#2 覚悟

おっちゃんがいなくなってから3ヶ月が経った。

警察に行方不明届も出したし、職場にも問い合せたし、おっちゃんと関係のありそうな人や場所はほとんど全部訪ねた。

それでもおっちゃんは見つからなかった。

見つからなかったどころか手がかりの1つもなかった。

なんとかおっちゃんが残した貯金や俺の貯金、なけなしのバイト代でやりくりしていたが、もうそれも限界に近づいている。


残る可能性は一つだけ。

おっちゃんが唯一会話の中で名前を出していた人物。

マグニフィカス・エニグマ。

彼は今のこの国では誰もが名を知る天才で、彼がいなければ人類の生活水準は今の半分程しかないのではないかとすら言われている。

また、カリスマ性やリーダーシップに優れており、研究者でありながらも駆除隊の隊長を務めていて、多くの人から尊敬され慕われている。おっちゃんも「マグニさん」って呼んでたしめちゃくちゃ頼りにしてるって言ってたな…。

しかし、有名人であり国家の大切な戦力であるが故に俺のような身元もわからない高卒のコンビニバイトのやつがコンタクトを取るなど不可能に等しい。

「はぁ…。」

深くため息をつきながら何か他に手がかりは無いものかと写真フォルダを見返してみると、ある一枚の写真が目を引いた。

そう、あの時の張り紙である。

駆除隊の隊員になればマグニともコンタクトは格段に取りやすくなるし、職場の当時の状況などもわかるかもしれないし、なんならおっちゃん本人がそこにいるかもしれない。

一応電話、かけてみるか…。

携帯を取り出し電話をかけようとしたその時。


突然知らない番号から固定電話の方に電話がかかってきた。

「…ん…なんだこの番号…知らないな…。おっちゃんの知り合いからか…?」

もしかしたらおっちゃんが見つかったのかもしれないという淡い期待を込め、携帯を放り出し急いで電話を手に取った。

「…もしもし?」

「もしもし。こんちには、駆除隊隊長のマグニフィカス・エニグマと申します。そちらはカゼドラ・レガリスさんで合っていますか?」

「え…?あ、はい。合っています。」

あまりにも突然の出来事であったため思わず声が漏れてしまった。

「突然かけてしまい申し訳ありません。驚かせてしまいましたか…?」

「いえいえ!それで、マグニフィカスさんが俺になんの用です?」

「3ヶ月程前から行方不明になった、チグリナ・レガリスについてお聞きしたいことなどがございまして。もしそちらが良ければ実際に会って事情聴取したいな…と。」

怪しさ満点だがコンタクトを取れる機会なんて恐らく金輪際一切無い。ここは話に乗るしかないな…!

「なるほど。わかりました。こちらもおっちゃ…じゃなかった、義父について聞きたいことがあるので都合がいいです。日程はこちらは基本的に空いているのでそちらに合わせますよ。マグニさんもニュースなどで聞いている様子だととても忙しそうですし。」

「お気遣いありがとうございます。では、お言葉に甘えて、この日なんてどうでしょう?」

その後日程や集合場所などを決めて、また後日ということになった。


当日。

今朝はおっちゃんの手がかりが見つかるかもしれないと思うと緊張や楽しみで鼓動が高鳴りあまりよく眠れなかった。

何度も大きな欠伸をしながら朝の支度を済ませ「集合時間よりも早めに着いた方がいいかな。」などと思いながら玄関を出た。


4月ともなるともう外は大分暖かくなり、そよ風も咲き乱れる桜の花弁を連れながら優しく吹いている。

ちょうど入学式シーズンだからか、楽しそうに走り回る小学生とそれを見守る親が満開の桜並木の下で笑い合っている。

3ヶ月前のパラドックス襲撃で潰れて死んだ子供達もあれがなければこんな風に楽しく生きていられたのだろうか。

過ぎてしまったことはどうしようもないななどと考えながら最寄り駅の改札を通り抜ける。

4月序盤の入学シーズンだからか昼前にも関わらず車内は適度に空いており、座席は人1人分間隔を空けて座れることができた。

窓から差し込む暖かい春の日差しが心地よく当たり、その穏やかな様子や今朝眠れなかったことなども重なり一気に眠気が襲ってきた。

目的地まではだいぶかかるし、少しの間寝るか…。


「ま…なく……左のドアが開きます。」

ん…ちょうど着いたか…。

電車のアナウンスでウトウトしながら目を覚ますと、ぐっと伸びをしながら電車を降りた。

ん…?

あれ、この駅ってこんな感じだったか…?

ふと駅名標を見たとき、心の底から溢れ出る絶望感により俺は頭の中で膝から崩れ落ちて叫んだ。

「寝過ごしてんじゃねえかよぉぉおおおおお!!!!」

俺は全力で対向路線のホームに向かいなんとか乗車することに成功した。


「早めに家を出ておいてよかったぁ…。」

ゼェゼェハアハアと息を切らしながらも目的の場所へようやく辿り着いた。

目的の場所というのはここ、駆除隊本部ことスネスト国立パラドックス研究機構である。

その名の通りパラドックスを研究する施設で、その他にも駆除隊の隊員が何時でも出撃できるように待機する場であったりもする。

国家レベルの機密情報なども沢山あるため厳重なガードがされていて関係者以外の出入りは固く禁じられているそうな。

…現に俺も背の高いガタイのいい強面なスーツ姿の男性2人に行く手を阻まれている。

「あの、俺マグニさんに呼ばれて来てるんですけど…。」

「いやぁ…こっちも人が来るなんて聞いてないから通す訳にもいかなくてね…。マグニさんは忙しいから返事が来るまでどれぐらいかかるかわからないけど今連絡取ってるから少し待っていてくれよ…。」

俺とその男性らはこんなやり取りを小一時間程続けている。

忙しいのはわかってるけどそっちが呼んだんだから空けとけよ…なんて半ばキレながら思ったりなどもした。

「待たせてごめん!その子は私が呼んだ客人だ!通してくれ!」

ようやく彼は姿を現した。


「いやいや…政府の人との会議が長引いてしまってね…こちらから呼んだのに申し訳ない。」

「いえいえ!全然大丈夫ですよ…!」

彼の容姿は紺色の短髪に1部の毛先を深い緑に染めていて、ビー玉のようにキラキラとした透き通るような淡い青の瞳を持っている整った顔立ちのイケメンである。声もどこかで聞き馴染みのあるような……ん…?あれ…この人どこかで…。

「…あ、そういえばあの時の!パラドックスに襲われているときに助けてくれた方ですよね…?」

「ん…?あぁ!ボムパラドックスのときの子だね!」

まさかの偶然である。

「あの時は助けて頂きありがとうございました!」

「いやいや、君が相手を弱らせてくれてなかったら事態は大変なことになってたよ…。君のお陰だよ、ありがとう。」

「いやはや…すごい偶然だね…。その後怪我とかは大丈夫かい?」

「はい!お陰様で!」

そんな会話をしながら近未来的な白く広い通路を歩き、モニターや椅子、机の置いてある部屋に辿り着いた。

「お茶を出すからどうぞ座って待っていてくれ。待たせておいた挙句立ち話するのもなんだろう?」

お言葉に甘えてやけに座り心地のいい白い椅子に座らせてもらった。


マグニは反射する程綺麗に磨かれた白のテーブルの上にコト…と温かいお茶の入ったカップを起きながら話し出した。

「さて、早速だけど本題に入ろうか。」

「まず、君のお父さん、チグリナ・レガリスの行方について何か君は知っていることはあるかい?」

「いや、俺も何も知らないんですよ…。あの時マグニさんに助けてもらった後、病院を出てからすぐその日のうちに帰ったんですけど連絡すらつかなくて…。」

「なるほど…。気の毒に…。」

「いなくなってから3ヶ月間、色んなところに聞いて回りましたけど何も情報はなかったです…。マグニさんの方は何か知っていることはありますか?」

「いやぁ…こちらも何もないんだよね…。一応その日は行動は別でもちゃんと職場にも来てたし、君を助けてここに戻ったあとにちゃんと退勤していくのも見たんだけどね…。」

「つまりおっちゃ…義父がいなくなったのは退勤後ってことになりますね…。」

「そうだね。やっぱり結局それぐらいしかわからないか…。」


ん…待てよ…?

「そういえば俺その日が誕生日で、義父が帰りにケーキを買ってくるって言ってたんですけど、朝起きた後玄関を見たら家の前に雨でぐちゃぐちゃになったケーキが置いてありました。」

「つまり1度玄関前までは帰ったってことか…。家の前で誰かに襲われたとか、家出の可能性とかも出てきたね…。」

「でもやっぱり謎は深まるばかりですね…。」

考えれば考えるほどわからなくなってくる。

どこに行っちまったんだよ…おっちゃん…。


「そうだね…。そういえば、君はチグリナがいなくなってからはどうやって生活してるの?」

「一応貯金がちょっとあったので、それを使って生活してますね。あとは足りない分はアルバイトして貯めたりとか…ですね。」


「そっちも大変だねぇ…。あ、そうだ!良かったらうちに来ないかな?」

「え…?それはどういうことですか…?」

「駆除隊に来ないかってことだよ。今ちょうど人手が足りなくて困ってるし、君はパラドックスとの戦闘経験もある上にあんなに強大なエネルギーを持ったパラドックスを弱らせられたんだからきっといい戦闘員になれるよ!」

「いや…でも俺自身あんなのをどうやって倒したかもわからないですし…。」


「うーん…まあ、その辺はやってればわかるようになるはずだよ!それに、もしかしたらチグリナの手がかりが見つかる可能性だってあるし、安定した生活もできると思うよ?」

急にテンション変わったなこの人。

まあ、でも俺としても非常に魅力的な提案だし、考えとくか。

「おっと…そろそろ時間だ。ちょっと長話しすぎたね。一応再来週の木曜日に入隊式があるから、それまでに入りたくなったりとかしたらいつでも連絡してね!あと、チグリナのことはこっちでも調べてるから、わかったことがあり次第連絡するね!」

「あ、はい!本日はありがとうございました!またその時はお願いします!」

「入隊、楽しみにしてるね!」

なんで勝手に入ることになってるんだよ。


駆除隊かぁ…。

正直俺も気になっている仕事ではあった。

マグニさんの言う通り生活も楽になるし、パラドックスや事件との関わりが大きく、おっちゃんが勤めていたこともあっておっちゃんを探すなら最適な仕事だろう。

しかし、俺には一つだけ引っかかるところがある。

「半端な覚悟でできる仕事じゃない。」

「お前にはあいつらのためにも二の舞になって欲しくない。」

あの日の朝、おっちゃんが俺に放った言葉だ。

あの時の今までにない真剣な口調は嫌でも脳裏にこびりついている。

正直、今おっちゃんがいたとしたら全力で止められているだろう。それこそ、半端な覚悟の典型的な例でもあるし。


それでも俺は、駆除隊に入ることにした。

おっちゃんを探し出したい。

あの頃の酒臭いおっさんと一緒に笑いあった日々をまた取り戻したい。

その確固たる信念は傍から見たら半端でも俺にとっては十分な覚悟だと、そう信じているから。

そんな決意を固め、意味もなく心臓を昂らせながら液晶越しに刻んだ文字を送信した。


入隊式当日。

乱れ舞う桜の花弁が窓辺に映る満員電車で潰されながらも駅に辿り着く。

貯めていたバイト代を奮発して仕立てた新しい匂いのスーツの端をぺしぺしとはたきながら駆除隊本部へと向かう。

あの時はなかなか通してくれなかった門番も今日はすんなりと通してくれた。


何度来ても男心を擽る近未来的な白く広いカーペットタイルの通路をカツカツと革靴の底で軽く叩きながら通り、案内の紙が貼られた扉の冷たい取っ手に手をかける。

ここから新しい生活が始まるんだなという期待の感情と自分にうまくできるかという不安が混じり合い、程よい緊張感に満たされた俺の瞳はこれから何を見るのか。


楽しみだ。

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