#4 戦うということ

「…お兄…ちゃん…?」


マグニに突き飛ばされて地に伏せていたクリマキエラは、これまでにないほど弱々しい声で静かに波打ち始めた水面に一滴の言葉を零した。

その波紋は大きな黒い絶望の波となり、抗うことすら忘れてしまった俺たちの心を攫い、深く飲み込んだ。


「う、嘘…だよな…?駆除隊最強のあんたが、こんなところでやられる訳ないもんな…!そうだろ!?なぁ…何か返事してくれよ…マグニさん…!」

俺はさっきまであんなにも楽しく話していた大事な先輩を目の前で亡くすという現実を受け止めきれなかった。

このセリフを放つ声すらも震えていたかもしれない。


「…ッ!?お兄さん!危な…」

さっきまで唖然として立ち尽くしていたネリオは何かに気づき走り出すと、マグニの手を強く掴もうとした。


…しかし、その行動も虚しく、後を託すかのように優しい笑顔を浮かべたままのマグニは、ただ風に身を任せるまま崖の下へ転落していった。


…。


「…こんなのって…ないよ…。」

俯いて目の縁を濡らしながら、クリマキエラはまた1つ、小さく零した。


マグニを殺したあと、岸辺に暫く佇んでいた爆弾の異物は辺りを見渡すような仕草をした後、再び掌を輝かせ始めた。


そうだ、今は絶望している暇なんてない。

パラドックスを片付けなければ…。

「…体勢を立て直す。一旦引くぞ。ネリオ、目眩しを頼む。」

「わかった。」

煙玉の煙で身を紛らわし、膝が崩れて動けないクリマキエラを引き摺りながらもどうにか移動し岩陰に隠れることに成功した。


「…。」


「…作戦を立て直すぞ。」


「…。」


「…ネリオ、残りの弾は幾つある?」

「…10数発ってところだ。」

「…わかった。」


「…。」


「…ねぇ。」

「…なんでカゼドラくん達はまだ戦えるの…?」


「…俺たちが今ここで戦わねぇと、誰もこいつを止められねえだろ。街で犠牲者が出たら、そいつと仲良いやつがすっげぇ悲しむ。嫌だろ?そんなの。」


「だから俺は死んででもこいつを止める。」


「変な綺麗事に聞こえるかもしれないけど、正義感もなしに命差し出してまでやる気になれっかよ、こんな仕事。」


俺はそう、微かに溢れる涙と共に微笑んでクリマキエラに返した。

「…。」

「…よし、俺が前に出てどうにかやつの体力を削る。まだ自分の能力もわからねえけど、やつと1回戦ったことがある俺なら少しは抗えるはずだ。ネリオは陰から射撃で援護を頼む。クリマキエラを守ってくれ。」


「…いざと言うときは俺を見捨てて逃げてくれ。時間は俺が稼ぐから絶対に生き延びろ。」


「…。」


「…煙が晴れてきたな。そろそろ行ってくる。」


「…。」


「…待ってよ…!」


「…僕も前で戦うよ…!何ができるかわかんないけど、足を引っ張っちゃうかもしれないけど…!カゼドラくんまでいなくなるのは嫌だ!」


「…だからさ!3人で絶対生き延びようよ!」

今にも泣き出しそうな程震えた声が海岸沿いに響き渡った。



「…作戦はこうだ。ネリオはさっきと同じで援護射撃、ついでに自分の能力も調べながら立ち回ってくれ。それと、俺達が危なくなったら煙とかで安全に退避できるように頼む。」

「了解した。」


「クリマキエラは一緒に前に出るぞ。お前はその能力で相手の足を破壊するなり盾を作り出すなりして生存を重視しながら着実に攻撃を与えてくれ。」

「わかった!」


「俺はクリマキエラの動きを指示しながら車から持ってきたナイフで近接攻撃を繰り出す。」

「よし、お前ら、行くぞ!」

そう言って俺達は駆け出した。


「クリマキエラ!まずは脚を抑え込むことを意識してくれ!」

「わかった!」

クリマキエラは地面に手を当て金属片をパラドックスの足元に生やすと、そのまま針金のように伸ばした金属片でパラドックスの脚に絡みつき、動きを完全に封じた。

「今だ!ネリオ!頼んだ!」

「言われなくてもやってるよ…!」

凄まじい銃声と共にパラドックスの片腕が吹き飛んだ。

「あっぶねぇぇ!なんだよその威力!そんな強えなんて聞いてねえぞ!」

「お前の判断ミスだ、絶対にお前らには当てないから安心しろ。」

「でも今ので俺の髪の毛数センチぐらい焦げたぞ!禿げたらどうしてくれんだよ!」

「知るか。」

「はあああ!?」

そんなやり取りをしながらも俺はパラドックスに接近し、ナイフを振るった。

「おらっ!どうだ!めちゃくちゃ斬れたしだいぶ痛えだろ!この前やってくれた分の仕返しだぜオラァ!」


「カゼドラくん!危な…」

刹那、爆炎が俺の半身を襲った。

「うっぐあああ!!」


パラドックスは俺を爆風で吹っ飛ばすと、爆発でクリマキエラの拘束を解き、片腕の再生を開始した。


「カゼドラくん!大丈夫!?」

吹っ飛んだ俺に真っ先にクリマキエラが駆けつけた。

「ああ、ちょっと火傷しただけだ。問題ない。」


しかし妙だ。


爆発を起こすことができるのにも関わらず俺を殺さずに吹っ飛ばした。


俺を殺す気がないのか…?


そんなことを考えているうちにもパラドックスはさっきまでなかったはずの腕を生やし、次の爆発の予備動作を始めている。

まずいな…このままだとまた…!


…っ!来る!

先程と同じように爆発の推進力で一気に距離を詰め、俺とクリマキエラの顔目掛けて掌を翳した。

ダメだ。避けれない…!


「そうくると思ってたよ!!」


その瞬間、巨大な金属の壁がパラドックスを包み、爆発音と共に熱を帯びた。


「爆発の推進力で進むってことは、少なからず本体も爆発の影響を受けてるって事だよね!」

「爆破される気分を自分自身で味わうといいよ!」

クリマキエラは不敵な笑みを浮かべながらその鋼の塊を解除した。


焼け焦げ、ボロボロと崩れながらも尚攻撃を繰り出そうとするパラドックスに駆け出しながらクリマキエラは俺の手を引き、放った。

「トドメを刺すよ!カゼドラくん!」


…しかし、俺の脚は動かなかった。

俺が攻撃するためには奴の近くにまで行かなければならないし、近づけばいつまた爆発に巻き込まれるかわからない。

さっきはクリマキエラが守ってくれたが、次もタイミングよくガードできるとは限らない。

俺は、クリマキエラのように能力も使えなければネリオのように技術もない。

だからこそ怖かった。

爆発に巻き込まれるのが怖かった。

自分のせいでみんなを危険な目に合わせるのが怖かった。

俺に力があれば、マグニさんだって死なずに済んだかもしれない。


最初あんなにカッコつけてたのに、だっせぇな、俺。

あんなにも小さくか弱く見えていたはずのクリマキエラが、今は目が眩むほど輝いて見えた。


[僕は、⬛︎⬛︎を守りたい。]


その時、あの時に聞いた、知らないようで覚えのある誰かの言葉が前よりもずっと鮮明に響き渡った。


深く息を吸う。

そして、少しずつ吐き切る。

なぜかあの時の感覚を思い出した。


血に濡れていた掌の皮膚の感覚を。


力に飲み込まれそうになった恐怖の感覚を。


異物の悉くを斬り裂いた「刃」の感触を。


そうだ、俺に今できることは1つ。



__奴を再起不能になるまで斬り裂く。



さっきまで震えていた脚で大地を力強く蹴り飛ばし、再生途中のパラドックスの前まで一気に詰め寄り、振りかざしてくる右腕を腕から生えた無数の刃で斬り捨てる。

相手の動きがスローモーションかの如く全部見える。


これが…俺の力…!


膝から下を丸々剣に変形させ、腰あたりを狙って攻撃し、下半身と上半身の真っ二つにする。

崩れ落ちる体に付いた頭を切り落とすべく首付近を腕の刃で切断した。


動きは完全に封じた。あとはディスクだ…!

俺は右腕の刃をそのまま剣のように長く伸ばし、腹の辺りに突き立てた。

このまま首にかけて引き摺るように腹を切り開いていく。

「もうあの時の俺とは違ぇんだ!!大人しく殺されろ!!!」

飛び散る体液や、最期の抵抗か再生途中の腕で起こした小規模な爆発に邪魔されながらも、俺はそれを続けた。

「負けてばっかでいられっかよ!!!行っけぇぇえええ!!!」

腹を切り開くと共に、肉から開放された刃が大きく天に掲げられた。

そして胸部の中心にある脈動する管に覆われたディスクを引っ張り出す。


「……!」

「…やった…!みんな…やったぞ!!!!」

そう言って回収したディスクを天に掲げると、そのまま2人と強くハイタッチを…

「カゼドラくん危ないよ!それしまって!」

「あっ…すまねぇ、腕変形させたままなの忘れてた…。」

苦笑しながらも腕を元に戻し、今度こそ2人と強くハイタッチをした。



「そういや、ディスクってどうやって出すんだ?」

「確かなんとなくの感覚って言ってなかったか?」

「なにそれー!わかんないよー…。」


「とりあえずやってみるか…。…ふんっ!あっ、出てきた。」

「「そんな感じなの!?」」

3人とも無事にディスクを摘出すると、唯一免許を持っているネリオの運転で本部に帰ることになった。

車内に仄かに遺ったマグニの香りが俺達の心に痛いほど染み、行きのときの賑やかさからは考えられない静寂を生み出した。

人を失った喪失感と、自分たちで成し遂げた達成感にぐちゃぐちゃに掻き回されながら、自分のディスクをまじまじと眺めた。

…ん?あれ、俺のディスクってこんな感じだったか…?まぁいいか。

「マグニさん、俺たちやれましたよ。あとは任せてください。」と、俺はマグニから受け取ったディスクに向けてそっと祈りを捧げた。


「おかえり!!みんな無事だったんだね!!」

本部の入口のドアを開くと、カタラがにっこにこの笑顔で出迎えてくれた。

「うわああああん!カタラさあああん!!」

「うおお!どうしたどうした!」

クリマキエラはものすごい速度でこれまで堪えてきた涙を一斉に放出しながらカタラに抱きついた。

…俺達も戻ってきた安心感とかで感情が込み上げたのか、俺達の目にも少し涙が浮かんできた。もうマグニさんは居ないんだ…。

…。

…っておいちょっと待てクリマキエラ…!おまっ…お前の身長的に抱きつくと顔が…!おっぱ…ーッ!……クソが…っ!



「…大体わかったよ。仕事熱心なあいつがこんな忙しい夕方頃に真っ先に入ってこないなんて、そういうことだよね。…君たち、パラドックスは処理できた?」

「…はい。なんとか3人で協力することで倒せました。あ、これ回収したディスクです。」

「ありがとう。回収までしてくれたんだね。」

「…どうかな、君たち。この仕事続けられそう?」

心配と不安の混ざった声でカタラは俺たちにそう尋ねた。


「…俺はやれます。これで辞めたってんならマグニさんに合わせる顔がないですし、どの道野垂れ死ぬんならここで死にてえなって思えたんで。」


「俺もやります。こいつらなら、やれる気がします。」

一呼吸置いて、ネリオが淡々かつ強い意志の籠った声で放った。


「…わかった。ありがとう。クリマキエラくんはどう?やれそう?」

「…やれる。まだ僕弱いけど、みんなとなら頑張れる。」

クリマキエラはカタラの腹に抱きつきネリオとは全く別の意味で籠った声で放った。

…ってかいつまでそうしてんだよさっさとそこ変わ…ゲフンゲフン。

あとさっきからクリマキエラを羨ましそうに壁から覗いているディリアス、バレてんぞ。


「そういえばカタラさんはなんでエントランスで待ってたんですか?俺たちは帰るなんて連絡しませんでしたけど。」

「…ん?あたし?あ、えっとね、そろそろ取引先の相手が来るから待ってたんだ。そうだ、君たちにも説明しておかなきゃだね。」


「うちは政府の機関ではあるんだけど、特殊な機械とかを扱う分お金がすごい必要で、政府のお金を借りてでも賄いきれないんだよね。」

「そこで私たちが考えたのが、手に入れたディスクを1部渡して大手の企業と共同研究するっていうのと、ついでに研究費用も貰っちゃおうっていう手なんだ!」

「それで、今日がその回収しに来る日だから待ってたんだよねー…。…だからそろそろ離れてくれないかなー?おーい!クリマキエラくーん!後で好きなだけしていいから!!…あとディリアスは見てないで早く仕事して。」

クリマキエラは渋々離れると、今度はネリオにぺたっと吸盤のように張り付いた。

ディリアスは…なんかもう可哀想だから何も触れないでおこう。


「ちわーっす。メロエ社のクラヴァでーっす。ディスクの回収に来ましたー。…ん…?なんか見ない顔が増えましたね。ってかなんすかこの空気。お通夜かなんかです?」

「噂してたら来たみたいだね。」


メロエ社。工業製品メーカーでありながら誰もが知っているという並外れた大手企業の一つだ。このメーカーの工業製品はどれも他のものとは比べ物にならない程の性能をしていて、もはや物理学的に不可能なのではないかと疑われる程である。恐らくこれはディスクの能力を応用しているのだろう。

テレビのCMを見ている間は絶対俺とはこの先関係なんてないんだろうなと思っていたが、そんな会社とこんなところで関わることになるなんて思いもしなかった。


「今月のディスクの納品数は3枚っす。このカバンの中に入れといてください。」

桃色の髪と瞳をした、いかにもチャラそうな男は怠そうにアタッシュケースを差し出してきた。


「ごめんなさい、ちょっと今月は色々あって2枚しか手に入らなかったんだよね…。来月分に回しといてくれないかな?」

カタラが今までにないほど丁寧な口調でそう言うと、クラヴァと名乗った男はこう続いた。

「いやぁ、これで何回目っすか。大変なのはわかりますけど、こっちも仕事なんですよ。戦闘用のやつとかあるでしょ?それでもいいんで入れといてくださいよ。」

「うーん…それは流石に無理かな…。次こそはちゃんと渡すから!」

「次こそは次こそはって何回目っすかほんとに…。俺だって上に毎回叱られてるんすよ?もう流石に無理っす。」

「そこをなんとか!」


「うーん…。」


「もう…しょうがないっすね。じゃあ…。」



「無理やりにでも奪うしかないっすね!!」



クラヴァはニッと笑い桃色の瞳を血走らせながらディスクを自分の首に切りつけ挿入した。

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