第4話 異世界:妖精と姉妹と煙草1

 ご寄付頂いた煙草をお届けしたのは年若い姉妹の所です。え、年齢規制? いえいえ、吸うために必要だったのではない様子でした。私が向かった時、彼女達は真っ暗闇の中にいたので。

 何処も彼処もギラギラに輝いている地球ではわかりにくいかもしれませんが、実は妖精というのは仄かに光っているものなのです。なので姉妹は私の登場に一層驚いてました。


「はーい、どもども。慈善だ……」

「エレナ、早く逃げ、逃げなさい! 姉ちゃんが引きつけておくから!」

「やだ!! ふえ、うえええ、お姉ちゃんがいないとやだああああ!!」

「ワガママ言わないでよ! あ、あんたまで死なせたら、あたし……」


 もうアレきっとモンスターだと思われてましたよね。酷くないですか? 光ってるんだからわかりますよね、可愛い妖精さんだって。

 そうやってぷんすこしてたらですね、姉妹の大声に混じって遠くからモンスターの唸り声が聞こえてきました。あーここダンジョンかあ、ってその時になって気づきました。


「も・し・も・しぃ!! 慈善団体"異世界平和と摂理支援の会"ですー! 異世界ちきゅうから温かなご支援をお届けに参りましたあ――!!」


 このままだとお届けする前に死亡しそうだったので急いで大声で名乗って、煙草の箱を姉の方の顔にブチかましました。渡し方が温かくない? でもその機転のお陰でようやく姉の方が口を閉じて私の方を直視してくれたんですよ。


「じ、ぜ……いせか……え、何?」

「慈善団体"異世界平和と摂理支援の会"です。異世界から貴女方へ支援物資が届きました。"煙草"です。とある植物の葉を加工して作られたもので、火をつけて煙を吸い込んで楽しむ嗜好品です」

「い、今、嗜好品!? 状況わかってる!?」

「私は全然わかってませんけど、神様は貴女方に必要であると判断したみたいですよ? だからお届け先に選ばれたわけですし」


 "神様"の名前を耳にしてやっと信じる気が起きたらしく、二人は地面に落ちた箱を手探りで探し始めました。向こうは神様の存在を肌身で感じるアレコレがあるお陰で、地球より信心深い方が多くて助かります。まあその辺りのお話は追々。

 手元が真っ暗だと煙草一本取り出すのも一苦労で、取り出し口がわからず地面に落としたり火をつける側が目で判断出来なかったり、とにかく大変そうでした。モンスターの気配もだいぶ近づいてきていて、煙草に火をつけようとを使った時、暗闇の中にとうとう姿を見つけました。


 地球で言う狐に似た姿のモンスターです。強くはないですがすばしっこくて狡賢い、新人冒険者ならそこそこ手こずる相手です。見るからに冒険者ではなさそうな姉妹ではあっという間に食い散らかされるでしょう。

 でもそのようなグロ鬱展開にはならず、狐のモンスターは姉妹を注視したまま一定の距離を保っていました。

 ……あっ、へえ、そうなんですか、日本には狐狸に化かされないよう煙草を吸うって話があるんですか。あっちの狐のモンスターも煙が苦手だったんでしょうかね?


 一方姉妹は私の視線でようやくモンスターが近くにいることに気づき、悲鳴をあげて再び例の逃げろ嫌だ云々のやり取りを繰り返し始めました。けれど話が一巡してもまだモンスターは襲って来ず、姉妹はまあるい目で手元の煙立ち上る小さな火を見下ろしました。

 祈りの動作で神への感謝を呟いた後、姉の方がモンスターから目を離さずに立ち上がりました。


「今のうちに行こう。……煙草これ、結構減りが早い」

「あ、じゃあ私これで失礼しますねー」

「妖精って血も涙もないの!?」

「そうはいっても物資の支援以上の手助けは職務違反なのですよぉ。神様に怒られちゃいます」

「かっ、神様はっ、必要な所に必要な物を届けるんでしょ!? 明かり一つないこの状況、煙草これだけじゃなくて妖精あんた込みで"支援"なんじゃないの!?」

「……う、うーん?」


 言われてみればそんな気もしました。神様のご意志というのは私には小難しくていつも読み間違えて怒られるので。でも必要以上の手助けも読み間違えより更に厳しく怒られる事案なので、迷いに迷って――


「えぇっとー、今日のところは仕事も切り上げてお散歩しちゃおうかなって気分なんで? しばらくこのへんぶらぶらします。ご機嫌なんでいつもより多めにピカピカしちゃいますけど。まあお気になさらず」


 ――という建前にしました。

 姉の方は何やら不満げでしたけれども、明かりが無いよりはマシだと判断したのでしょう、それ以上何も言いませんでした。


 ダンジョンの壁に手をつき、煙草の残りに注意して歩きながら、姉妹は何故こんな所にいるのか話してくれました。


 何でも彼女達姉妹は、早くにご両親を亡くしたそうです。辛うじて持ち家はあったのですが貯蓄は少なく、頼れる親戚もいないそうで、町のお手伝いやら何やらで小銭を稼いで生活して来たそうです。

 ところが先日次女のハリエさんが風邪を引いてしまい、看病も虚しく悪化していく一方。なけなしのお金をはたいてお医者様に診てもらったところ、質の悪い病をいくつか併発していたそうで、ちょっとお高い薬がなければ治らないと言われたのです。


 ですがお医者様を呼ぶので精一杯の彼女達に、薬代を払う余裕はありません。身売りも考えたそうですが、ふと近くの森に薬草が生えていてよく冒険者達が採取に行っていたことを思い出したそうです。

 ハリエの病に効くかもしれない、効かないものでも売ればいくらか薬代の足しになる――そう考え、急いで森に向かったのですが、採取の途中で穴に落ちたと思ったらこの洞窟だったそうで。私がここをダンジョンだと教えたら、とても驚いていました。


「出来たてのダンジョンだとあちこちんですよね。出入り口とは関係ないところから浅い階層に落ちたって話は時々聞きますよ」

「じゃあ落ちた後、すぐ天井が塞がっちゃったのは……」

「ダンジョンの自動修復ですね。急に真っ暗になったので驚いたでしょう」

「うん。結構高かったから、どうせ這い上がれなかったけど」


 長女の方――えっと、確かセルマさんでしたっけ――は落ち着いていれば気丈な方で、受け答えもしっかりしていました。三女のエレナさんは随分幼くて、飛び回る私を何度か捕まえようとしてセルマさんに怒られていました。

 本当はエレナさんは家に置いていきたかったそうですが、病のハリエさんより幼い妹を置いておけず、仕方なく採取に連れてきたそうです。


「あれ。てことは今、ハリエさんは家に独りってことです?」

「そう。お金のない、厄介な病気にかかった孤児なんか、誰も看病しちゃくれないもの。私達には私達かぞくしかいないの。だから早く帰ってあげないと。こんな所で、……」


 こんな所で死ぬわけにはいかない、という言葉を、幼い妹を不安がらせないよう飲み込んだセルマさん。しっかり者ですがまだ子供ですからね――火のついた煙草を持つ手は震えていました。


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