第5話 異世界:Jホラーは死んだ


 犯罪者達を退け姉妹を守った日本人形。やり遂げた後の感想は、


(知らん……何これ……怖……)


 であった。

 元の世界では呪いの日本人形として数多の人間を怪奇現象や災いをもたらし、感受性が鈍い人間にさえ不安や恐怖を与えるほど力を蓄えていた。だがその時点でさえ、あれほど直接的な現象は

 そこで改めて自身の内側を観察すると、元の世界における"呪い"とは違う、今の世界の根本に由来した全く別の力であると感じた。使い勝手がわからない上に怒りで加減が効かないとなれば、発揮されるものが意図と異なっていても仕方がない。


 だが――呪いというのは遠回しで密やかで理屈が合わないのに理不尽な結果をもたらす、そういう曖昧で不気味な存在のはずだ。即時的な効果を求めたなら心臓や脳の病だとか、発狂だとか、謎の突然死だとか。

 あれでは物理的に攻撃してくるただのモンスターではないか、と人形は腑に落ちない思いでいっぱいだった。




 事件があってからしばらく経ち、ようやく三姉妹達も落ち着きを取り戻しつつある。


 ハリエ達を襲った男達三人は、近頃小さな村を荒らして回っていた山賊の一味だった。殺人も厭わず食料や金品を強奪し、女子供は連れ去って売るか慰み者にする質の悪い連中で、領の中でもそろそろ討伐に動く話が出ていた。

 今回三人が捕まったことで戦力やねぐらにしている場所の情報が手に入り、比較的速やかに山賊一派を討伐せしめることが出来た――と、説明のため町からやってきた"騎士"は言った。

 立派な鎧を身に纏った威厳ある雰囲気の騎士は、村の中で適当に寄り集まった緩い自警団の男達とはまるで別物で、三姉妹は始終ぽかんとしたまま騎士の話を聞いていた。


「あの山賊達は数日前にこの村にやってきて色々と物色していたらしい。子供だけで生活する君達のことは元々目をつけていたそうだ」


 山賊達は数名の偵察を出してめぼしい"獲物"を把握した後、全員で集まり村全てを襲撃して一気に強奪して逃走するのがいつもの手口だった。

 しかし襲撃の日取りも迫ってきたあの日、村全体の資産より遙かに高額であろう品物――ガラスケースに収められた日本人形を見つけた。

 そろそろ討伐隊が動く頃合いだと理解していた男達は、村一つ襲って騎士団が動く理由を増やすより、子供達三人と人形を売り払って別の領に方が余程得だと、頭の判断を仰がずその場の独断専行で動いた。それが事件の発端である。


 つまり日本人形の存在とは無関係に村は狙われていて、三姉妹も"獲物"として認識されていたのだ。

 騎士の説明にセレナは血の気が引いた。ハリエとエレナは"恐らく日本人形がどうやってか男三人を倒し救ってくれた"と言っていたが、そもそも人形が無ければ二人が襲われることもなかったのではないかと思っていたのだ。人形を寄越してきた神や妖精、異世界の"煙草のおじさん"にすら不信感を抱きだしていた。


(けど、もし人形がなかったら、妹達も村も――)


 一時でも恩知らずな怨みを抱いたことに酷く後悔した。"もしも"を思うと震えが止まらない。セレナを心配そうに見上げるエレナの腕の中にはしっかりと日本人形が抱きかかえられている。


「……ごめんなさい。本当に、ありがとう」


 セレナは人形の黒髪を撫でながら感謝を述べた。この時になってようやく湧いてきた、曇りのない心からの感謝だった。

 ハリエ達から事前に事情を聞いていた騎士は何か言いたげにその様子を見ていたが、結局頭を振って話を切り替えた。


「君達は山賊の一味を捕らえ、討伐に貢献した。よって領主から褒美の金貨が支払われるだろう。だが望めば金貨以外の褒美も認めてくださるはずだ」

「え?」

「例えばこの家を頑丈に建て直すとか、近くの土地の権利を得て畑を作るとか。町にある孤児を援助する施設へ移り、学ぶことも出来る。貴族の養女……は少し難しいかもしれないが、そうした場所での働き口は紹介出来るだろう」

「……何言ってるんですか? この家は古いし小さいけれど両親が一生懸命働いて残してくれたもので、そんな簡単に離れるわけには――」

「ご両親が何より願うのは家や土地ではなく、君達の安全と幸福ではないかな」


 騎士の言葉に、セルマはぐっと唇を噛んで視線を落とした。子供達だけの生活の限界は十二分に理解している。今回のように"子供だけの家だから"とまた狙われる可能性もある。だが両親との思い出が詰まった家を離れるなど考えられなかった。


「この家と土地の権利は君達にある。町に出て、いつか大きくなってから戻ってくることだって十分可能だ。……我々が帰還するまで時間がある。少し、考えて欲しい」


 酷な選択をさせていると思いながら、騎士は三姉妹の家を後にした。

 家の外で待たせていた部下二人は気味悪そうに家を振り返りつつ、上司の後を追う。


「あのぉ……フォルカーさんは、見ました? 例の人形とやら」


 部下は恐る恐る上司フォルカーに問う。山賊討伐の際の勇ましさは何処へいったのかという情けない表情に、フォルカーは眉間に皺を寄せた。


「ああ見た。ただの人形だ」

「いやあ、絶対駄目なヤツでしょう! 押し入った山賊三人のあの様子、ただ事じゃあ――」

「クソ野郎がどうなろうと知らん。それより大事なのは子供達の方だ」


 小さな村では自分達の生活だけで精一杯だ。孤児をまでは出来てもまではみられない。厳しい冬もあっただろうによく子供三人で生きていた、とさえ思った。

 騎士の立場上、子供達が"村に残る"と言って金貨の褒美を選べば、それを遂行するより他ない。だが小さな村で暮らす子供だけの生活は、金貨では補えないものも多くある。


「……町に来てくれるなら安心なんだがな」


 言うべきではない私情を溜息交じりに呟いて、フォルカーは自警団の詰所に向かった。









 ……自警団の詰所は現在、領から派遣された騎士達が使用していた。一つの牢には討伐で捕らえられた山賊達が、もう一つの牢にはハリエ達を襲った山賊三人が各々分けて放り込まれている。何故ならハリエ達を襲った男三人の手足や首にはどす黒い痣があり、日に日に広がっているからだ。


 彼らが捕らえられた当初、感染する病の可能性を疑って、拷問も尋問もし辛い状況だった。しかし男達は何かに怯えたように自分達の情報をまくしたて、許してくれと懇願した。夜ともなれば喉が裂け血反吐を吐くほどの絶叫をあげ続け、牢屋中を走り回った。

 討伐が終わった頃には彼らの痣はより黒くより深く広がり、手足の動きが鈍くなり出した。他人が補助しなければ体を起こすこともままならず、喉は完全に潰れ、叫んでも壊れた笛のようなひゅうひゅうと空気が通る音しかしない。


 それでも夜が来ると彼らは叫ぶ。皮が剥がされた顔が覗き込むから。焼け焦げた腕が喉を絞めるから。動かない手足が■のない■■に囓られるから。■した女達がもっと苦しめと耳元で嗤うから。

 ――あんな人形に関わるんじゃなかった。

 後悔と共に、あの日あの人形がかけた言葉のろいが幾度も頭に繰り返される。




「お前達は呪われた。喉は嗄れ手足は腐り、人形の如きモノになる。お前達は呪われた。日が沈めば徒に嬲った亡者の無念がお前達を責め苛み、日が昇れば影の内に恐怖の根源を見るだろう。


 ――お前達は呪われた。ワタシは決してお前達を許さない。許さない」




 夜毎恐怖を味わっても尚、男達は一日でも一分でも長く生きたいと願う。命が終わったその時、再びあの人形に会うだろうと知っているから。



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