#3 業の始まり
「ちゅうもーーーく!!」
白いオフィスルームのような少し散らかった部屋の中に、1人の女性の声が響き渡った。
彼女はドヤ顔で咳払いをしてこう続いた。
「今から第4回駆除隊入隊式をはじめまーーす!!!」
入隊式ってこんなノリなのか。
黒髪ロングに橙色のキラキラと輝く瞳を持った、見るからに黙ってれば美人系の彼女はホワイトボードの前で仁王立ちしながら右手にマイクを持ち、
「この役やってみたかったんだよね〜…」
と小さく零してからまたもや実況者のようなノリで話を続けた。
「じゃあ!まずはこっち側の自己紹介から始めるね!あたしは駆除隊研究班所属のカタラ・スクアロス!今期入ってきた君たちには研究班所属はいないみたいだけど、これからよろしくね!それで、あっちの爽やかイケメンを装ってるやつが君たちの直属の上司であるご存知マグニことマグニフィカス・エニグマね!」
そう言いながら隣にあるパイプ椅子の上に座ったマグニを指さした。
マグニはディスられてることに気づいていないのかにこにこしながらこちら側を見つめている…。本当はアホだったりするのか?この人。
「そんで、その隣にいる白くて細いもやしみたいなのがあたしと同じ研究班所属のディリアス・バサリスね!こいつは…友達いないから仲良くしてあげてね!」
「あ″?」
見るからに顔色の悪い白髪のボサボサ頭の白衣を纏った男性が怠そうに返した。
「今はこんな感じで研究班含めても3人しかいないっていう状況だから、今回はこんな3人も入隊してくれてありがたいよ!それじゃあ、今度は君たちの方から自己紹介して貰えるかな?じゃあまずは1番右側の子!」
カタラはそう言って3つある席の中で俺の反対側に座る男性を指さすと、淡い青い髪に鏡に映った氷のような淡い水色を含んだ純粋な瞳の彼は困惑しながらも立ち上がり、自己紹介を始めた。
「え、えっと…クリマキエラ・エニグマです。あ、兄に憧れて駆除隊に入りました。これからよろしくお願いします…!」
「え、エニグマってことはマグニの弟!?」
「は、はい!一応…!」
「すごーい!いいねー!仲良いんだね!顔も可愛いし身長も低くて可愛いなぁ…。お兄ちゃんを超えるような戦力になれることを期待してるよ!」
「え…?は、はい!」
クリマキエラは一瞬戸惑ってから顔を赤くし、恥ずかしかったためかその後すぐさま足元のパイプ椅子に残像が残るほどのものすごい速度で座った。
「じゃあ…次は隣の君!」
今度は俺の隣の席の黒髪をセンター分けにした緑の混じったグレーの瞳のクールな印象の男性が指名された。
「ネリオ・プレガです。クリマキエラとは高校時代からの仲で、親の借金を返すために駆除隊に入りました。趣味は射撃です。」
「いいねー!高身長クール系イケメン!顔もめちゃくちゃかっこいいし口調も超タイプだわ〜…。98点!射撃が趣味なんて戦力としても期待ができるね〜!これからよろしくね!」
なんなんだこの人。
突然の採点システムにネリオも困惑しながら椅子に着いた。
「じゃあ、最後は1番左の君!」
俺の番だ。
「カゼドラ・レガリスです。行方不明になった義父が勤めていたこの駆除隊で義父の意志を継いで戦うために入りました。あと、あわよくば義父も見つかったらいいな…と。」
「おお!君がマグニから推薦された期待の新人だね!イケメンだなぁ…The・イケメンって感じ!!でもあたしのタイプじゃないから97点!レガリスってことはチグリナさんの息子さんかな?あたし達も探してるんだけどなかなか見つからなくてね…。絶対一緒に見つけようね!」
めちゃくちゃ話すなこの人。お陰であまり緊張はしなかったがネリオに1点負けたのが少し悔しい。 ってかなんだよThe・イケメンって。適当に言ってんだろこいつ。
俺は少しガクついた膝を曲げてどうにかパイプ椅子に座ると、どうやら彼女は閉会を始めるようだった。
「いやー…ディリアスを除けばイケメンばっかりだぁ…!いいねぇ…!ね!ディリアスもあたしみたいな美女や後輩くん達みたいなイケメンに囲われて嬉しいでしょーー??」
「黙れ。」
「うぇーー!ひどーー!」
「んじゃまぁ!そんなこんなで今日も死なないように頑張って行きまっしょい!それじゃーかいさーん!!」
最後までこのノリで入隊式は終わった。
結局なんなんだこの人は。
入隊式で使ったパイプ椅子を片付けた後、紺を基調とした分厚い生地に左胸にETTと白い文字で刻まれた新品の制服に着替えた俺たちはカタラに呼び集められた。
「よし!みんな、片付けありがとね!それじゃあ早速仕事について説明していくよ!まずはパラドックスについてだね!」
「パラドックスって言うのはね、簡単に言うと″この世界のデータが沢山詰まった化け物″だよ!まあそれじゃわからないと思うからもっと詳しく説明すると、例えば炎!炎の能力を持ったパラドックスがいたとしよう!そのパラドックスは見た目はふぁいあー!って感じで、攻撃方法もほのおーー!!って感じなんだよ!例えば火を吹いてきたり、物を突然発火させたりとか!炎にまつわることなら大体何をしてきてもおかしくはないって考えていいよ!…カゼドラくんは確かボムパラドックスと遭遇したことがあったんだっけ?言いたいことわかるよね!」
急に振ってきたな。
「え、あ、はい!一応ボムパラドックスだと知る前からパッと見で爆弾だとわかるような、そんな見た目の怪物で、想像通り爆発を攻撃に使ってきました…。」
「でしょでしょ!そんな感じなの!それで、パラドックスは理由はまだわからないんだけど好んで人間を襲う習性があるんだ。最近のあたしの研究でわかったことだけど、頭が残っていれば死体でもいいっぽいんだー。それでね!そんな危険なパラドックスから市民を守るのがあたし達駆除隊の役目!正式に言うと君たち駆除隊駆除班の役目ね!」
なるほど、この人達研究班はあくまでも戦闘はせず研究をする感じか。
…待てよ、ということは駆除班はマグニさんしかいなかったはずだから…マグニさん1人でパラドックスを処理し続けていたってことか!?ヤバすぎだろ…。
「それでね!ひとつ疑問が浮かび上がってくると思うの!パラドックスの相手なら警察や国が持ってる軍隊を使えばいいんじゃないかってね!」
「でも、それはできないの。なぜなら、彼らはパラドックスを″倒す″ことは出来ても″殺す″ことはできないから。」
「カゼドラくんは確か1度ボムパラドックスを弱らせることはできたよね?」
「は、はい!」
「でも殺すことはできなかったよね?」
「はい…バラバラになったはずなんですけど円盤みたいな物を中心に再生して…。」
「そう!それだよ!パラドックスは自身の持つエネルギーの本体である″エレメントディスク″を破壊しない限りは無限に再生するんだよ!そして、そのディスクは普通の兵器じゃ破壊することはできないんだ!ディスクを破壊するためには、同じくディスクのエネルギーを宿した攻撃をしないといけないんだよね!」
なるほど。だからあの時俺はパラドックスの息の根を止めることができなかったのか…。
「それで!あたしが作り出した超天才システムがこれ!ディスクウェポンシステム!これはその名の通りディスクに特殊な加工をかけることで自分の武器にできるシステムなんだよ!詳しくは後でマグニの方から説明があるから、それまで休憩してていいよ!覚えること沢山あるからね!」
気づけばもう12時か。腹も減ってきたし俺は施設内にある休憩スペースで弁当を食べることにした。
「あ!カゼドラくんもお昼にするの?…じゃあ…一緒に食べない…?一人で食べるの寂しくて…。」
いつの間にか着いてきていたクリマキエラが弱々しく声をかけてきた。
「いいよ!えっと、クリマキエラ…くんだよね?」
「うん!クリマキエラでいいよ!名前長いけど…。」
彼は少し微笑みながら答えた。
「本当はね、ネリオと一緒に食べる予定だったんだけど、射撃訓練場があるって聞いて僕をそっちのけで大はしゃぎで向かってっちゃって…。」
彼は弁当の蓋を外し、若干しょげながら言った。
「そういえば自己紹介で射撃が趣味って言ってたもんなぁ。クリマキエラは趣味とかあるの?」
口に弁当に入った肉団子を含んでいた彼は急いで飲み込み、
「ぼ、僕?…僕は趣味とかは特にないかな…。強いて言うなら鏡とか宝石とかキラキラしたものを見るのが好きってぐらい…。こんなの趣味なんて言えないよね…。」
微かに笑いながらも少し俯いて放った。
「いやいや、全然言えるよ!俺なんて趣味は新聞読むこととかコンビニのバイトで唐揚げ箱の箱を折るのを超高速に極めるぐらいだし、めちゃくちゃ素敵だと思うよ!」
「本当!?えへへ…嬉しいな…。」
彼は少し口元を緩ませながら弁当をもにゅもにゅ咀嚼しだした。心做しかさっきよりも食べる速度が上がった気もする。
可愛ええ…何だこの生物…。
「そういえば、マグニさんが実のお兄さんなんだっけ?何がきっかけで憧れたとかあったりするの?」
「えっとね、僕、生まれつき体が弱くてね、お兄ちゃんはそんな僕をずっと世話してくれたんだ!1回すごい重い病気にかかっちゃったときもお兄ちゃんのお陰で治ったんだ〜。それでね!お兄ちゃんは僕の命を救ってくれた恩人だから、僕も誰かの命を救える人になりたいなって!」
彼はドヤ顔でにこにこしながら答えた。
なんて健気でいい子なんだ…!
「いつか絶対なれるよ!ってか、絶対なるぞ!」
「うん!」
彼は最初の弱々しさからは想像出来ないほど楽しそうに元気よく返してきた。
「「ご馳走様でした!」」
一緒に飯を食べるだけでこんなに仲良くなれるなんて、飯の力って凄いんだなと思い知らされた。
「あのさ、ちょっとネリオ迎えに行くの着いてきてくれないかな?1人でこの通路歩くのちょっと怖くて…。」
さっきよりも幾分かご機嫌なクリマキエラはそうぴょこぴょこ跳ねながら尋ねてきた。
「いいよ!俺も休憩の間暇だし、ネリオさんにも挨拶しておきたいしな。」
彼はぱあああと目を輝かせてよりご機嫌に通路をてくてく歩いていった。
「そういえばカゼドラくんって家族が行方不明なんだよね…?大丈夫なの…?」
彼はそう心配そうに俺に尋ねた。
「ん?あぁ…大丈夫ではないけどなんとかやってるよ。マグニさんに推薦して貰えたお陰で今こうやって安定した仕事にもありつけたしな。」
彼はそれを聞くと少しほっとしたような表情を見せ、こう返した。
「なら良かったぁ…。家族がいなくなるなんて僕だったら寂しくて耐えられないよ…。凄いなぁ…。っていうかお兄ちゃんに推薦して貰えるなんてすごいね!お兄ちゃんあんまり人と話すの得意じゃないのに…!」
「まあ、色々偶然が重なってって感じだな…。っていうかマグニさんってそんなに気難しい性格だったか?俺が話した時は割とフレンドリーな感じだったけど。」
「いやー、カゼドラくんの話し方が上手いからじゃないかな?僕も人と話すの苦手だけどカゼドラくんと話してるとすごい楽しいし!」
なんていい子なんだ…!頭わしゃわしゃしてやりたい…!
「あ!着いたね!ここが射撃訓練場だよ!」
俺がクリマキエラに手を出そうとするのを必死に抑えている間に到着したようだ。
「んー…ネリオは今はいないみたい…。どこ行ったんだろ…。」
「飯でも食いに行ったんじゃないか?…ん?昼休憩って何時までだっけ…?」
「確か1時までだったと思う!今は…12時…57分…。」
「「急いで戻らねぇ(ない)と!!」」
見事にハモった。
「おっ…やっときたか。もう少しで遅刻するところだったぞ。」
「すみません…」
なんとか間に合ったみたいだ。全力疾走した結果俺は体力がなさすぎて息が切れてしまった。
「ネリオー!どこ行ってたんだよー!探したんだぞー!」
クリマキエラは驚くことに思ったよりも体力があり、まだ元気が有り余っているのかネリオの胸をぽこぽこと殴っている。
「よし、一応集まったみたいだしこれからは私が君たちにディスクウェポンシステムを使ったパラドックスとの戦い方を教えよう。」
そうドヤ顔でマグニは言うと、先程まで殴られて死んだ魚のような目をしていたネリオは少し顔が明るくなり、クリマキエラに至っては期待の眼差しで目を輝かせながらマグニを見つめている。
「まず、ディスクウェポンシステムについてだ。どうせカタラからはざっくりとした解説しかされてないだろうからね…。このディスクウェポンシステムは自らの身体に特殊な加工をしたエレメントディスクを挿入することによってディスクの持つ能力を自由に使える…というものだ。」
そう言いながらマグニは少し奇っ怪な形をした円盤を制服のポケットから取り出した。
「このようにエレメントディスクは何故だかわからないが縁の部分の1部が返しのついた刃になっていて、その刃で自らの皮膚を切りつけて傷口に押し込むことで挿入が完了する。切りつけたり押し込んだりする際には当然ながら激痛を伴うが、そこはまあ頑張って耐えてくれ。」
「うぇぇ…想像しただけで痛そう…。」
クリマキエラが何故か説明を聞いただけで泣きそうになり、小声でそんなことを零している。
「マグニさん、一度に複数のディスクを使った場合ってどうなるんですか?一度に2つの能力とか使えるようになるんですか?」
俺が素朴な疑問を問いかけると、マグニは一瞬顔を俯かせてから答えた。
「いい質問だね!まあ、結果から先に言うと…。」
「死ぬ。」
「えっ…。」
思わず声が漏れてしまった。
「まだメカニズムはわかってないんだけど、研究の結果から体が真っ二つにちぎれた挙句能力が暴走して死ぬってことがわかってるね。そのあとディスクは砕けてしまっていたから恐らく体にもディスクにも大きな負担がかかりすぎるって理由なんじゃないかってカタラは言ってたよ。」
「それと、一度ディスクを挿入したら二度と他の種類のディスクは使えないってこともわかってるよ。これも死に方は同じだから、一生で使える相棒のディスクの数は最初の1枚だけってことになるね!例外はあるかもだけど、自分の体で調べるにはリスクがありすぎるからやめた方がいいね。」
「なるほど…ありがとうございます…。」
「…まあ、そんな感じの間違った使い方をしなければ基本的に危険なものじゃないからね!安心して使ってくれて構わないよ。一応僕らは体に負担がかかるかもしれないってことを危惧してるから戦闘中以外は体外に出してるよ。ちなみに出し方はなんとなくの感覚でわかると思うから頑張って!」
おお、なんという適当な解説。
「よし、それじゃあ君たちには早速相棒となるディスクを渡そう。クリマキエラは事前に渡しておいたものを使ってくれ。」
そう言いながらマグニは特殊なアタッシュケースを開けるとそこには2枚のディスクが怪しげな煌めきを放ちながら置かれていた。
その歪な形をした円盤を1つ手に取ってみると、 奇っ怪な文字が刻まれていることに気づいた。
「なんて書いてあるんですか?これ。プレデター?」
「その文字はまだ私達にもまだ解読ができなく…えっ…読めるの!?それ!」
「えっ…あ、はい…なんとなくですけど…。」
「すごい!確かにそれはプレデターパラドックスを倒した際に持ち帰ったものだね。解読して欲しいものが沢山あるから後でその解読を頼めるかな!?」
「俺でよければ!」
そんなことをマグニと話していると、クリマキエラがキラキラと目を輝かせ、自分のディスクを差し出しながら尋ねてきた。
「ねぇねぇ!じゃあ僕のはなんて書いてあるかわかる!?」
「えっと…ミラー…かな。多分鏡を表してると思う!」
「すごいよ!鏡!鏡かぁ…!えへへ…。あ!ネリオのはなんて書いてあるの?」
「いや…いいよ俺のは…。」
「なんのディスクかわかってた方が戦いやすいでしょ!聞くだけ聞いてみようよ!」
「確かにそうだが…。」
「いいから聞くの!カゼドラくん!これもお願い!」
そう言うとクリマキエラは恥ずかしがるネリオの手を無理やり引っ張りながらその手に持ったディスクを差し出してきた。
「多分これはトラウマ…かな。そんな感じのことが書いてある。」
「トラウマ…か…どういう能力なんだ…?」
「さぁ…それは俺にも…。」
「結局わかんないままだねー!」
そんなやりとりをしていると、突如ランプの点滅と共に大音量で警告音のようなものが鳴り出した。
「おっと…早速仕事みたいだな。」
「これってなんの音なんです?っていうか音でっか!」
「パラドックスが観測されたということを知らせるためのアラームだ。場所などの情報は別でこのタブレットに送られてくる。よし、新人3人を抱えての仕事は不安だが、とにかく犠牲が出る前に行くぞ!外に車ある車で移動するから着いてこい!」
そう放ちながらマグニは駆け出すと、俺達もそれに着いていくように走り出した。
「こんな車あったんですね…。あとこのランプの色はなんなんですか?なんで虹色に…?」
車の上で虹色に発光するパトランプに疑問を向けると、即座にマグニはこう返した。
「俺の趣味だ。気にするな。」
あー…、何故カタラさんが爽やかイケメンを装ったやつと言っていたのかがわかった気がする。
「よし、さっき説明出来なかった分を車内で説明するぞ、いいか?パラドックスの倒し方についてだ。あいつらは心臓となるディスクを破壊しないと倒すことができない。そしてそのディスクの位置はどこにあるかが全くわからないから、まずは相手の行動の自由を奪うんだ。」
「簡単に言うと、脚だ。脚を破壊し、動けない状態にした上で体を再生が間に合わないうちにバラしていきその間に見つけたディスクを破壊する。そんな感じだ。わかったか?」
なるほどな。最初からディスクを狙っていても簡単にはやれないってことか。
「ちなみにディスクを破壊しなくてもいい方法として、再生が間に合わないうちにディスクを取りだしてそのまま持ち帰り加工するという手もある。ただ、これは研究材料として持ち帰るとめちゃくちゃカタラが喜ぶがリスクが大きすぎるがためにかなり余裕があるとき以外は基本的に行わない方がいい。」
色んな対処法があるのか。俺達が使うディスクもそんな感じでマグニが集めてくれていたのだろうか…。
「そういえば駆除班って俺達が入る前はマグニさんしかいなかったんですよね?もしかしてずっと1人で戦ってたんですか…?」
そう俺が聞くと、マグニは少し顔を俯かせてから答えた。
「…いや、前までは仲間がいた。カゼドラくんのお父さんのチグリナもだし、他にも沢山いた。ただ、みんな突如行方不明になったり、死んでいったりした。それだけだ。」
「…すみません、こんなこと聞いてしまって…。」
「いいんだよ。あいつらの死は無駄じゃないし、あいつらがいたからこそ俺はこうして今生きていられるし、君たちっていう新たな仲間とこうして仕事ができるんだ。」
「私は君たちといれて安心しているんだよ?ここ数ヶ月間は一人ぼっちで血にまみれた戦いばかりして寂しかったからね…。」
…
「まあ、こんな暗い話ばかりしてないで楽しいことでも話そうか!せっかくの初陣だ。こんな空気じゃ嫌だろう?」
「そ、そうですね!何かありますかね…。あ!そうだ!カタラさんの胸の大きさって…」
「…着いたな。ここが目的地だ。」
車で30分程経った頃だろうか。俺達はセレーネ市近郊の街のとある断崖絶壁の海岸に到着した。
「ここからはいつ死んでもおかしくは無い。気を引き締めてかかれ。」
さっきまでの明るいマグニさんとの温度差で風邪をひきそうだ。
「敵の情報は、今わかる限りだと以前カゼドラが戦ったボムパラドックスと同一個体らしい。今はそこまで攻撃的な素振りはないそうだが、その脅威はカゼドラ、お前がよく知ってるはずだ。予めディスクを挿入してから行くぞ。」
そう言いながらマグニはディスクを取りだし、手首から肘にかけてを切り裂いて挿入した。
なんたる運命。俺はあの時の俺とは違う。リベンジと行こうか!ボムパラドックス!
それに続いて俺達も見様見真似でディスクを挿入した。
「ーッ…!んぐっ…ぐぅ…。」
これ、めちゃくちゃ痛い。
ディスクの切れ味が良すぎるのかわからないが皮膚だけでなく内側の肉までスパッと切り裂き、鮮血が垂れるわ飛び散るわでとにかく痛い。
マグニは平然とした顔で済ませているが、俺やネリオは数分は歯を食いしばりながらしばらく腕を押さえ込んでいる。クリマキエラに関してはもはやピクピクと震えながら泣きそうな顔をしている。いや、もうこれは泣いてるに等しいか。
そして不思議なことに切り裂いたはずの腕の傷はすぐに閉じ、痛みが少し残ること以外はまるで何も無かったかように元通りである。
「よし、作戦はこうだ。お前らが初めで能力をうまく使いこなせないことを考慮して俺が前で戦う。お前らは生存を第1にして後ろから自分の能力を確かめつつ援護しろ。車の中にらある武器は好きに使っていい。」
「「いえっさー!」」
小声でそう返事をすると、マグニは岩の向こうにいるパラドックスに向かって走り出しながらこう言った。
「奴が背中を向けた!行くぞ!」
マグニはまるでワープでもしているのかと言うほどの速度で至近距離まで接近し、パラドックスの脚を蹴り崩した。
「今だ!少し距離をとるから銃で少しでもダメージを与えてくれ!」
ネリオと俺は予め車内から持ってきておいたアサルトライフルでパラドックスを撃ち抜いた。
「僕、能力の使い方わかったかもしれない!」
先程まで地面から煌めく金属片を出したり消したりしていたクリマキエラはそう言うと、地面に手をつけて力を入れ、それと共に数多の金属片がパラドックスの体を貫いた。
「ナイス!俺も早く使えるようにしねえと…!」
ボロボロになったパラドックスの様子を確認すると、掌をマグニの方に掲げてその中心を橙色に輝かせている。ん…?待てよ、あの構えは確か…!
「…!マグニさん、危ない!」
予想通り、小規模ではあるが爆発が生じ爆炎が辺りを包んだ。
俺の声に反応したお陰でなんとかマグニは爆発を躱すことができたが、パラドックスはその瞬間に負った傷のほとんどを回復しきってしまった。
「いやぁ…油断してたよ…ありがとう。」
「仲間ですから!」
「しかし、どうしようか。あの爆発があってはなかなか簡単には近づけないね。」
「…ネリオ、スコープライフルは使えるか?」
「…はい、一応使えますけど…。」
「…なら、私がパラドックスの気を引くから奴の掌を撃ち抜いてくれ。」
「…了解です。」
「クリマキエラはその能力で遠隔攻撃を続けてくれ!カゼドラは引き続き自分の能力を調べろ!」
「「了解!」」
マグニは作戦通りパラドックスの気を引くために前線に立ち、ネリオは銃に弾を詰め始めた。…クリマキエラは遠くから楽しそうに脚をネチネチと攻撃している。
俺も早く能力を見つけてみんなの足を引っ張らないようにしないと…!
突然爆発音が鳴り、パラドックスの姿が消えた。
なんだ!?あいつどこに…!
目を離した一瞬のうちに、パラドックスはマグニの鼻の先にまで移動していた。
あの一瞬で一体どうやって…。…まさか…!爆発の反動による推進力か…!?
「マグニさん!」
そう叫ぼうとした刹那。
マグニの顔目掛けて爆発を起こすために向けていた掌を方向転換し、爆発の推進力を使って横に凄まじい速度で移動した。
待て…!その先にいるのは…!
クリマキエラ…!
パラドックスはそのまま、赤白く熱を帯びた掌をクリマキエラの顔先に向けた。
「…えっ?」
その瞬間、断崖絶壁の静寂の中、赤熱した爆発音が潤った海岸を燃やし尽くした。
「…嘘だろ…?」
残った黒焦げの人型は、炎を全て受け止めるようにして立ち尽くした。
「マグニさん!!!」
沈黙を劈くかの如く響いた叫びが、水面に反射して脳を掻き回した。
さっきまで炎に囲まれていたにも関わらず凍てついた空気の中。
腹や胸に大きな風穴を開けたまま。
彼、マグニフィカス・エニグマの体は漣の止まる凪に包まれ、何も言い残すことなく心臓の音を止めた。
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