第3話 妖精はかく語る:先輩の話2

 繰り返されていたやり取りは、その日からすっかり逆になりました。先輩妖精は喚ばれもしないのに女性を訪れて、異世界に渡った"遺体"の現状を聞かせたのです。


「今日は良い天気だね。君のゴミスケルトンだけど、よく働いているよ。死霊術師ネクロマンサーの女性は随分と気に入ったようだね、仕事を色々任せているようだ」

「……」


「やあ、今日は一段と蒸し暑いねえ。"えあこん"が働いている室内の過ごしやすさったらないよ――ところで君のゴミだったスケルトンだけど、進化して少しずつ肉が戻りつつあるよ。中々に君が喜びそうなグロテスクな見た目だったね」

「……」


「ここのところだいぶ涼しくなってきたねえ。そうそう、君のゴミだったスケルトンだけど、すっかり骨が見えなくなってゾンビと呼んだ方が相応しい姿になったよ。死霊術師ネクロマンサーは顔付きが良いって褒めていたけど、よくわからないなあの感性は」

「……」


「やあ、外を見たかい? 日本の紅葉というのは美しいね。そこらを飛び回っているだけで楽しいよ。ああ、そうそう、君のゴミだったゾンビは多少声が出せるようになった。よく聞き取れるものだと思うくらい酷い声だけど、死霊術師ネクロマンサーの女性と楽しそうにお喋りしていたよ」

「……」


 女性の姿は日を追う毎に陰りを強くしていきました。異様は笑みはすっかり醜悪な憎悪の表情に塗り代わり、髪は艶を無くして乱れ、頬は痩けて――けれど目だけは相変わらずギラギラと危うい光を放っていました。

 更に、事件以降の彼女の様子がおかしいことに警察も気づいたようで、身の回りを調べられたり近くの人間が聴取されていたり、彼女にとっては思わしくない方向に進んでいました。

 ある時ついに彼女は先輩妖精の姿を見るや否や、金切り声をあげて手当たり次第に部屋の物を投げつけてきました。


「ふざけるな、お前のせいで――あんなゴミが、何で生きてるのよ!? 異世界で? 美女に囲われて? 楽しくお喋り? 人の人生を滅茶苦茶にしておいて――殺したのに――ふざけるなふざけるなふざけるなぁッ!!」

「おやおや、八つ当たりも甚だしい。私は最初に説明したのに、聞いていなかった君が悪い」

「死体を欲しがるなんて獣か虫か、それ以下の碌でもないヤツに決まってるじゃない!」

「まあ大抵はそうだね。でも君のゴミはそうならなかった」


 体力を使い果たして息も絶え絶えの女性に対し、言い聞かせるような穏やかな声で語りました。


「彼はこれからますます進化して、いずれ人と変わらない見た目になれるだろう。麗しの死霊術師ネクロマンサーはあちらでは名の知れたお人で大層彼を気に入っているから、将来も安泰だ。不死者アンデッドならこの先の人生は長い、いくらでも楽しめる」

「……」

「さて。"ゴミ"も全く別の物になって新しい命を歩み始めたことだ。そろそろ報告も止めるとしよう。さようならお嬢さん。君も良い人生を」


 先輩妖精はふわりと飛んで窓の方へ向かいました。指先の一振りで自動的に窓が開き、外へ出る直前、先輩妖精の背中に怒声がぶつけられました。


「あいつだけが悠々自適の新しい人生を送るなんて許さない! 何処にいようと殺してやる、何度でも! 新しく寄付するわ――!!」


 言うが早いか彼女は開かれた窓へ突進していって、何の躊躇いも無くベランダの向こう側に身を躍らせました。甲高い笑い声はあっという間にぐしゃりと潰れた音と同時に途絶え、静かになりました。

 先輩妖精は彼女がまだ僅かに身じろぎしているのを目にして彼女の所まで下降し、血に塗れた耳元に小さな体を寄せて囁きました。


「また君は私の話をろくに聞かなかったね。……あの後神様にとても叱られて、もう遺体は扱えないことになったんだよ」

「……」

「だからまあ、ご愁傷様。残念ながら、君は無駄死にだ」


 そこで初めて、先輩妖精は絶えず浮かべていた微笑みを消しました。表情が醜悪に歪んでいるわけでも、憤怒で赤らんでいるわけでもないのに、赤い瞳の輝きは明確に侮蔑を表していました。


「神が貴様の薄汚い罪を許し守ると、本気で思ったのか?」






 ……事件に纏わる話はこれで終わりなんですけどね。その先輩妖精、その一件の罰は受けたのですが、まだ現役で仕事してるんですよ。

普通人を死なせる程の失態をしたら物理的に処分されて然るべきなのに、です。つまりは彼女の死はある程度神様の御意志の範疇で、を正すことに繋がるものだったのではないでしょうか?

 神様は一度生まれたものは簡単に消せません。でも人間が人間を殺す分には"いつも通り"ですから……手段に選んでも不思議はないのです。


 寄付や貸与の品があるわけでもないのに呼び出される度、遺体の損壊具合を報告していたのも。その後遺体が死霊術師ネクロマンサーに拾われて復活を遂げるという、決して彼女が望まないであろう報告を続けたことも。

 最期の日、窓を開けて外へ出る、なんて、自在に空間を行き来出来る妖精には必要のない動作をわざわざおこなったことも。


 全部予定通り、計算尽くだったとしたら――って、考えれば考えるほど怖くなるんですよね、私。



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