第25話 山核隊の存在理由

(やっぱりか……)


 広大こうだい優実ゆみが口を揃えて、卓磨たくまを山核庁の人だと言い、かいは腑に落ちる。

 二人が第五隊に来たのは、やはり卓磨たくまの意図が絡んでいた。

 優実ゆみの技能“応救処置”は、先日の白鹿との戦いで負傷した目を治したように、たとえ山核内でしか使えないとしても、とんでもなく有益であることは理解していた。

 支給されている医療品の中には四級程度の治療薬もあるが、全員の視力が失われた場面で、それを正しく素早く使用できたかは分からないのだ。


 双子隊を守る手数も増え、万が一の対応もできる。

 優実ゆみを双子隊に入れる判断は合理的だ。


 双子隊は卓磨たくまの私兵。

 魔核を回収するのが主な役目?

 それだけではないだろう。救助活動に対し、宗太そうた祥子しょうこが優先的に派遣されるように、要所要所で救助の実績も積んでいる。

 今回のような他の山核隊からの応援要請にも優先的に参加できるためか?

 それに、登頂隊や狩猟隊は、解放や討伐といった結果を求められるが、卓磨の管理下にあるハルナでは、その二隊に肩入れできない。


 だから卓磨たくまは救助隊を選んだのだ。

 魔核を得て、他の山核に干渉するために。


 そこに、血縁関係者である百合香ゆりかが入った。

 救助隊の維持と百合香ゆりかの安全はどちらも重要だ。

 だから装備も人員も技能も武具も集中する。


(俺が救助隊に受かったのって……)


 卓磨たくまは、かいが武具や金色の魔核を所持しているのを知っていた。

 それがどんな手段で行われたのか分からないが、それを知る力がある。

 それによってかいの力が知られ、結果として第五に入隊できたのかと悟る。


「ちょっと、どういうこと? なんで山核庁の人があんなラフな格好でウチに来るのよ。それにあのバッグって拡張してたよね? なんであの人がそんなの持ってるの? で、コートだの銃だのって、ウチの装備って山核庁から提供されてるってこと?」


 走り出した車の中、小声でかいに問いかける優実ゆみの言葉は車内全員の耳に届く。


丸山まるやま、その理解でいい。さっきのは山核庁の偉い人でな、双子隊は、いろんな企業が試験的に作っている装備をテストしてるのさ」

「やっと謎が解けました。ウチの真の姿って、装備や技能をテストする部隊ってことなんですね」


 かいにしてみれば隊長の適当な解説に唖然とするが、優実ゆみの中ではその解説がピタリと嵌ったようで、腕を組んで頷いている。


「やっぱエリート部隊ってことですか……それじゃなんで俺みたいな犯罪者を?」

片山おまえは犯罪者じゃないだろ? 隊の規律に違反しただけだ」


 広大こうだいは自身の過去に大きな罪の意識を持っているようだが、そういった考えを隊長は一蹴する。


片山かたやまくんの場合あれだよ。ほら、危険を顧みず突っ込んで行くでしょ? あれがきっと隊服のデータになってるんだよ。どのくらいの攻撃を受けるとどのくらいのダメージを受けるとかさ。あたしなんか痛いの嫌だから攻撃を受ける前に倒すし」

「お、俺だって別に、わざと攻撃を受けようとしてるわけじゃないって!」


 二人の間に挟まるかいは、そのやり取りを聞きながら考える。


 今回の百合香ゆりかの帰郷タイミング。

 そしてすぐにアカギに入山した。

 第五の緊急対応と卓磨たくまの慌てた動き。


 何らかの意思が働いているようにも見え、不測の事態が発生しているようにも見える。

 アカギに着いて百合香ゆりかを探し助ける。

 それだけを考えればいいと思いつつも、それだけでは済まない予感も膨れ上がっていた。


「後席、静かに。情報の伝達と指示を行うぞ」


 ハルナレイクの検問所を抜け、隊長が声を出し、優実ゆみ広大こうだいも居住まいを正す。


「そもそもアカギから応援要請があって、アカギには明日にでも向かう予定だったが、裾野すそのがアカギに入ったことで行動が前倒しになった訳だ。裾野すそのがなぜアカギに入ったのか、どこから入ったのかは分からん。登山口の石板に名前が載ったというだけだ。ちなみに入山許可証を持っている関係者の中で同性同名はいない」

かいくんはどこまで送ったのよ」助手席から祥子しょうこが聞く。

渋沢しぶさわ駅まで、ちゃんと送りました」

「そこから前端まえはし市まで行って、11時ちょっと過ぎには山核の中、ね……」


 かいが答え副長が呟く。


「ほぼまっすぐに山核へ行ってるな。個人の意志か、それとも……」

「それとも? 拉致とかですか?」


 隊長が可能性に言及する前、かいに配慮して言い淀むが、広大こうだいはその先を明言する。


「そうと決まった訳じゃないでしょ? それに拉致の理由は? なんで犯人は山核内に逃げ込むのよ」

「理由は分からないけど、逃げるのは警察とかに介入されないから、とか?」

「山核内は警察より怖い魔獣の巣窟なんだけど?」

「つ、強い犯人かもしれないだろ?」


 優実ゆみが追求し広大こうだいが苦し紛れに答える。

 かいは、拉致や誘拐なんて可能性を考えていなかったが、以前に優実ゆみが言っていたことを思い出す。


『ホントよね。何といっても山核の外でも使えるのがすごいよね。これがあれば下界で安全に別の商売ができると思わない?』


 百合香ゆりかは拡張リュックを背負って行った。

 それをどこかで誰かに見られ、衝動的に連れ去られた可能性も浮かぶ。


「入山許可証を持たずに魔獣を倒せる人なんてそうそういないでしょ」


 祥子しょうこが助手席から呆れたような言葉を挟む。


「……いや、そうでもない。そういった人物はいないこともないよ」


 運転中の宗太そうたが後席まで通る声で言う。


神山かみやまとか、か……祥子しょうこ、まだ新人には話してなかっただろ? ちょうどいい機会だから神山事件について話しておけ」

「えー、資料なんか持ってきてないのに」


 隊長と祥子しょうこのやりとりに広大こうだいが口を挟む。


「神山事件って隣のT県のですか?」

「ああ、お前らも着実に山の幸を手に入れてるだろ? その上、山核庁から最新式の装備も受けている。言ってしまうがな、ハルナの他の救助隊にもこの装備は与えられていない。ウチだけだ。強大な力を持った人間の顛末は勉強になるぞ」

「神山事件って、山核の発生直後から強い武器をもらった神山かみやまって人が人間不信になったって話しですか」

「俺は多くの人を守った英雄って聞いてるけど」


 隊長と優実ゆみの会話にかいも続けて言う。


「視点によっていろんな見解があるんだ。だから事実だけを語るから個々で判断してくれ。祥子しょうこ

「分かりましたよ……」


 促された祥子しょうこが、しぶしぶと応じ、神山事件の全貌を告げる。

 新人三人にとって知っている情報も、曲解している内容もあったが、この時代に於いて山核に対抗できる力を持つ者がどんな末路を辿ったかという話は、非常に切実に心に響いていた。


「俺たちの持つ力は大きい。それを自覚して行動すればいい。山際やまぎわには前にも言ったが、正しいかどうかなんて考えるな。まずは自分、次に手の届く範囲の誰か、余裕があれば範囲を広げる。それを前提とした上で行動すればいい」

「解放は、望んじゃいけませんか?」


 隊長が第五隊としての方針を語ると、広大こうだいが真剣な顔で聞く。


片山かたやま、山核隊の存在理由はなんだ?」

「えっと、山核に対抗すること……」

「山核解放だ。お前が望む思いは、ここに関わっている人間、大なり小なり思っていることだ。四年前の山核の無いあの頃に戻る。もっとも世界の全てがそれで元通りになる訳じゃないがな」


 隊長は少しだけ笑って答える。

 生活圏の確保、山に登れるということ、魔獣や魔樹に怯えない生活、分断された日本の国土を取り戻す。

 多くの人の願いを山核隊は背負っている。


「それに、この程度の装備でなんとかなると思うか? 偶発的な解放はともかく、山核が安定してから解放された山は、公的には存在しないんだ」


 隊長は力を持って野心を抱く広大こうだいを戒めるように説くが、かいにはやはり疑念が残る。

 広大こうだい優実ゆみに対し、卓磨たくまの職能を隠す理由は、やはり双子隊が私的に運用されている証拠なのだと思えた。


 もしかいがミョウギを解放せず、管理していたとしたらどうだっただろう。

 管理者とは山核のルールを容認し、そのルールを人々に強要する立場だ。

 苦しんでいる人を利用する山核側の存在。


(俺にはそんなことはできない)


 かいは、卓磨たくまが創った隊服の胸元をギュッと握りながら、何が正しいのか分からなくなっていた。

 だからこそ隊長の言葉が染みる。


『まずは自分、次に手の届く範囲の誰か、余裕があれば範囲を広げる』


 だから今は、百合香ゆりかを助けるだけだ。



=========


 広大と優実を第五に送り込んだ山核庁の男は卓磨だった。隊長はそれを山核庁が指定する新装備のテストと言ったが、開の中では卓磨の私兵という認識が強くなった。ただ、誰の思惑があろうとも、まずは百合香を助けることを決意する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る