第12話 深夜の会合(後)

 かいが神具とは何か想像する前に、卓磨たくまがあっさりと説く。


「使ってるだろ? 隊服」

「へ? 隊服?」

「マジックバッグとか、ブーツとか他にもいろいろあるけどな。神具ってのは山核の外でも効果を発揮する道具の総称だ」


 食品や素材、薬品といった消耗品を除き、山核で得た“山の幸”は山核の外では使えない。

 優実ゆみの技能も山核の外では使えないと言っていた。

 かいの武具も条件を満たさなければ使えないモノだ。

 

「以前、使用権限を付けていると言っていた……」


 かいは、二度目に訪れた際、彼らの成果物には使用権限を付与した上で、山核外で使えると聞いていたことを思い出す。


「そうだ。誰にでも与えられる物じゃない。理由は、分かるだろ?」


 山核で得た力を好き勝手に行使することを、以前に卓磨たくまは“氾濫”と言った。

 氾濫は理不尽な力。

 それによって世界は大きく変化してしまった。


 卓磨たくまがハルナを解放しないで、山核隊に装備を提供しているのは、そんな氾濫に対する反乱なのかもしれない。

 大きく言えば、人類を山核から守りたいと思っているのかもしれない。

 ただ、それを聞いても、きっとはぐらかされるだろう。


「そんなに第五隊が好きなんですか?」


 だからかいも、少しだけひねくれた答えを返す。

 それまで冷笑を浮かべていた卓磨たくまは、そんなかいの言葉に一瞬キョトンとした後、口元を押さえ静かに笑った。


「そっか、俺は奴らのことが好きだったのか」

「あら、気付いてなかったの?」


 卓磨たくまの笑い声に、ずっと黙っていた真理まりも呆れ顔で笑う。


「まあ、そういうことにしておこう。俺はキミらのために、キミらだけが使える神具を創り提供している。で、だ。先ほども言った通り、神具を創るためにはこの程度の魔核ではダメなんだ」


 卓磨たくま郷原ごうはら隊長に託された魔核を弄びながら続ける。


「もちろん。これによって創りだされるモノもたくさんある。それだけでもこの世には本来存在しないものを創りだすことはできる。だが、山核で得られる武具や装備といったモノに匹敵する神具は、それなりの魔核が必要になる。俺が山核を管理しているのは、たまに現れるレアな魔核を手に入れるというのも理由の一つだ」

「……発生させる魔獣の種類とか、設定できるんですよね?」

「もちろん。CPコアポイントの範囲内でな。CP、知ってるだろ?」

「俺はもう残っていませんけど」

「外で武具を使い過ぎたな。まあ、管理するつもりがなければCPなんてその程度にしか使えないんだ。で、そのCPを稼ぐってのは目的というより管理者の責務みたいなものでな、それを使って魔獣を生み出したり、まあいろいろだ。ただ、レアな魔核や褒賞を発生させるってことは管理者にもコントロールできなくてな、ランダムで発生する。そして俺は神具を創る為、それを欲する」

「だから第五に装備を? 救助隊っていうのは隠れ蓑で、魔核専用のハンターをさせてるってことですか? なんでそれを狩猟隊にやらせないんですか?」

「言ったろ? 神具を創るにはレアな魔核が必要だって。あんな大所帯に装備を行き渡らせるほどの魔核が無いんだよ」


 魔核を手に入れるには戦う装備が必要だ。その装備を創るには魔核が必要で、定期的に魔核を手に入れる存在が必要で、それは魔獣を狩るだけの力が必要……。

 鶏が先か、卵が先か、混乱するかい卓磨たくまは続ける。


「さて、山際 開やまぎわ かい。ここでやっとキミの質問に答えよう。結論から言うと、キミの武具はまだ生きている。ただ、使えるようにするには工夫が必要だ」

「工夫?」

「それが、今日ここに来てもらった本題と関係する」


 かいはポケットから、金色に光り輝く魔核を取り出す。

 それは出かける前、卓磨たくまのメールで指定されたモノだ。


『以前、はぐれを倒した際の魔核、俺に預けないか?』


 彼は何をどこまで知っているのか、かいは言い知れぬ恐怖を感じたが、出所が説明できない上に、存在が明らかになっていない金色の魔核だ。売りに出すこともできず、ずっと抱え続けていたものだ。

 そして卓磨たくまは言った。


『三、四等級では、本気の装備は創れない』と。


 これがどのくらいの等級か分からないが、金の熊は、少なくとも双子山で戦った青熊よりは強かった。

 価値はともかく、これを預ける対価として武具を何とかしてもらえないか、と考えてここまで来たのだ。


「これは差し上げます。だから俺の武具を、もう一度使えるようにしてください」


 かいはもう一度同じ願いを伝える。


「キミは何か勘違いしているみたいだが、そもそも山核で得たものは山核の中で使うものだ。それを下界で具現化させようとするからCPを消費する」

「……ですから、そのCPはもう無いんです」

「山核内なら、実体化させるぐらいのことは魔素で代用できる」

「え?」

「どうせ山核内では試してないんだろ?」


 宿舎内の自室でピクリともしなかった武具。

 隊員の皆がいる山核内での訓練中は確かに試してはいなかった。


 その時、空気が変わった。

 薄い膜のようなものが卓磨たくまの方向からかいの後ろを通り抜けていった。


「試してみろ」


 卓磨たくまは真面目な顔でそう言った。

 かいは、何を? と問う前に、彼が先ほど言った言葉を思い出す。


 山核内で試してないんだろ、と。


(じゃあ今、この場所は……)


 かいは魔核をテーブルに置き、袖を捲り、半信半疑のまま両腕の青い痣に手を載せ、声を発する。


「顕現せよ、丁丁発棘」


 それはいつもそこにあったように、かいの両手には久しぶりに実体化した武具があった。


「そういうことだ。実体化だけでもそれなりに使えるだろうさ。それでも長時間は使えないし、ましてや特殊効果は望めない。魔素の量と使い方次第だろうけど、恐らく十分程度で限界がくる。そしてしばらく使えなくなる」

「……使えない?」

「入山許可証の緊急下山と同じ。あれも丸一日のクールタイムってやつがあるだろ」

「なるほど……」


 顕現できることが分かっても、このままでは思うように使えない。

 それでも、いざというときの切り札になる。それを教えてもらえただけでも、かいにとってここに来た意味はあった。

 かいは“丁丁発棘”の具現化を解き、卓磨たくまに向き直る。


「一つ聞いてもいいですか? 二か月前、双子山でこれを使った時、CPが少し復活したんです。あれは卓磨たくまさんが?」

「CP譲渡という管理者が持つ権限の一つさ」

「……では、これはあの時のCP代と、今日の情報量ということでお渡しします」


 かいは金色の魔核を卓磨たくまに手渡す。


「こちらとしては拍子抜けだが、キミはそれでいいのか?」

「俺にはそれを使う方法がありません。これまでもただ、眺めているだけでしたから。卓磨たくまさんに託した方が世の中のためになりそうです」

「世の中の、ため、ね」卓磨たくまは苦笑する。

「違うんですか?」

「さあな。どんな行動が、どんな結果が、世の中のためになるのか、俺には皆目見当がつかないだけさ」


 卓磨たくまかいから受け取った金色の魔核を手のひらの上で弄びながら、そう笑う。



 物部もののべ設計事務所を出る時、薄い空気の膜を越えたような気がした。

 見送りに出てくれた真理まりが説明してくれる。


「山核の範囲、多少は調整できるのよ。なにせ、力を使うには山核の中じゃないとね」

「……氾濫に、なるから?」


 以前に卓磨たくまが言った、山核の外で“山の幸”を使うのは氾濫と同じだという言葉を思い出す。


卓磨たくまさん流に言うとね、ノブレス・オブリージュなんだってさ」

「のぶれす?」

「力を持つ者の義務と責任。そして矜持」

「よく分かりません」

山際やまぎわくんが卓磨たくまさんや私のことをどう思うか分からないけど、一つだけ覚えておいて。私たちも、あなたが救助隊にいる理由と同じ理由を持っていることを」


 おやすみと言って真理まりが家に戻り、扉が閉まった後に自身が告げた理由を思い出す。


 彼女を守ることを第一に考えてます。他は全部ついでです、と。



=========


 開は救助隊に与えられた装備のいくつかが神具であることを知る。そして、山核内であれば武具が具現化できることも。

 それらの情報の対価のつもりで、以前手に入れた金色の魔核を卓磨に託す。

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