第27話.効きポーション



 客相手なのだからと本音を呑み込み、クナは黙って青年を見上げる。

 すると、首を痛めそうになっていると、気がついたのだろうか。青年はその場に腰を下ろし、自分の服が汚れるのも厭わずに、地面に片方の膝をついた。クナを気遣ったようだった。


 不思議とその動作は淀みがなく、美しかった。ただの平民ではないのだろうな、とクナは直感する。

 顔の造形といい、挙措といい、青年はそれなりの名家の生まれと思われた。思えば服装や小物ひとつを取っても、センスがあって、他の冒険者たちのような野暮ったさがない。どんなに言葉遣いを砕いても、大衆の中に紛れようのない、生まれ持っての気品のようなものがある。


「商売中に邪魔しちまって悪いな。少し時間をもらえるか?」


 人懐っこく顔が近づけられるが、警戒したクナはあからさまに顔を引く。

 すっかり記憶の彼方に追いやっていたが、森の中で救った青年は、無事にウェスに戻ってきたらしい。

 それはいいが、いったいクナになんの用なのか。


(まさか、森に置いてきたことを罵られる?)


 足手まといを洞窟に置き去りにしたのは事実だが、クナとしては責められるいわれはないと思っている。


「……なに?」

「オレはリュカってんだ。このウェスで冒険者をやってる。まだ一年くらいの駆け出しだけどな」


 リュカと名乗った男が、からりと明るく笑う。

 青空のように晴れ晴れしい、裏のない笑顔。そういう風に笑える年上の男が居ることに、クナは驚きを感じる。それともよほど、人を騙す演技がうまいのだろうか。


「オレ、『死の森』に入ってたんだ。そこで死にかけたんだが、誰かに命を救われた」

「…………」

「で、その命の恩人が、あんたじゃないかなと……思ってる。オレ以外に、最近森から出てきたのはひとりだけらしい。門衛に聞いた特徴とも一致してるし、オレが目を覚ました洞窟内に白い獣の毛が残ってた。あんたが連れてる子犬の毛じゃないかと思ってな」


 クナはすっと目を細める。思っていたほど馬鹿ではないようだ。

 そういえばとロイを振り返ると、うつぶせの姿勢で、尾だけを控えめに振っている。クナの視線に気がつくと、片目だけを開けて応えた。


 もともと、このリュカという男のもとに導いたのはロイだ。薬師であれば、重傷を負ったこの男を助けてみせろと言わんばかりだった。

 だが、今はなぜだか我関せずという態度を貫いている。クナが呆れていると、リュカは焦れた様子もなく、のんびりと確認してきた。


「オレを森の中で助けてくれたのは、あんたか?」

「そうだけど」


 クナはあっさりと認める。

 隠し立てする理由もない。ポーション代金は回収できなかったし、報酬として金銭がもらえるならば万々歳だ。なんせお金には困っているのだから。


 リュカの顔が喜色に溢れる。反射的にクナは、犬を思い浮かべた。それも図体ばかりでかい大型の犬である。


「やっぱり! ずっと捜してたんだ、それじゃ――」

「おい、待てよリュカ」


 そこに後ろから肩を揺さぶられて、リュカがきょとんと振り返る。


「そいつ、嘘を吐いてるかもしれないぞ」


 そう言い出したのは、先ほどからリュカの後ろに立っている男のひとりだ。

 眉に特徴的な傷がある。クナに冒険者組合で人を捜していると話しかけてきた冒険者だった。


(確か名前は……セスだったっけ)


 覚えたくもなかったが、苛立ったクナは名前を記憶してしまっている。

 そして今も腹立たしさで、胃の底がむかむかしてきている。


「嘘って、セス……」

「私が、報酬ほしさに嘘言ってるって?」


 何か言いかけるリュカの言葉を遮り、クナは冷たい声で返した。

 鋭く睨みつけると、セスは後ろに肩を引いた。しかしここで引けないと思ったのか、唇を噛み締めて前に出てくる。


 クナの顔に指を突きつけて、疑わしげに言う。


「だってあんた、俺が昨日質問したときは薬師なんて知らないって言ったぞ」

「優れた薬師か金持ちなんて、知らないって言ったんだ」


 険悪に睨み合う二人の間に、慌ててリュカが割って入る。


「やめろセス。オレの恩人だぞ」

「まだ恩人と決まったわけじゃないだろ」


 どうあっても、セスはクナを認めないつもりらしい。

 身なりの良い男から金をせしめようとする盗人にでも見えているのだろうか。クナは名乗ったことを後悔しつつあった。リュカはともかくとして、彼の仲間に詰られるくらいならば、知らない振りをするべきだったかもしれない。


 しかも騒ぎが起こっているせいか、露店には誰も近づいてこない。みな遠巻きに、何事かとこちらを窺っている。冒険者ではなく近隣住民の姿もある。


「あの子が、リュカの恩人なの?」

「奇跡のポーションを分け与えたっていう?」

「でもセスが、嘘かもしれないって」


 ざわめく周囲を見回し、困ったように頭をかいたリュカだったが、名案を思いついたように「そうだ!」と叫んだ。


「仲間が失礼なことを言って悪い。それと申し訳ないついでに頼みがある。オレにポーションを売ってもらえないか?」

「……は?」


 クナはぽかんと口を開けた。セスという男も、同じような顔をしている。

 しかしリュカは溌剌と言ってのける。


「森でオレを救ってくれたポーションの味、なんとなく覚えてるんだ。あんたの作ったポーションをこの場で飲めば、味が比べられる」

「あれはキバナで調合した中級ポーションだから……今売ってる初級ポーションとは味が違うけど」


 そこでリュカはにやりと笑ってみせた。

 クナを嘲笑う笑みではない。どこか得意げな、自信に満ちた笑顔だ。


「舐めてもらっちゃ困る。冒険者はポーションの味にはうるさいんだ。誰が作ったものか、すぐに分かる自信があるぜ」

「いや、そんなのお前だけだろ……」


 セスが呟くが、反対する気はないようだ。おそらく、リュカは豪語する通りに、ポーションの味の判別がつくのだろう。


(味というより、魔力水の違いかな)


 魔力によって練り上げる魔力水は、個々人によって味やにおいが少し違う。

 たとえば、クナの作り出す魔力水はほんのりと甘い。マデリのものは、舌に載せると少しぴりりとする。調合の過程で、判別できない程度に個性は薄らぐが、リュカはそれを敏感に感じ取れるのではないか。


 どちらにせよ、ポーションを買ってもらえるならクナに断る理由はない。


「三百ニェカ」

「おうよ」


 受け取った硬貨と引き換えに、クナは黄色蓋の小瓶をリュカに差し出す。

 立ち上がったリュカが小瓶の蓋を外す。きゅぽん、と小気味よい音がして、その音が通りによく響くのを聞いたクナは、遅れて気がついた。


 周囲を取り囲むように立つ人々が、リュカに注目している。彼がどんな結論を出すのか、心待ちにしているように。

 リュカはそんな注目の目線に臆することなく、空を向くと、瓶の中身を口の中に傾けた。

 液体が嚥下される音。セスは固唾を呑んでその様子を見守っている。ごくごくと勢いよく、リュカは飲み干していく。


 ――やがて、口元を拭うと。


「……うん、間違いない。森の中で飲んだポーションと、同じ味がする」


 その言葉を聞くと同時、クナは片手を出していた。


 ウェスの薬屋を偵察して、分かったことがある。

 アコ村と同じく、初級ポーションは三百ニェカで売られている。そして中級ポーションは七百ニェカだ。


 だからクナの言うべきことは、ひとつである。



「分かったなら七百ニェカ、さっさと支払ってもらえる?」



 そんなクナの一言に、リュカが目を見開き。

 周囲に、一気にざわめきが広がった。



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