第14話 お泊り訓練

「あたしは別に嫌じゃないよ。救助隊としての仕事らしくていいと思うし」


 双子山での戦闘訓練途中、単独で出現した青犬を単独で倒した優実ゆみは新人仲間に向かって話しかける。


「まあ、俺も別に問題はないけど」

「私も……」

「俺は単純に経験不足だから、そこが心配なだけだ」


 午前中の隊長の話に、それぞれがなんとなくモヤモヤしたものを抱えていたのは事実だが、それがどうしてかはかい百合香ゆりかもはっきりと言語化できていない。


「たださ、なんで新人ばかりなんだと思う? ウチはなんとなくこの四人なのかな? とも思ってたけど、全部の隊で新人を出すってどうなんだろ?」


 そんな優実ゆみの言葉に、かいとしては他の隊のことより、隊長がこの四人に拘っている理由を気にしていたので、なるほど、もっと上の立場からの思惑もあるのかと感心する。


「これも教育の一環なのかもね」

「教育って?」


 百合香ゆりかの呟きに優実ゆみが反応する。


「ほら、覚えた事をキチンと説明したり指導できないと、本当に理解出来ているとは言えないって話し。実際に私たちも二人にいろいろと教えることで、理解が足りないこととか、新しい気付きもあるからね」

「なるほど、一人前になるための試練ってことかな」


 百合香ゆりかの説明に優実ゆみが納得し、かいが一人前についての説明をするかどうか悩んでいると広大こうだいが発言する。


「でも、それだってまだ先の話だろ? 早くても八月? 夏休みに合わせるって言ってたよな」

「二か月後かぁ、あたしに指導とかできるのかな」

「私たちでもできてるんだから大丈夫だよ」


 弱音を吐く優実ゆみ百合香ゆりかが笑うと、優実ゆみは少しだけ真剣な眼差しで百合香ゆりかかいを交互に見て話す。


「あのさ、あたしだって狩猟隊で二か月やってきたの。討伐専門で。にも関わらず、二人ともあたしよりはるかにすごい戦闘能力を持ってるんだよ? それを安易に私たちでもできたとか言われても説得力ないし」

「あのな、俺から言わせてもらうと、異動二日目にソロで青犬を倒す丸山まるやまさんだって大概だぞ? 俺なんかおこぼれでやっと魔樹一体じゃん……」


 うなだれる広大こうだい優実ゆみが言う。


片山かたやまくんは実際に素人同然だからしょうがないでしょ? それであたしより強かったら天才か、なんらかの技能持ちを疑うってば」


 いろいろな物事をはっきり言う優実ゆみに、百合香ゆりかは驚きつつも慣れていた。そして、そんな彼女の素直な考え方と発言力を羨ましく思っていた。


「技能と言えば、ギルドハンターの護衛任務は、丸山まるやまさんの技能が大活躍するんじゃないか?」


 かいの意見に優実ゆみは悩んだ顔で答える。


「それ、考えてるんだけどさ、みんなどう思う?」

「使うべきかどうかってこと?」

「それもそうだし、そもそもあたし、この技能のこと隊長にも誰にも言ってないのよね」


 かいが問うた優実ゆみの答えに、百合香ゆりかは違和感を覚えて問いかける。


「あれ? 山核庁の偉い人に特別な力がどうとかって言われたんでしょ?」

「あたしは結局、誰にも言えなかったし、言わずに除隊するつもりだったの。でも山核庁の人にそれっぽいことを言われて、ああ、察しはついているんだろうなって思っただけ」

「無理矢理、聞かれたりしなかったのか?」

「……山際やまぎわくんはどんな想像してんのよ。特に尋問されたり脅迫されたり拷問されたりってこともなかったよ。迎えに来てくれた郷原ごうはら隊長も何も聞かないし、第五に来ても誰も関心を持っていないし、あれ? あたしの技能って特別なものじゃないの? って拍子抜けよ」


 かいはそんな優実ゆみの心情がよく分かっていた。

 彼自身、恐らくは武具持ちであることは皆にばれているにも関わらず、隊長以下、隊のだれからも指摘や質問はない。


「ウチは、プライバシーを守るって言ってたよ」


 百合香ゆりかは以前に聞いた祥子しょうこの言葉を思い出しながら言う。


「それで済むのかなぁ。こうやって四人で訓練してるのも連携強化のためでしょ? ならさ、いざというときのために、お互いのできることちゃんと知っておく必要があると思うんだけど」

「今のところ俺たちの訓練で丸山まるやまさんのチカラは必要ないけどな。問題は、ギルドハンターの人たちがどんなことができて、どんな装備で山に入るか、にもよるんじゃない?」


 優実ゆみが腕を組みながら首を傾げ、かいが笑いながら諭す。


「そうだよな。俺なんか隊服のおかげで怪我一つしないけど、普段着だったら何回か死んでると思うもんな」

「人は何回も死なないでしょ。いのち大事に、だよ」


 自嘲気味に笑う広大こうだい百合香ゆりかたしなめ、四人は訓練を再開した。



「一泊訓練、ですか」


 四人での訓練を始めて二週間が過ぎ、連携も親睦も深まりつつある六月の末、新人たちは隊長に特別訓練の指示を受けた。


「そうだ。午後の訓練の延長で夜間の動きは慣れてきただろうけど、山核内で一夜を明かすってのはまだ未経験だろ?」


 かい百合香ゆりかは、双子山で過ごした一晩の記憶があったが、隊長の中ではノーカウントのようだ。


「えっと、緊急時には下山できるのに、わざわざ山核の中で泊まる必要ってあるんですか?」

山際やまぎわ、そりゃあお前の知ってる山核が双子やソウマくらいしかなら、そう思うのも仕方ないがな、ハルナみたいな連峰はともかく、山核範囲が広範囲に及ぶ山なんて腐るほどあるんだぞ。要救助者に辿り着くまで数日かかることもあるし、入山許可証を持っていない救助者を夜間に発見した場合、無理に動かず夜明けを待つなんて当たり前の行動だぞ」


 かいは隊長の呆れ声に、自身の考えが浅かったことに気付く。


「まあ、お泊り訓練もどうかなって気がするけどねー。私たちが山核で泊まるハメになったのって過去にもそんなにないし、大抵の場合は無理してでも下山するし」


 祥子しょうこかいをフォローするように軽口を叩く。


「でもいい経験になると思うよ。山核内での夜間警戒や睡眠は」

「睡眠……寝られそうもないですね」


 宗太そうたの言葉に優実ゆみが苦笑で答える。


「あら、この二週間で四人の信頼関係は構築できてないのかな? 丸山まるやまさんは男子二人が心配?」珍しく真鍋まなべ副長が探るような目で質問する。

「え? いや、男子がどうこうより、山核内で寝るってのが心配なんですけど……」


 優実ゆみは、心配するポイントの違いに、改めて第五隊の特異性を実感する。


「夜間は魔獣も強いのが出たりしますよね」


 広大こうだいは緊張顔で誰ともなく聞く。


「なんだ片山かたやま、お前だって犬くらいは単独でなんとかなるまで成長してんだろ?」

「それはまあ、そうなんですけど……」


 少しだけ苦しそうに答える広大こうだいを他の新人三名が見つめる。

 山を解放したいというしっかりとした動機を持つ広大こうだいの成長度は確かに早いのだろうと誰もが認識していたが、どうにも彼には無意識に自分の安全を考慮に入れないようで、敵と差し違えるといった戦闘スタイルが常態化していた。

 つまり、彼の言う通り『隊服がなければ何度か死んでいる』そんな危うさを持っているのだが、彼自身がそれを改善できないらしい。


(俺が守らなきゃ)

(私がみんなを守る)

(あたしが守るのか……)


 かい百合香ゆりか優実ゆみは、それぞれがそんな決意を心で呟く。



 双子山、雄岳と雌岳の分岐路でもある標高1100メートルの場所に立ち、かいは約三か月前の死闘を思い出す。


(よりにもよって、この場所かよ……)


 夏至の直後ということもあり、17時という時刻はまだ青空が広がっている。

 通り抜ける爽やかな風を浴びながら、かいは奥手にある裏の登山道から現れる青い熊を幻視していた。


「本格的な登山って、あたし初めてよ」

「この程度の山、登山じゃないぞ」


 やれやれと腰を下ろす優実ゆみに、腰に手を当てた広大こうだいが憮然としながら答える。


「あの時以来だね」


 かいの横に立った百合香ゆりかは、他の二人に見えないように、そっとかいの隊服の裾を掴む。



=========


 連携を深める四人は、これから始まるギルドハンターの護衛任務に向けてそれぞれの考えを話し合う。そんな時、隊長は山核内での一泊訓練を指示する。指定された野営地は、かつて開と百合香が青い熊と戦った場所だった。

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