第2話.ポーション作り

 


 クナは、邪魔にならないよう黒い髪の毛を首の後ろで無造作にまとめる。

 服は庭先で埃を落とし、物干し竿に干していた前掛けを身につける。


 水瓶から桶で水を汲み、両手を洗う。今朝、井戸から汲んできた水だ。濡れた手は清潔な布巾で拭う。

 次に霧吹きを手に拭きかけ、両手をすり合わせる。酒精と水を混ぜて作った特製の消毒液だ。


 ポーション作りにはスペースが必要なので、カウンター奥に併設された調合室に移動して行う。

 乳鉢と乳棒を準備すると、昼間、外に干して乾燥させておいた薬草を乳鉢に入れる。


 くずした両足の間に乳鉢を抱え込むと、クナはごりごりと乳棒で中身をすり潰していく。


(ごりごりーっと)


 数分で薬草を粉砕していく。


(うむ、満足)


 乳鉢を抱えて、次は壁際に置いたかまどに向かう。

 かまどに置いた調合釜の中には、水魔法で生み出した魔力水をどばどばと大量に入れていく。ポーション十本分を予定しているので、それなりの量が必要だ。


 炎魔法で調合釜の底に直接、火を作り出す。

 釜自体に専用の魔法陣が刻まれているため、魔力を流すのをやめれば自然と火は止まるようになっていて、薪は必要ない。


 ポーション作りを生業にする薬師に、水魔法や炎魔法が使える能力は必須である。


(どちらも生活魔法レベルだから、使える人のほうが多いけど)


 流し込む魔力の量をコントロールし、火の大きさを調整する間に、魔力水がふつふつと沸騰してくる。

 潰したばかりの薬草を投入してからは、延々と木べらでかき混ぜる作業だ。


 もともとは無色透明の魔力水は、緑色に変わりつつある。材料に使う薬草の色がにじみ出して溶けたものだ。


 もちろん、道ばたに生えている薬草そのものを食べても体力は回復する。

 たとえば転んで膝に擦り傷を作ったとして、薬草なら五~十本ほど食べると傷は塞がる。

 だが、薬草一本でポーションを調合すれば、ポーションの出来にもよるが、瓶一本分を飲みきるでもなく擦り傷程度なら回復する。


 回復効率を重視するからこそ、薬草をポーションへと進化させるわけだ。


(それに草は苦いしまずいしね)


 なるべくなら飲みやすい液状で、と思うのは人ならば当然である。


 ぐるぐるぐる、とクナは調合釜の中身をかき回していく。

 炎魔法と同時に、ポーションの純度が上がるよう釜の中にも魔力を流し込みながら木べらを回すので、見た目よりずっと大変な作業だ。


 祖母にポーション作りを習っていた頃は、この行程あたりでクナは気絶してしまっていた。

 でも今では魔力量が上がってきたのか、十本ほどポーションを作るくらいならまったく苦ではない。


 それ以上は残念ながら試したことがない。いちばんの理由は単純に材料になる薬草が足りないからだ。

 農民は住む村を領主の許可なく出ることはできない。アコ村を囲う森は『死の森』と呼ばれていて、見るからにいろんな材料が揃っていそうではあるが、そちらも立ち入り禁止区域である。


 薬草を採取できるのは、薬草畑と痩せこけた道ばたくらい。

 ……あとはこっそりと、森の近くで取った薬草くらいだ。他の村人も、似たようなことはやっている。


「無駄遣いするな、って兄さんに怒られるのもいやだし」


 しかし練習しなければ、いつまでもクナのポーション作りの腕前は上がらない。

 だから今日もクナは兄が留守の間に、こっそりと練習している。


 煌々と燃え盛る火を消す。

 ポーション液がじゅうぶんに冷めたのを確認すると、瓶に移し替える前に、お玉で掬って味を確かめる。


 緑色のポーション液。おいしいかといえば、微妙だ。

 どろりとした液体には独特の苦みがある。子どもでも大人でも顔を顰める味わいだろう。

 砂糖や蜂蜜でもあれば味つけができるのだが、貧しいクナの家にそんな貴重なものはない。


 だが、その味は――。


「うん、良い出来映え」


 未だに舌に残っている、祖母が作ったポーションの感覚――。

 絶対に忘れることのないあの味に、よく似ている。そう思うけれど。


「でも、駄目なんだろうなぁ……」


 クナの作ったポーションは、村中から「外れポーション」と呼ばれている。

 兄のドルフが作ったポーションなら傷が瞬く間に治るのに、クナのものはまずいだけで、ちっとも傷を癒やす効果はないのだと蔑まれている。


 祖母のポーションに、味だけが似ていてもどうしようもない。

 この程度のポーションでは、今後も誰も買ってくれない。クナが作った黄色蓋のポーションは、いつも売れ残っている。


「……だけど、私は薬師なんだから」


 そう、クナは自分を奮起させる。


 憧れの祖母に少しでも近づきたい。その一心で、努力を続けている。

 それにポーションを作っているときだけは、いやなことは全部忘れていられる気がするのだった。



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