第4話 グレイという冒険者

 輝は言葉にならない感情の波に俯いて唇を噛んだ。

 グレイという冒険者は輝の理想だった。何も恐れるもののない、堂々とした力強い男の姿に憧れていた。それなのに冒険もモンスターも無関係なところで、気の置けない親しい仲間に殺された。憧れていた人物が、仲間を殺人に踏み切らせるほどの暴言を吐くような性格だった。その死は至極あっさりと、ぽっと出の警備兵が解決していった。

 夢中で聞き入っていた冒険譚が急速に色褪せていく。握りしめたキーホルダーの安っぽい金色が目に付いた時、不意に嫌な予感が過ぎる。


「……まさかグレイにこのキーホルダーが"必要になる時"って、この殺人事件のことじゃないよな?」

「神様のご意向なので正確なことはわかりませんけど、私は違うと思いますよ」


 なら何に必要だったんだ、何の役に立ったって言うんだ、こんなもの――輝の口から乾いた笑いが零れる。

 ハナは「すっかりやさぐれちゃって」と溜息を吐いた。


「私グレイさんに聞いたことあるんですよ。仲間のために同じデザインの飾り物を本物の金で作ったわけですから、貸与したキーホルダーは返却しますか? って。でも断られました」






 グレイ含む冒険者達がギルドの依頼でモンスター討伐していた時の話だ。

 夜中の見張りで独り起きていたグレイに声をかけたハナは、モンスターと間違われ一言目の一文字目の時点で危うく斬り殺されるところだった。

 お喋りする気が消し飛んだハナが姿を消そうとすると"眠気覚ましに丁度いい"と捕まえられ、見張りが交代になる時間まで付き合わされたのだ。


 グレイは貸与品のキーホルダーの意匠を気に入り、パーティーの象徴とした。同じ意匠で本物の金を使った複製品を作り、仲間達にも配った。

 いつか何処かで野垂れ死んだ時これを持っていれば、少なくともこのパーティーの誰かだとはわかるだろ、と仲間達と笑い合った。


「でもグレイさんが死んだ時、その飾り物キーホルダーはその場に残さず無慈悲に回収しちゃいますよ、私。折角同じ意匠の飾り物を本物の金で作ったわけですから、貸与した物品は返却してそっちに持ち替えたらどうです? その方が遺体が腐っても獣に食い散らかされても証明が残……あだだだだ」


 グレイはハナを捕まえた握り拳にぎゅっと力を込めた。


「お前はいちいちイラッとさせてくれるなァ。やっぱ目覚ましに丁度いいや」

「剣士の馬鹿力で握り潰すのやめてくれますぅ!? 可愛い妖精ちゃんがおせんべいになるでしょう!」

「何だオセンベイって? まァいいや、興味ねえ。……別にいいんだよ、俺は。他のヤツらと違って死を知らせたい相手もいねえからな。獣に食われようが腐り崩れようがどうでもいいや、華々しく旅立ってやらァ」


 親も親戚も頼れる人間が誰もいない子供が、金を得るために冒険者になる――その世界ではごくありふれている事情でグレイは幼い頃に冒険者になった。周りには似た事情で冒険者になった孤児が大勢いたが、覚えている限り今も生き延びて冒険者を続けているのはグレイ一人だった。

 ハナが頬を膨らませて「どうでもいいならなんで私握りつぶされたんです?」と文句を言えば、グレイはしれっとした様子で「言い方がイラッとした」と返した。


「それによォ、何か知らんがこれを貸し出したガキは俺の話よく聞いてんだろ?」

「ええ、そりゃもう、顔出す度にどんな冒険をしてたとかどんな活躍をしたんだとかキラッキラの目で根掘り葉掘り聞かれますよ」


 ハナはグレイ一人に張り付いているわけではないので、直に見た情報は少ない。そのためあらゆる場所に点在している他の妖精の記憶をまで彼の冒険を語ったこともあった。

 グレイは「暇なガキだなァ」と押し殺した笑い声を漏らし、木々の葉の合間から覗く星空を見上げた。


「死を知らせたい相手はいないが、まァ生きた証くらいは残してもいい。いつか何処かで野垂れ死んだ時、貸与品これを取りに来た妖精おまえとこれを貸し出したガキが死に様を知ってるくらいで俺には丁度いいだろ」






 ハナが初めて語るグレイとのやり取りは、妖精の性格もあって明るく軽やかに聞こえる。しかし内容は重い。その差が日常の中で身近に死を感じている異世界の過酷さを語っていて、輝は何を言えばいいのかわからなかった。

 ハナは輝の目を真っ直ぐに見つめ、話を続ける。


「坊ちゃんがガッカリするのもわかりますよ。グレイさんは口も態度も悪いし無神経だし乱暴だし、地球風に言えば"脳筋"だし、異性との接し方が小学生並だし、足は臭いし」

「や、やめたげてよぉ……」

「でも常日頃から死を覚悟している人でした。独りで死んだ時のために坊ちゃんからの支援物品を必要として、心の支えにしていた人でした」


 まあ本人は絶対認めなかったでしょうけれど、とハナは笑う。


「きっと何にも心残りなんてないと思います。あの人は"物語の主人公"でなくとも、"人生の主人公"として生ききってました。いち職員が言うのもなんですけど……グレイさんのこと、グレイさんの人生のこと、覚えておいてあげてください」


 そう言って、輝が返事をせず俯いている間にハナは姿を消した。

 静けさの中で輝はようやく顔を上げ、部屋の中を見渡す。妖精を招くために準備したお茶とお菓子。折りたたんでベッドの上に置いた、魔法陣を描いた黒い布と黒い外套。幼い頃から買い揃えたファンタジーを感じさせるデザインの雑貨類。


 固く握りしめた掌を広げ、小さな剣と盾に龍が巻き付いてるキーホルダーを見下ろす。長い旅を感じさせる傷と汚れがあるものの、預けていた相手の荒っぽい性格を鑑みれば、錆びや汚れは驚く程最小限に留まっている。


(……ガッカリしてるわけじゃない。グレイが"物語の主人公"じゃないことくらいわかってる)


 グレイという冒険者は、物語の勇者のように品行方正ではなかった。世界を救うためでも誰かを守るためでもない、華のない散り際だった。当たり前だ。彼の人生は物語ではないのだから。そんなことは輝も理解していた。

 だが、それでも胸にこみ上げる釈然としない感情は――悔しさだ。


(だってグレイは、僕が憧れた――主人公だ)


 口も態度も悪く無神経で乱暴者の脳筋、異性との接し方が小学生並、足も臭い、そんな男であったとしても関係ない。いつでも輝の思い描くファンタジーの中心にグレイはいた。

 目に溜まった涙を拭う。勢いよく立ち上がり机に向かい、パソコンの電源を入れる。他でもない、輝の主人公のために。


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