第16話 新たなる技能と武具

「……優遇って、隊服のこと?」


 かい優実ゆみの真意を計りながら疑問で応える。


「隊服も、いろんな装備も。なんで第五にだけ? それとさ、通称の“双子隊”ってのは何?」

「装備は、俺だって分からないよ。隊長はああいう人だし、それと双子隊のってのはこの双子山が由来らしいよ」


 かいとしては当たり障りのない回答に留めておく。

 優実ゆみ広大こうだい卓磨たくまの試験を受けていない。彼らの存在は知らされていない。

 にも関わらず最初から隊服などかい百合香ゆりかと同じ装備を与えられているということは、間違いなく卓磨たくまの意志が働いているはずだった。

 なにせ、優実ゆみの言う優遇とは卓磨たくまたちが創るを貸与されているということなのだ。

 そして、優実ゆみ広大こうだいにはそれを与える理由があるということ。


 先日、卓磨たくまと話した、魔核を回収するというのも理由の一つだろう。

 かいの頭の中には別の仮説もあった。

 真理まりは、双子山の山頂でも、先日、かいが秘密裏に物部もののべ邸に訪問した際にも言っていた。

 曰く、百合香ゆりかを守りたい。

 その視点で現実を俯瞰すると、第五隊の現状は百合香ゆりかの為に構成されているようにも思えてくる。

 かいの存在。

 優実ゆみ広大こうだいの異動。

 技能持ちの優実ゆみ

 四人の連携。

 思えば、卓磨たくま自身が新人同士の連携について気にしていたのではなかったか。


 また、双子隊という愛称も、卓磨たくまの私兵としての意味を感じさせる。なにせ、郷原ごうはら隊長と卓磨たくまの位置関係は、確実に卓磨たくまの方が上に見える。

 双子隊としての指示や命令は、卓磨たくまが絡んでいると考えても間違いはないだろう。


 つまり、この一泊訓練にも何らかの意図はある。

 かいは四人の連携を試されている予感を覚えていた。


「おーい、山際やまぎわくん?」

「……え? なに?」

「何じゃないよ。さっきから声掛けてたのに、ずっと黙ってるんだもん」

「ゴメン、ちょっと考え事を……」

裾野すそのさんのこと?」

「ななななななんでだよ」

「しー、声大きいってば」

「ご、ごめん」

「じゃあさ山際やまぎわくんの意見を聞かせてよ。こんな装備があたしたちに配られる理由はなんだと思う?」

「……細かいことは分からないけどさ、前にも言ったじゃん。救助隊だからこそ、最高の装備を与えられてるって」


 詳細を隠すため、以前、二人に装備を説明した時にも言ったごまかしを繰り返す。


「救助隊ってさ、あたしも何をする隊なんだろう? って不思議だったのよ。カードがあれば緊急下山できるし、それまでだって救助隊を頼むなんて場面はなかった……あ、片山かたやまくんの例があったか。それと登頂隊は分かんないけどさ。名目上は、入山許可証を持つ人が山核から下りられなくなった時に助けるんでしょ?」

「建前はね。実際は違法入山者の救出ってのもあるよ」

「この二週間、訓練ばっかりだったよね」

「いいことじゃん。要救助者がいないってことなんだから」

山際やまぎわくんが入隊してから何回出動したの?」

「……一回」


 かいは三人の同級生の顔を思い出す。病院に運ばれた彼らがどうなったのか、特に確認はしていない。


「まあ、望月もちづきさんとかはもっと出てるみたいだけどさ、そのくらいしか出動してないのに、ホントにこんな装備が必要なの?」

「……分からないよ」

「もしこの装備を登頂隊が支給されて、ここで同じように訓練すればさ、ひょっとしてどこかの山って、とっくに解放できてると思わない?」


 優実ゆみの疑問はもっともだった。

 だが、青い熊や、かいが過去に戦った金色の熊といった存在を知る立場として見れば、山核の脅威を優実ゆみは正しく理解していない。

 優実ゆみは三級の魔獣しか戦っていない。彼女にとっての山核の脅威はその程度の認識なのだ。

 ただ、青の熊との戦いを説明するには、その顛末を語る必要がある。

 そして、倒せたという事実は、彼女の更なる増長を招く恐れがあった。


『そんな力があるなら、日本中の山核を解放すればいいじゃない』


 もしそんな問いかけをされたならと思うと、かいの中で力を持つ者の葛藤がまた少し膨らんでいた。


 その時、かいの両腕にわずかな痛みが走る。


丸山まるやまさん、二人を起こして」


 かいは立ち上がり、闇に包まれた周囲に視線を送りながら大きな声で告げる。


「何があったの?」


 かいの声ですぐに百合香ゆりかが寝袋から飛び出す。

 それは彼女が覚醒した状態だったことを表していた。


「魔獣の気配がする。警戒してくれ」

「なんでそんなこと分かるのよ」

丸山まるやまさん、今はかいを信じて」

「……分かった。片山かたやまくん起こすね」


 驚いたことに、広大こうだいは熟睡しているようだった。

 彼が優実ゆみに叩き起こされている最中、かい百合香ゆりかは戦闘準備を終える。


「気配がするって、武具の力?」百合香ゆりかが小声でかいに聞く。

「うん。たぶん山核の中だと使えるかもしれない」

「……使えるにしても、使うの?」

「いざって時はね。いつまでも隠していられないだろ」


 かいにしてみれば、武具を説明するくらいなら構わないと思っていたが、ミョウギの解放者であると話すことは極力避けたかった。かいの責任じゃないとしても、300人以上の犠牲者の家族と向き合う覚悟はまだ持てていないのだ。

 ただ、その辺りを矛盾なく説明できる自信はなかったため、優実ゆみにも広大こうだいにも積極的に話せなかった。


片山かたやまくん、起きたよ。どうすればいい?」

「魔獣だって? どこ?」

「隊服をしっかり整えて、ヘッドライト点灯、ポール装備」


 かいは指示を出しながら両腕の裾を捲る。


山際やまぎわくん、なにしてんの?」


 かいが腕を捲る行動を見た優実ゆみの疑問と同時に雌岳方面の斜面から殺気が落ちてくる!


「上からだ! 防御!」


 全体的に細長いシルエット。

 小枝で創られたような四肢と、異様な飾り?

 かいが飛び退いた場所に衝撃と共に着地、同時に上方に跳躍する影。


「鹿! 白い?」

「白の鹿?」


 双子山では初めて見る青以外の魔獣は、大きく複雑な形状をした角を持つ白い鹿だった。

 

「俺が前衛、百合香ゆりか丸山まるやま広大こうだいが後衛! ジャンプの途中、速度が落ちたところを撃て!」


 かいは指示して後衛と距離を取るため鹿に走る。


「顕現せよ、丁丁発棘」


 走りながら左手で右腕の丁丁発棘を具現化する。

 特殊能力は使えなくても、盾替わりにはなる。

 闇の中ならば、武具もまともに視認はできないだろう。そしてこの敵は、自重しながら勝つことはできない!

 かいは出し惜しみなく戦うと決めた。


 鹿の角は、まるで歪な剣の集合体だ。

 跳躍の間に突進したり首を振ったりしてかいの間合いを越えてくる。

 それを丁丁発棘で止め、ポールの“斬”で手傷を負わせる。


 これまでも鹿との戦闘はあったが、色違いだとずいぶんと性格が違う。

 この個体は、かいとの一騎打ちを望んでいるようで、数メートル離れた三人には視線すら向けていない。

 また、跳躍すると後衛から“射”を浴びると気付いてからは、かいを盾にするような位置取りを続けるほど柔軟性の高い戦いをしていた。

 百合香ゆりかはうかつに手を出せないまま、かいの戦いを見つめる。

 幸い、白く光る魔獣が逆光になり、かいの武具は視認できない。

 ポール一本で鹿と斬り結んでいるように見えていた。


 ただ、鹿のいくつかの攻撃の際、かいの体が弾かれる。高い防御力を誇る隊服と言えども、いつかは限界が訪れる。


「俺、加勢してくる!」

「あ、あたしも!」


 犬との戦いに慣れた二人が、初めて見る鹿の恐怖に突き動かされるのは仕方ないことだとは思う。

 ただ、それは冷静さを欠いていた。


「待って!」


 かいの左右から飛び込む二人を制する百合香ゆりかの声は意味を持たない。

 その時、白い鹿は眩い光を放つ。

 それは闇夜の中で目を凝らしていた全員の眼を灼いた。


 三人の悲鳴が上がる中、百合香ゆりかの視界は白から赤に染まる。

 伸ばした左手から、白を侵食する赤い光が放たれ、それは鹿を一瞬で瀕死に追いやった。

 ただ、そんな事象を正しく認識できた者はいなかった。


 視界を断たれ、広大こうだいが闇雲に振るったポールが鹿に当たる。

 同じく優実ゆみが振り下ろしたポールは偶然にも鹿の息の根を止め、白い粒子が闇夜に広がった。


 視力を失った優実ゆみが自らに技能の力を使い、残る三人を治療し彼らの視界が元に戻る。

 彼らがそこで目にしたものは、白い魔核と、一振りの剣だった。


「みんなゴメン!」優実ゆみが三人を見ながら両手を合わせて続ける。

「なんかまた技能を手に入れちゃったの!」



=========


 夜警中の開は優実の疑念に答えながら、卓磨たちが双子隊に介入する理由に、百合香を守る意図があると想像する。そんな中、白い鹿の魔獣が現れる。全員の強力で鹿を倒した後、武具がドロップし、優実が新しい技能を手に入れた。

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