ライバル(後)

 結局、私は思い知った。

 震える全身でわからされたのだ。

 確かに、結城優ユウキユウは男の子だった。男の娘オトコノコだけど、おすだった。久しく男の味を忘れていた肌と粘膜とが、見た目の可憐さを裏切る彼の妙技に震えた。

 信じられないくらいに濡れて、何度も絶頂に達してしまったのだ。

 そして……今も信じられないが、あれから何度かこうして会っている。


「はあ、なにやってんだろ私……これ、犯罪よね」


 よく晴れた日曜日、都心の小洒落こじゃれたカフェテラスだ。

 遅めのランチを注文して、さてと私は向かいの麗人を睨む。

 今日も女装全開の優は、私服だからか初見の二割増しで可愛かった。これでもかと盛りに盛った可愛さじゃない。むしろ、……必要最低限の女性らしさを装備するだけで、彼は純情可憐が服着て歩いてるような乙女になるのだ。

 勿論もちろん、中身は肉食系のケダモノなんだけど。


「お姉さん、さっきのショップの店員さん、見た? 僕たちのこと、仲のいい姉妹だって」

「あっそ。見る目のない店員ね。どこも似てないじゃない」

「じゃあ、仲のいい親子って言われたかった?」

「そういう歳じゃないわよ! っとに、もぉ……」


 クスクスと優は、まるで蕾がほころぶように笑う。

 今日の優は、純白のワンピース。あー、うん、うちの旦那が好きそうなやつだわ……そりゃ、若い頃は私も清純ぶって着たことあるけどね。でも、白が人を試す色だってのは、歳を取ると身に染みる。

 でも、そんな私が今日もめかしこんでることが少しおかしい。

 普通に考えて、頭がおかしいとしか思えない。

 眼の前の女装少年は、夫を寝取った未成年なのだ。


「ねえ、お姉さん。この後どうする? 映画なんかどうかなー」

「……君ねえ。これ、どういう状況だかわかってる?」

「もち。恋人とお買い物デート、これからご飯して、それから……フフフッ」

「恋人じゃありません!」

「じゃ、愛人でもいーよ?」


 頭いてるのか、こいつ。

 あと、まぶしいからその警戒心ゼロの笑顔はやめて頂戴ちょうだい

 どうしてこう、屈託くったくなく笑えるのかしら。

 汚れを知らぬ純真さは仮面だ。

 その下に優は、残虐な美と欲を満たしている。


「悪魔め……」

「えー、それってかわいくない! せめてこう、小悪魔とかにしてよね」

「はいはい、わかりましたー! ったく、あの馬鹿……なにが好きでこんな」

「旦那さんのこと? なら、安心して。僕、あのお兄さんとは遊びだから」

「それでも十分傷付くっての」

「そもそもお姉さん、どうしてお兄さんとセックスしないの?」

「……しなくなっちゃったの、どうしてだったかもう忘れたわ」

「でも、一緒に寝ればそこから先はカラダが知ってるよね?」


 もう、覚えていない。

 忘れたことすら思い出せない。

 お互い忙しかったから?

 それもある。

 でも、それだけじゃない。

 仕事が恋人ってタイプの二人じゃなかった。むしろ、仕事に真摯で誠実な姿をリスペクトしてたし、彼に恥じない自分であろうとした。

 けど、なんでだろう。

 子供でもいれば違ったかもしれないが、そもそもセックスレスになってしまうと種を仕込んでもらうこともできなかった。

 一方で、旦那は目の前の女装っ子に子種を無駄撃ちしてたって訳だ。


「あのさ、優君」

「ん? なに?」

「その、えっと……あの、うちの人と……した、よね?」

「うんっ!」

「それって、その、やっぱり」


 自然と私は、周囲を気にして声をひそめた。

 男同士の性交渉に興味はない。男と男の同性愛が全ての女性にとって娯楽だというのは、これは一部の偏見であり誤解だ。少なくとも、私には全く関係ない。

 今この瞬間までは、だ。

 私の夫は、妻とはぐくむ愛の結晶を、こともあろうかこいつに……眼の前の優にぶち込みまくっていた。一方で私は、結ばれるべき夫ではなく、優の全てを受け入れてしまったのだ。

 私が口ごもっていると、あっけらかんと優は満面の笑みで言い放つ。


「うん! お尻だよ! アナルセッ――」

「声! 声が大きいってば! しーっ!」

「あ、ゴメン。……ははーん、お姉さんってば興味津々って感じ?」

「ち、違うわよ! このド変態!」

「そう? 今どき普通だと思うけどなー。ちゃんとキレイにして、気を使ってるし」


 不意に優は、グイとテーブルの上に身を乗り出してくる。

 すぐ間近に、中性的な美貌が迫ってきた。

 思わず気圧けおされ、私はのけぞってしまう。

 優は椅子から腰を浮かして、うように私を追い詰めてくる。なにが小悪魔だ、魔王もびっくりの迫力だった。彼の視線から、その強いひとみの輝きから逃げられなくなる。


「愛し合うためにね、僕みたいな人間は……ちゃんと出し入れする場所を洗浄するんだよ?」

「……ちょっと待って、もともとそこは出口でしょ。一方通行でしょ」

「なんだか興奮しない? 男同士で結ばれるためには、不浄な場所を清めて、そこで交わるの。背徳感の局地って感じでさ、僕もう」

「はいはい、エロいエロい。でも、うちの人はそれが好きってことよね」

「そだね」


 絶句するしかない。

 二重の敗北感だ。

 私は優に、夫を寝取られた。

 そればかりか、自分までも……今や私たち夫婦は「優に寝取られ合った仲」だ。だからといって、パートナー同士のきずなが蘇ったりはしなさそうだ。

 そう思っていると、優がさらに前のめりにささやいてくる。

 耳元を、甘やかな悪魔の誘惑がくすぐった。


「ねえ、お姉さん……だったらこのあと、どう? 試してみない?」

「な、なにを」

「もう、わかってるんでしょ? お姉さん、お尻の方はまだ未経験みたいだし」

「ちょ、ちょっと、なにを言って――」

百聞ひゃくぶん一見いっけんにしかず、だよ? どうせこのあと、最後はホテルに行くんだし」


 悔しいが、その通りだ。

 会うたびにいつも、私は優と寝ていた。

 でも、あくまでノーマルな男女の営みだった。女装を脱いだ彼の、繊細なたくましさ、見た目を裏切る獰猛どうもうさにおぼれつつあったのは事実だけど。

 でも、だからって。


「僕、洗浄用のグッズをいつも持ち歩いてるから大丈夫だよ?」

「このっ、ド変態!」

「いやあ、照れるなあ」

「褒めてないっつーの!」

「それで? 言っとくけど僕、すっごく優しいよ? それにさ、それに」

「それに、なによ」

「僕、お尻に挿入いれられるのはいつものことだけど、お尻に挿入いれるのは初めてなんだ」

「ッ――!」

「お姉さんになら、いいよ? 僕の初めてと、お姉さんの初めて……お尻で、ね。どうする? 鞠花マリカ


 伊万里鞠花イマリマリカは、

 し、あらがう前に魅入みいられていた。

 いつもいつでも、会う都度つど彼に溺れていった。

 私はいつからか、夫との間に失われた全てを求め始めていた。

 むさぼっていたとさえ言っていい。


「ねえ、鞠花。名前で呼ばれるの、好きでしょ? 僕にどうしてほしいの」

「そ、それは」

「鞠花もさ、お兄さんにお尻でさせてあげればいいんだよ? 簡単なことだよ。なにもアブノーマルじゃない、セックスも多様性の時代だよ? 僕なんて男も女も見境なしなんだし」

「そっ、それは君が……」


 ウェイトレスがパスタを運んできて、優は席に戻って淑女レディ微笑スマイルを取り戻した。

 けどもう、私は火がついてしまった。

 なんだか、今まで性を知らなかった尻の奥がむずむずする。信じられないほどに顔が熱くて、唇を噛みながら俯くしかできなかった。


「あ、因みにね、お姉さん」

「な、なによ!」

「お尻の中をキレイにしたら、柑橘系かんきつけいの果汁グミ入れとくの。それでプレイ中は、甘い香りになるんだよー? これ、裏技ね☆」

「うっさいバカ! 死んじまえクソドスケベ!」


 私は多分、耳まで真っ赤になっていたと思う。

 そして、悲しいことに……恥ずかしいことに、みじめなことに。そう、全く情けない話だけど、このあと優とホテルにいった。

 夫にも許したことがないあれこれを、この後たっぷりたのしむことになる。

 そのことを想像するだけで、私は食事処ではなくなっているのだった。

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浮気してた夫が「おおっとぉ?」な変態だった話 ながやん @nagamono

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