第3話 異世界:妖精と解決パート
あれは私が地球で漫画を読んでポテチを貪って居眠りしていた時のことです。目が覚めたらグレイさんが死亡していることに気づきました。まあ多少感知は遅れたけど貸与の物品を回収するだけだし問題ないだろう、と高をくくってグレイさんの所へ向かいました。
そしたらまあ、異様な雰囲気でして。まず飛んだ場所は室内で、床にはグレイさんの遺体がありました。その周りにはグレイさんの仲間達と、部屋の出入り口に警備兵。彼ら全員が注目していたのは私ではなく、遺体の側に立つ年若い警備兵でした。
グレイさんの仲間の治癒士さんが青ざめた顔で年若い警備兵を睨み、震える声で「貴方は……」と話し始めました。
「貴方は、つまり……私がグレイを殺したと言いたいのですか?」
「ええ、その通りです」
どうやら私が漫画を読んでポテチを貪っている間に、事件の解決パートは終盤に差し掛かっているようでした。何で?
ミステリー小説を終盤から読み始めてしまったような置いてけぼり感と、可愛い妖精さんが現れたことに対して誰も気づいてくれない孤独感。
その時の私の気持ちといったら酷いもんですよ。明らかに「ちょっとすいません何が起きたんです? どこまで話進んだんですコレ?」とか聞ける空気じゃないですもんね。
でも疎外感って一週回ると無敵になれますね。もう話が終わるのを待つのも億劫で、話の主導を握ってそうな年若い警備兵に声をかけることにしました。
「どもども。慈善団体"異世界平和と摂理支援の会"でーす。お話中ちょっと申し訳ないんですけれども、支援物資の回収始めちゃってよろしいです?」
「うん? "異世界平和と摂理支援の会"? 聞いたことがないね。気儘な妖精が珍しいな。どういう組織なんだい」
「説明しだすと長いんで、お気になさらず解決編に勤しんでてください。……というわけで返却していただけます? 小さな剣と盾に龍が巻き付いてる金属の飾り物なんですけど」
坊ちゃんから預かった品物を持っている人――グレイさんの仲間の治癒士さんの所に飛んでいくと、彼女は強張った微笑みを浮かべてポケットから龍の飾り物を取り出しました。
「これのこと? 妖精さん、これはグレイがパーティーの象徴として作らせた飾り物で、皆が持っているの。これは私が貰った物で、グレイの物ではないわ」
「いいえー? 何で貴女が持っているのかは知りませんけれど、それは間違いなくグレイさんに貸与した異世界産の物品です。妖精さんが間違うとでも?」
やり取りの間に年若い警備兵は治癒士さんの持つキーホルダーを眺め、他の人達の持つキーホルダーを手にとってあらゆる角度から観察し、ふむと静かに頷いて、グレイさんの仲間の魔術師さんを見やりました。
「被害者はその飾り物をいつも持っていた?」
「は? え、ええ、肌身離さず」
「だが先程調べた時、被害者は飾り物を持っていなかった。室内を念入りに調べ直す必要はあるが――なるほど、証拠が出たようだね」
年若い警備兵の推理はこうです。
治癒士さんは何らかの原因でグレイさんを殺めてしまった。その時の揉み合いで治癒士さんは自分のキーホルダーを室内で無くしてしまった。
長時間室内で探し回っていれば目撃される可能性が増える。かといってこのままでは警備隊がキーホルダーを発見し、持っていない自分が真っ先に犯人として疑われる。そこでグレイさんの持つキーホルダーを代わりに拝借したとのことでした。
「証拠は治癒士のお嬢さんが持っている飾り物。被害者が肌身離さず持っていたものを貴女が所持していることが証拠になる」
「だから、これは……」
「まだ気づきませんか? 貴女の手の中にあるその飾り物の、鍍金がはがれていることに」
皆が息を呑んで治癒士さんの持つキーホルダーを注視しました。グレイさんはとても大事に扱っていたので、長旅の共をしていた割に傷も曇りも少なかったですが、言われてみれば確かに多少鍍金がはがれている部分があります。
治癒士さんは一層血の気の引いた顔になり、キーホルダーを見下ろしました。
「なんで……だって、金……」
「ええ、金に鍍金加工は必要ない。現に貴女達仲間に渡されたのは金で作った飾り物ですからね」
金と鍍金された真鍮ではだいぶ重さが違いますが、グレイさんが仲間に渡した飾り物は木か何かを芯材にしていたようで、真鍮のものとほぼ変わらない重さになっていたそうです。
それに地球の鍍金技術は異世界のそれとは桁違いですからね。普段から目にしていたとしても、鍍金された真鍮だなんて言われなければ気づかないでしょう。
ここまで来るともう言い逃れは出来ないと悟って、治癒士さんはふらりと床に座り込んでしまいました。それでも年若い警備兵は淡々と口上を続けます。
「"異世界平和と摂理支援の会"なる組織のことはよくわからないが、妖精から借りていたものを他人に渡すとも思えない。なら貴女はいつグレイさんの飾り物を手にしたのか? それは――」
「……そうよ。私が殺して、飾り物を無くしたから、彼のものを持って戻ったの。まさか真鍮だなんてね。あの男がそんな安物を大事にしてたなんて意外だわ」
治癒士さんは手にしていたキーホルダーを遺体の方に放り投げました。地面に落ちる前に慌ててキャッチして回収し、大事な物品を乱暴に扱ったことに対して文句を言おうとしましたが、治癒士さんがあまりにも冷たい目でグレイさんの遺体を見下ろしているので怖すぎて何も言えませんでした。
その後治癒士さんが独白したところによれば、原因はよくある怨恨でした。グレイさんは良く言えば豪放磊落、悪く言えば粗暴でデリカシーがない性格なので仲間相手にも失言することがちょくちょくあったようです。それで治癒士さんは着実にヘイトを積み重ねていたわけですが、殺害当日の夜の食事中に言われた台詞でついにプッツンしてしまい、犯行に及んだとか。
治癒士さんは警備兵に連行されて事件解決、私はキーホルダーを回収して坊ちゃんに返却しに行く――前に呼び出されたので丁度よかった、ということです。
これでグレイさんの死に纏わる話は終わりです。
……酷い顔ですね、坊ちゃん。だから言ったじゃないですか、聞かない方がいいって。
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