第13話 山核特別入山協会

「昨夜はどこに行ってたんだ?」


 午前中は自由時間だったため、朝からトレーニングルームで汗を流していたかいは、入室してきた広大こうだいにそんな質問を投げられる。


「どどどどこでもいいだろう」

「動揺し過ぎだって。ひょっとして外にいい人でもいるのか?」

「そそそそんな人いないって」

「まあそうだよな。かいには裾野すそのさんがいるんだもんな」


 ランニングマシーンの上で平静を保てないかいは、隣のマシンで走り出した広大こうだいをポカンとした顔で見つめる。


「……どうしてそこで百合香ゆりかが出るんだ?」

「お前ら、付き合ってるんだろ?」

「付き合ってねーし!」


 かいは、何故だか熱を持つ顔に驚きながら広大こうだいの言葉を否定する。


「ところでここって、恋愛禁止だったりするのか?」

「……知らない。聞いたこともない。なんでだ?」

「あ、いや、望月もちづきさんがさ、恋人は求めてないみたいなこと言ってたし、男女の間にも壁がないっていうか、お前らもあんなに仲良しなのに付き合ってないって言うのは、禁止されてるからかなって思ってさ」

「そんなこと考えもしなかった」

「それに丸山まるやまがさ、望月もちづきさんのこと好きそうだろ? 恋愛禁止だったら大変だろうなって思ったんだよ」


 かいにしてみれば、男女関係だの恋愛関係だの考える余裕もなかったし、六人の生活も自然だったため、ほとんど意識もしていなかった。

 それに、かいにとっての百合香ゆりかは、守るべき対象……のはずだ。


「あたしがどうしたって?」


 かい広大こうだいの背後からそんな声が聞こえ、振り返るとそこには腕組みした優実ゆみ百合香ゆりかがいた。


「べべべつに何も言ってないぞ」広大こうだいが慌てた口調で弁明する。

「ま、べつにいいけど。陰でこそこそ言われるのは慣れてるし」

「か、陰でこそこそなんて……あ、いや、ごめん」


 他でもない広大こうだい自身が、優実ゆみ以上の陰口を叩かれていた経験を持つため、悪意はなくても安易に名前を上げた事を詫びる。


「それに、望月もちづきさんのことは恋愛感情とかじゃないし」

「そうなの?」


 百合香ゆりかは、優実ゆみ宗太そうたに熱い視線を送っている姿から、その好意をまるで隠していないと判断していた。


裾野すそのさんまで……そりゃ、好みの顔だし、助けてもらったし、ここに来るきっかけの一つではあるし、話してみるとやっぱりいい人だし」


 少しだけ夢見心地でそんなことを言う優実ゆみに対し、恋愛感情ってなんなんだろう? と百合香ゆりかは自身の認識との差に疑問を抱く。


「二人もトレーニングか?」


 かいは話題を変える。


「あ、そうそう。隊長に集まるように言われて、呼びに来たの」


 真顔に戻った優実ゆみが答える。



 食堂に全員が集まると、郷原ごうはら隊長が召集内容を説明する。

 曰く、常々話題に上っていた“山核特別入山協会”についての話だった。

 概要はこうだ。

 

 山核に関わる専門の人員(山核隊)以外に、希望する一般人に山核内での活動を認め、これを統括する組織“山核特別入山協会”(通称、山核ギルド)を山核庁の下部組織として設立する。

 山核ギルドは、機能している市区町村の役場の中で、必要な設備や人員を整え、許可された場所を支所として認定し、“一般狩猟者”(通称、ギルドハンター)を募集する。

 希望者には適正試験や経歴調査を経て、合格者に“特別入山許可証”(通称、ギルドカード)を交付する。

 ギルドハンターは許可された山核に、規定ルールの下で活動を許可され、そこで得たドロップ品は全てギルドハンターの所有物となる。

 山核ギルドはドロップ品の売買を請け負い、その取引履歴は山核ギルド間で全ての情報を共有する。

 山核ギルドは、ギルドハンターに対し武器や装備の貸与、販売なども担当するが、民間企業や個人の参入を規制するものではない。


「要するに、実にゲームや物語っぽい仕組みってことだ」


 郷原ごうはら隊長は本部から送られてきたという分厚い冊子を振りながら憮然とした声で言う。


「ゲーム、ですか?」

かいくんはしないの? ロープレとかMMOとか」


 かいの呟きに祥子しょうこがコントローラーを操作するジェスチャーを見せる。


「俺たちの世代って、ゲームどころの話じゃなかったですからね」

「そうなの?」

「うちも、両親や叔母がよくやってたみたいですけど、私自身はしたことないですね」かいの答えに百合香ゆりかも続けて答える。

「それじゃあ、小説とかは? 異世界モノ」

「知識としてはありますが……」


 かい百合香ゆりかの青春は、山核の脅威に対応することが主であり、それが当たり前すぎて、それ以外の娯楽に手をつける余裕がなかった。

 だが、祥子しょうこ宗太そうたにとってそれらの娯楽はまさに絶頂期でもあり、それらに触れていない若者を不憫と感じていた。


「それで、その仕組みが私たちにどう影響するという話です?」


 脱線しつつある会合の主旨を、真鍋まなべ副長が呆れ顔で戻す。


「おお、そうだった。要は、この仕組みの是非はともかく、きちんと運用しようとするとまだまだ時間もかかる。支部を作ったり人員を用意したり、希望者の選定だって簡単じゃない。第一、一番の問題はなんだと思う? 不慣れな一般人がろくな装備も持たず山に入るとどうなる? ほい、片山かたやま

「くっ、安易な入山で魔獣にやられる、です」


 敢えて振ったのかデリカシーがないのか、隊長の問いに、血を吐くような思いで広大こうだいが答える。


「その通り! ただ、ビギナーズラックということで運よく魔獣を倒せたぞ。おお! これは珍しい技能を手に入れてしまった! 逃げよう! だが緊急下山を使ってしまえば没収だ!! さて、丸山まるやま、どうする?」

「……隠れて、救助を待ちます……」


 ノリノリの隊長のセリフになんとなく状況を察した優実ゆみは、遠い目をしながらぼそりと答える。


「おっと、山核の石板を確認したら、帰還限度時間を過ぎても入山者の名前があるぞ? 裾野すその、どうする?」

「救助隊、出動します!」

「ということだ」


 身構えていたかいは肩透かしを食らう。

 どうせ後先考えずに救助に向かうケースを答えさせられると思っていたのだ。


「シチュエーションは分かりますしー、そうなるだろうことは想定できますけどー、まだまだ先の話でしょ?」

祥子しょうこ、慌てるな。つまりだ、そういった様々なケースを事前に検証しようって話しでな、希望者の中から選定した十名を、ハルナフジでテスト運用するんだとさ」

「ハルナフジですと、第一隊の管轄ですよね?」


 隊長の説明に宗太そうたが問いかける。


「まあ、そうなんだけどな。この仕組みって確実に救助隊の出番が多くなるわけよ。つーか、ギルドハンター一人に救助隊が二名体制で張りつけって言われてるんだ」

「それこそ、危険回避なら狩猟隊が担当したほうがいいんじゃないですか?」


 次から次へと開示される隊長の新情報に優実ゆみも反応する。


「それじゃ訓練にならんだろ? ギルド自体が狩猟隊の真似事をするんだ。救助隊は基本的に何もしない。いざというときに緊急下山させたり、自力下山を手伝うんだとさ。第五までの各隊から四名ずつ出すってことになっている」


 隊長の説明にかいたち新人四名は嫌な予感を覚える。


「ウチからの四名って……」


 挙手して問いかける百合香ゆりかの語尾は小さい。


「今期、他の隊は元々四名ずつ入隊させてたろ? どこも新人くんたちが出てくるそうだ。おお、そう言えばウチの新人も四人になったな!」


 隊長の白々しい口調に、新人四人は微妙な顔をしながら視線を絡ませ合う。



=========


 開たちは、隊長から「山核特別入山協会」の話を聞く。その準備段階として十名ほどの希望者に対しハルナフジでテストを行うことになり、そこにハルナ救助隊の各隊から四名ずつ召集されることになり、第五からは案の定、新人四名が担当することになった。

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