされてないか心配だ。
「続いてのニュースです。昨年世間に大きな衝撃を与えた『被災者保護マンション大量殺人事件』から1年が経ちました。未だに犯人は…。」
俺はそっとテレビの電源を切った。
「目的地って何処なんだ?」
「国の持ってる武器庫だ。全く、なんでそんなところにパラドックスが入り込むんだろうな。」
俺はカタラから本部が報道陣に囲まれて身動きが取れないという連絡を聞き、ネリオの運転でガンパラドックスの討伐に出向くことになった。
「しっかし、あんなにもメディアに集られるなんてカタラさんも大変だよなぁ。そういや、朝のニュース見たか?俺たち散々言われてたぞ。俺たちがあそこで食い止めなかったらこの街諸共焼け野原だったってのによー。」
「しょうがないだろ、守られて当然だと思い込んでる馬鹿共の集まりなんだから。」
「それもそうだな!…そういや、クリマキエラらどうしたんだ?1人は寂しいよーっつってネリオに着いてくるって思ったんだけど。」
「ああ、あいつか。俺もそう思ったんだがニュースを見てだいぶ傷を抉られたみたいで凹んでるらしい。」
「あー、やっぱりか。」
「…そういえば、ネリオってなんで駆除隊に入ったんだ?借金とか言ってたけど、なんかあったのか?」
「ああ、親父が作った借金を返済するためだ。」
「…。親父…いや、あのクズは俺たち家族を捨てたんだ。ギャンブル依存症だったあいつはいつの間にか闇組織と繋がってたらしく、金をどんどん絞りあげられて俺たちの生活はどんどん貧乏になっていった。」
「15の頃だったかな。あいつは家族を捨てて逃げやがったんだ。女捕まえて立てこもったりもしてたらしく、俺は犯罪者の子供だってクラスメイトに虐げられながら学校に行ってた。そういえば当時学校に友達なんていなかったな。」
「その後、ロストセレーネに巻き込まれてあいつは勝手に死にやがった。次の日にはヤクザの人達がやってきて、いまいち覚えてないけど、俺があいつの分の借金を返さなくちゃいけなくなった。だから給料がいい駆除隊に入った。そんな感じだ。おかしい話だよな。俺らはなんもしてねえのに勝手に金使って勝手に死んでったあいつの分まで働かないといけないなんて。」
「…お前も大変なんだな。」
「大変なやつ以外こんな仕事誰もやらねえよ。」
「そういやクリマキエラとはどこで知り合ったんだ?最初から仲良かったけど。」
「クリマキエラは高校時代に同じクラスだったんだ。あいつは幼い頃に重い病気にかかって学校にもほとんど行ってなかったから友達がいない同士で仲良くなれたんだ。思えばあれも3年以上前なのかー…。時の流れって早いな。」
そんなおっさん地味たことを言いながらネリオは車を停めた。
「…着いたな。ここが武器庫だ。」
車から降りると、俺は武器とディスクを装備しながら辺りを見渡してみた。
「本当に四角いただの倉庫だな。辺りに人もいないし、ほんとになんのためにこんなところにパラドックスが入ったんだ?」
「さあな。自分と同じ銃でも眺めたかったんじゃないのか?」
「そうかもな。とりあえず、とっとと終わらせちまおうぜ。」
狭い通路を通り入口に向かうと、そこは重たい金属製の分厚い扉で封鎖されており内側では何やら物音が激しく鳴っている。
「ディスクを挿入して万全の状態で行くぞ。内側の状況はわからないが、凶暴なことは分かった。一気に決着をつけるぞ。」
俺たちは腕からディスクを挿入し、ネリオは弾を詰め込み、俺は腕を剣に変形させてからそっと扉のロックを解除した。
「ん?あれ、鍵がかかってないぞ…。」
その瞬間、重い扉が一気にばんっと開かれた。
「遅かったっすねぇ。駆除隊。こいつならもう終わるところっすよ。」
扉の先には四肢を剥がれボロボロになったガンパラドックスと、血に濡れた刀を手に持ったクラヴァがいた。
「お前はメロエの…!」
「そうっす!覚えててくれたんすね!嬉しいっす!」
クラヴァは嬉々として刀を振り回しながら答えた。
「なんでお前がここに…。」
「気になるっすか??それはっすねぇ…あんたら駆除隊がディスクを全然納品しないから…。」
「俺たちメロエの掃除屋が直々にディスクを集めて回ることになったんすよ!」
クラヴァはドヤ顔で溜めてからそう大声で放った。
「掃除屋…?」
「最近新しくできた部隊っす!俺が名付けたんすよ!かっこいいっしょ!」
「いや…かっこよくはないな…。」
「えぇ!?マジっすか!」
ネリオの鋭い一撃にクラヴァは軽いショックを受けていると、クラヴァの後ろで影が動いた。
…!まずい、完全にパラドックスのことを忘れてた…!
「おい!お前!危な…!」
辺りに拳銃で撃ったかのような銃声が響いた。
「…そんなの言われなくてもわかってるっすよ。俺を舐めすぎっす。」
当たり前かのようにクラヴァは銃弾を避けると、パラドックスの胸に刀を突き立てた。
「…。お前、なんでトドメを刺さないんだ?今みたいに反撃されて喰らいでもしたらやばいだろ。」
「あ、これっすか?憂さ晴らしにあんたらと戦わせて痛い目に遭わせようと思って生かしてるんっす。あと俺がこうやって抑えてる間は毒で弱らせてるんで大丈夫っす。」
そう言いながら突き立てた刀をグリグリと捩じ込み、思いっきり体を踏みつけた。
「…それより、どうしたんすか?そいつ。震えてるしめちゃくちゃ顔色悪いっすけど。」
「え…?」
クラヴァが指さした方を向くと、そこには顔を青白くして呼吸を荒くし、小刻みに震えるネリオがいた。
「ネリオ!大丈夫か!?」
ネリオは答えることすらせず、更に呼吸を激しくして目を見開き、瞳孔を広げたり縮めたりしている。
「ネリオ!落ち着け!」
ハンドガン。
あの銃声は聞き覚えがある。
俺の記憶からすっぽり抜け落ちた、忘れちゃいけない記憶。
俺の心の奥底で、二度と思い出せないように封じられていた記憶。
俺は銃が好きだ。
大きな音と共に一撃で的確に的を射る。
俺には大きな声で誰かを呼ぶことも、大嫌いなあいつをぶん殴ることすらできなかった。
だから、俺には足りないものを持った銃が好きだ。
そんな銃は、俺の母親の命を奪った。
知らない黒いスーツの男が家に入ってきて、目の前で撃ち殺された。
あいつのせいで辛い生活をしていた母親を、家族として救ってやることもできないまま目の前で見殺しにした。
なにもできなかった。
今度は銃口が俺に向いた。
男達は俺が働いて返すと言ったら渋々許してくれた。
俺は自分ばかり守っていた。
母親が撃たれる前に言っていたら、もしかしたら2人とも生きていられたかもしれない。
でも俺は、誰かを救える銃を持っていながら、自分を守るためにしか使えなかった。
俺も結局、自分が逃げることしか考えてない。
あいつと同じなんだ。
大嫌いなあいつと同じなんだ。
俺はあいつの息子だったんだ…!
そうだ。
殺したのは銃じゃない。
「俺が、殺したんだ。」
大きな音が鳴った。
また、あの銃の音だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます