第2話 訃報
「ではこれより儀式を執り行う。異界より出でし妖精に供物を捧げ、我が神具の一端を分け与える」
「わーい、いつもお茶とお菓子ごちそうさまですー。あと新しい支援物資の貸与ですね、ありがとうございまーす」
心を読み取れる妖精にとっては回りくどい言い回しもさして障害ではないようで、慣れた調子で受け答えをする翡翠色の妖精87番、自称ハナ。
「わはー、超握りにくそう。坊ちゃんって何で貸与の時はこういう感じの物なんです? 寄付の時は割と実用的な物選んでるのに」
「だって貸与はいつか我がもとに還ってくるであろう。異世界より帰還せし神具を扱う我は実質
身の回りのもの全てを異世界帰りの物品で固めることが輝の密かな目標である。品物の雰囲気も揃えるつもりで、預けた硝子ペンの雰囲気に合うインク壺と照明用の燭台なども探している最中だ。
ハナは酷く優しい眼差しで「まあ、いいんじゃないですかね坊ちゃんがそれでいいなら」と頷いた。
「ああそうだ、丁度今日は返還する品物があります。貸与ありがとうございました」
小さな両手を叩き合わせると同時にふっと柔らかな風が部屋の中心から発生し、小さな剣と盾に龍が巻き付いた意匠の金色のキーホルダーが現れた。
古書めいた装丁のノート、外側に魔法陣が彫り込まれた懐中時計、縁飾りの彫刻に神話の場面をあしらった鏡――今までいくつも貸与をしてきたが、物品が手元に戻ってきたのはこれが初めてだった。輝はキーホルダーを拾って掌に載せ、壮大な冒険を感じさせる傷や汚れに胸を高鳴らせた。
キーホルダーは輝が小学生の時旅行先で買ったもので、預けた先の人物のことも幾度となくハナに聞き込んでいた。
異世界の冒険者、グレイ。輝が初めて寄付ではなく貸与として所有品を預けた男だ。
「この神具を目にするのは久々だな。冒険者グレイは我が神具を十分に扱えたか?」
「えっとぉ……、その話の前に確認しなきゃならないんですけども」
ハナの言い方に違和感を覚え、演出していた"賢者の如く知性的な表情"が途切れる。ハナは気まずそうに小さな紅茶のカップをテーブルに置き、居住まいを正した。
「坊ちゃん、貸与と返還の条件について覚えています?」
「うん……貸与は消耗品以外の物品に適用可能。受け取り相手が必要ないと判断した時、もしくは死亡した時に返品される。破損や劣化に関する苦情は受け付けない、だろ」
「はい。今まで支援物資を受け取った相手についてよくお話しましたけど、ぶっちゃけ話す義務はないというか寧ろ話さないのが一般的な対応なんですよね。……で、今回は何も聞かない方がオススメかなーって思うんですよね私は」
「……何だよそれ? そんな言い方……何か、それ、」
まるでグレイが死んだみたいじゃないか。
声にしなかった不吉な予想を、ハナは僅かな頷きで肯定した。幾度となく冒険譚を聞いた男の訃報に、足元がすっと抜け落ちるような衝撃に襲われる。
冒険の途中で不測の事態にあったのか。凶悪なモンスターに襲われたのか。共に冒険していたはずの仲間達の誰もグレイを救えなかったのか。それとももっと別の……。考えて答えが見つかるはずもなく、輝は口を閉ざしたハナに詰め寄る。
「グレイは凄い冒険者だったんだぞ。仲間達だっていた! 簡単に死ぬわけがないだろ!? 一体何があった!?」
「だからね坊ちゃん――」
「嫌だ、絶対に聞く!」
輝が頑なになるのは、グレイは輝の理想そのものだったからだ。
粗野とも言えるほど豪気で一本筋の通った性格。謂われのある剣を持ち、鍛え上げた
彼の側に自分の所持品が渡ったと知った時、そして少なくとも彼に"必要な物"だったからこそ自分の所持品が渡ったのだと理解した時、どれだけ誇らしい気持ちになったか忘れたことなど一時もない。
一切引く気がない輝の様子に、ハナはついに諦めの溜息を吐いた。
「もー。私は止めましたからね。後悔しても私にあたらないでくださいよ。……というか坊ちゃん、いっつも小難しい言葉いっぱい使ってるのに、普通に喋ると何で語彙少なくなるんです?」
「う、うるさいな! 放っておいてよ!」
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