??:三姉妹と日本人形

第1話 呪いの日本人形


 ある寂れた骨董品屋に、古めかしい日本人形があった。

 初めは誰が所有していたのか、何処にあったものなのか、何故手放したのか――最早知る人も調べる術もないが、一つ確かなことがある。この人形を手にした者には何かしらの不幸や怪奇現象が降りかかるのだ。そうした経緯で売られたり捨てられたり、あらゆる人間の間を渡り、今人形はこの骨董品屋で不気味な微笑みをたたえ陳列されている。


 長い月日によるものか、あるいは多くの人間の恐怖や厄を吸い込んだためか、人形には意志と呼べるものが宿っていた。

 ヒトに不幸を。

 ヒトに災厄を。

 昏い衝動のまま、人形は次の犠牲者を選んだ。店の前を通りかかった、スーツ姿の冴えない男だ。男は思案げな表情で何気なく店に目を向けていたが、人形を目にした途端に眼差しがどろりと曇る。夢遊病めいた足取りで店に入り、人形の代金を支払った。


 男が正気を取り戻した時には自室にいて、人形を手に立ち尽くしているところだった。男は今までにない現象に戸惑い、「疲れてるのかな……」と呟いて人形の入ったガラスケースを座卓の中央に置いた。

 男の不気味がる眼差しを不愉快に感じながら、人形は自身の周りに置かれた物品の数々を見る。可愛らしい動物のぬいぐるみ。華やかな柄や色合いの衣類。髪留め。絵本。菓子。パン。レトルトや缶詰などの長期保存のきく食料。毛布、等……


 災害備蓄の準備中か、女児監禁及び籠城の計画中か? 人形は訝しんだ。

 冴えない男は品物を一通り確認した後、咳払いをして虚空に声をかけた。


「えー、異世界平和と……せっ……何だっけ……のハナー」

「そろそろ"異摂会いせつかいのハナさん"くらい覚えてくださいよ、おじさん」


 何の前触れもなく男の言葉に応える者が現れた。蝶のような羽を持ちふわふわと宙を舞う、翡翠色の髪と目をした妖精――慈善団体"異世界平和と摂理支援の会"87番、自称ハナである。


「俺もおじさんじゃなくて佐上さがみ 治臣はるおみだけどな。……せめて"お兄さん"にならないもんかね」


 と男――治臣は、ひそかに落ち込みながら軽口を返し「元気だったか」「何か面白いことはあったか」などの世間話を始めた。

 一方人形は大いに困惑していた。人間と異なる見え方・感じ方をする人形は、今しがた現れた妖精が"この世界に在らざるもの"だとすぐに察した。

 近頃現れたダンジョンなるものと似た、しかし更に世界から切り離されている異質な有り様は、"呪い"という土地や人に強く紐付けられた存在からして見れば不気味でしかなかった。

 人形が困惑している間に治臣とハナの話は卓上の物品へ移っていた。


「ははあ、随分と沢山用意しましたねえ。これ全部寄付です?」

「そうだ。一種類ずつ個別にな」

「"数打ちゃ当たる"ってやつですね。一個くらいあの子達に届けばいいですねえ」


 妖精がか細い指先を一振りすると、卓上にあった物品が一つずつ消えていった。ぬいぐるみ、衣類、髪留め、菓子、食料――最後に日本人形だけが残ると、妖精は手を止めてしげしげとガラスケースの中身を覗き込んだ。


「ああ、その人形なあ……何でか買っちゃったんだが……」


 不気味さを感じながら遠巻きに人形と妖精を見て、治臣は曖昧に言う。対象的に妖精は興奮した様子で人形の周りを飛び回り、きらきらと輝く笑顔を治臣に向けた。


「何ですかこの素敵なお人形!?」


 予想外の好意的な反応に、治臣は「えっ」と一時言葉につまった。不気味な微笑みをたたえた古めかしい日本人形は、"素敵"という表現とは程遠いように思えたのだが、異世界の妖精にとってはそうでなかったらしい。


「えっと……これは日本人形だ。日本の伝統的な人形」

「へーっ! じゃあこの変わった服も伝統の服なんですか? 華やかな柄ですねえ」

「着物だな。そうか、見たことないのか。まあ今時ハレの日ぐらいしか着ないだろうしなあ……」


 治臣の疑わしげに妖精と人形を見比べる眼差しは、酷く人形の癇に障った。これから先じわじわと恐怖で嬲り、命を削っていってやる――嘲笑う人形の目の前で妖精が指先をくるりと一回しした。


 それで終わった。

 憎しみや怨み。集めた恐怖や生命力。呪いの人形が生まれるに至った"縁"――あらゆる世界との繋がりが"ぶちん"と刈り取られた。


 途切れた意識が戻った時、人形の周りの状況は何もかも一変していた。

 現代的な内装の部屋は、そこかしこに痛みが見られる木造のものに。妖精に感じていた"異質さ"は今や辺り全てに充ち満ち、人形の知る世界とはまるで別の理に支配された場所であると理解した。

 そして何より――呪うつもりだった男ではなく少女が三人、目の前にいた。



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