第15話 山核内の夜
見通しの良い場所にテントを一つ設営し、夜警用の待機場所として折り畳みの椅子を車座に用意する。
併せて表と裏の下りの登山道と、雄岳、雌岳に向かう上りの登山道に指向性の動体センサーを設置する。
三脚の上にビデオカメラの様な機器が載り、動きを検出したらビープ音が鳴る、ただそれだけの単純な仕組みのもので、山核隊の公式装備として隊長から渡されたものだ。
それ以外の、テントも折り畳みの椅子も寝袋も、昔から存在する様々なキャンプ用品メーカーのロゴが混在していて、それらを山核隊が徴収したのか買い上げたのか、それとも誰かの私物だったのかは分からない。
いまだ避難生活を続けている人々にとって、それらの用品は必需品であり、メーカーが未だにこれらを生産しているか定かではないが、これらをレジャーという本来の目的で使用している人は皆無に近い。
「ここって、本当に大丈夫なのか?」
電池式の灯光器を設営しながら
ここまで魔獣を倒しながら、それでも野営地に辿り着けたことでホッとしていた
「大丈夫かどうかって聞かれても……その辺の危機対処能力も問われていると思うよ」
隊長に指定された野営場所を聞いた時、
ただ思ったのは、これも何らかの試験なのではないか、という疑念だった。
出発前にそのことをこっそりと話し合った
「でもここって山頂まであとわずかなんでしょ? このメンツなら行けちゃうと思わない?」
「隊長に言われてるだろ? 分岐路から上は救助隊でも立入禁止だって。それと不測の事態には緊急下山を必ず使えって」
「わ、わかってるよ。ちゃんとリーダーに従いますよ」
今回の一泊訓練は
併せて、初めてパーティ登録をしていた。
これは入山許可証の機能の一つで、五人までを一つのパーティとして指定することができて、メンバーが山核内にいる場合は入山許可証に白色で表示される。
リーダーが緊急下山を指示した場合、全員の下山を確認するまでリーダーは決して緊急下山を行わない約束があった。
誰にどんな事情があったとしても、最後まで残るのは
「そろそろ夕飯にしよう。食べられるときに食べておかないとね」
たき火や調理など、火を使わないこと。という指示も隊長からもらっていたため、薬剤と水を使った加熱パックの中で湯煎したレトルト食と、缶詰、固形の栄養食を用意していた
男子二人が、味わうというより摂取するといった勢いで夕食を平らげ、女子二人は味について批評しながら慌てずに時間をかけた食事を済ませる。
「それにしても、拡張リュックって反則だよな。これだけの機材を詰めてきたのに、中には予備も含め同じものがまだ入ってるなんてさ」
食後に、保温ポットのコーヒーを飲みながら
夕闇の中、照度を落とした灯光器に照らされる顔が、キャンプ中の少年の顔にも見えて、
「ホントよね。何といっても山核の外でも使えるのがすごいよね。これがあれば下界で安全に別の商売ができると思わない?」
緊急時に備えて全員がリュックを背負ったままだ。
「
「そんな怖い顔しないでよ。分かってるってば、こんなリュックが特別なことぐらいあたしだって想像できるよ」
「普通の人たちにバレたら、商売どころじゃないだろうしな」
山核に関わらない人々には、それが山核で得た物か、誰かが“職能”で創ったなんて区別はつかない。
それは技能も同じ、人の世に存在しなかったものは全て特別なものなのだ。
その力を利用して人々のために尽くしたとしても、その恩恵が届かない人や足りないと感じる人にとっては「狡い」という怨嗟の声が湧き上がる。
それらの恩恵を正当な理屈にすり替えて奪取しようとする。
その蛮行と、人の命を奪おうとする魔獣とでは何が違うのだろう。
そしてそれは、技能を得た
「私たちが特別だって思うんじゃなく、装備でも力でも、使わせてもらってるだけって考えたらいいんだよ。
「そうなんだよね。そして山核の中では、この隊服のおかげで誰も怪我しないし」
「初日に手を怪我したじゃん」
「あの時は素手だったでしょ? グローブ着けてからはそんな機会もないし」
「……でもさ、顔や頭ってどうなんだ? 俺、たまに攻撃を食らってる気がするんだけど」
「
彼の防御を考えない戦闘はこのチームで一番の問題であり、当の本人がそれを改善できていない。
ひょっとしたら彼はわざとやっているのではないかとすら言われる始末だった。
「別に自分の命を天秤にかけてるつもりはないんだけど、いざ戦いの中に入ると、自分が自分じゃないみたいになるんだよなぁ……そういうことない?」
「開き直るなよ。そりゃあアドレナリンが出てるって実感することはあるけど、まずは防御から入ろうよ」
それがうまくいかないんだよな、と首を傾げる
食後、夜警と睡眠組に分かれる。
もっとも、いざという時には睡眠組も即座に起こすため、あまり厳格に考える必要もないのだが、
21時、
これから三時間おきに夜警を交替するのだ。
全員の意見で、テントの入口は開けておき、夜警中の二人からその存在が見えるように位置している。
「トイレ、行かなくて済むって楽ね」
一メートルほどの距離に置いた椅子に、背中合わせで座る
テントまでは三メートルほど。お互いに届く程度の声量であれば、ここでの会話はテントまでは届かない。
それは内緒話というよりは、睡眠者への配慮だ。
「完全に行かずに済む訳じゃないけどね。大はともかく小は一日一回は必要だと思うよ」
「それでもさ、女の子にとってそういう問題は深刻なのよ。ところでさ、ウチがこれだけ優遇されてる理由って何?」
背中越し、直球の質問が
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隊長に指定された野営場所は、双子山の標高1100メートルの分岐点。そこはかつて開と百合香が青い熊と対峙した因縁の場所だった。四人は安全装備を設置し、夕食を摂り、夜警組と就寝組に分かれ開は優実とペアを組んだ。
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