忘れられない記憶
景華
忘れられない記憶
6月の初めから、私は毎日のように悩まされていたことがある。
それは金縛りだ。
夜中、いつもだいたい2時ごろだったと思う。
いきなり目が覚めて、目が覚めると共に私の体はまるで重りでもつけられているかのように、グッと強くベッドに縫い付けられる。
呼吸も浅くなり、助けを呼ぼうにも声が全く出ない。
出そうとするのに、気持ちだけが出た気になるだけで、音を発することはない。
動いているのはドクドクと苦しいくらいに大きな音を立てる心臓だけ。
そうしているうちにやってくる。
毎晩毎晩、彼らは私の真横を、ザッザッザッという乱れのない足音とともに通っていくのだ。
視線をあげることすらできない。
見えるのはいくつもの黒のロングブーツだけ。
でもその中でも一人だけ、異質な動きをするものがいた。
列の最後尾。
その人は私の横を通る時、必ず一歩ずれて私の手を踏んでいく。
革靴で踏まれたはずなのに、痛みは全くない。
それでもぞわりと寒気が走るのは、そこにいる、ということなんだろう。
毎晩彼はただ一歩だけ踏んでいく。
そして列に戻るのだ。
そんな日々が日常化していた7月の終わり。
その晩は、心なしかその足音が大きく感じられた。
その音から感じられるのは、力強さ。
そして一種の高揚感。
もうすぐ彼が踏んでいく。
私はぞわりとした感覚がくるのを待った。
────ぞわり
その感覚はすぐにやってきた。
そしていつものようにすぐに抜ける。
はずだった。
いつまで経ってもその足は私の手から出ていってくれない。
すると、ふっ、と一瞬だけ身体の重みがなくなった。
そして私は、恐る恐る少しだけ視線をその足の持ち主へと移す。
かっちりとした軍服。
髪はとても短く揃えられている。
高校生ぐらいだろうか?
彼はこちらを見ていた。
アーモンド型の黒くて綺麗な目。
彼は少しだけ眉の形をグッと歪めてからも、私に微笑んだ。
「行ってくる」
静かにそう言って、彼はまた列に戻っていく。
その日以来、夜中に私の横を通る足は無くなった。
もちろん、私の手を踏んでいく足も。
私はそのことを、大きくなってから母に話した。
すると、どうやら私の部屋は鬼門に当たるらしいことを知った。
そしてその一直線上に山に向かって視線を移すと、墓石が立ち並ぶ墓地がある。
きっと通り道になっていたのだろうと言われた。
今でも私は、この時期になると家の裏山の墓地に向かって手を合わせる。
私の、忘れられない記憶。
忘れられない記憶 景華 @kagehana126
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます