第11話 深夜の会合(前)

「いらっしゃい、どうぞ」


 かい物部もののべ設計事務所の玄関にあるインターフォンを押す前、ドアはそっと開き、中から真理まりが微笑んだ顔を覗かせる。

 今日の彼女はメガネをかけていなかった。


「……こんばんは、お邪魔します」


 促され、殺風景な部屋に入ると、案の定いつもの位置に、いつも通りのメガネをかけた切磋卓磨せっさたくまが立っていた。

 真理まり卓磨たくまもカジュアルな部屋着のような恰好だった。


「遅くに悪いな」


 百合香ゆりかを伴わない一人での来訪だったため、どんな対応をされるのか不安に感じていたかいは、その柔らかな労いの言葉に溜めていた呼気を吐く。


「ホント、ごめんね。いきなりで」


 真理まりはいそいそとお茶の準備を進める。


「あ、いえ、驚きはしましたけど、俺もお会いしたかったので」


 夕食前、百合香ゆりかから渡された真理まりのアドレスに連絡を入れたのは、半ば礼儀のようなものだった。山際 開やまぎわ かいです。先日はありがとうございました。と簡単に紡いだ言葉に対し『今日の夜23時過ぎに、百合香ゆりかに内緒でウチに来て。郷原ごうはらさんには言っておくから』とすぐに返事があった。

 どんな要件ですか?

 と送っても、それ以降返事はなかった。


 夕食後、こっそり郷原ごうはら隊長に声をかけると、


「ついでにこれを持って行ってくれ」と以前にお使いで持ち帰った布製のトートバッグを渡されながら説明を受ける。

「それとな、夜だから家の前まで車で上がれるぞ。イカオの駐車場から少し下りた先にロープウェイ駅へ向かう十字路があって、夜間は通れるようになってるんだ」


 どうせ詳細を訪ねても回答はないのだろうと思いながら隊長と別れ、22時過ぎまで自室でいろいろと考えながら過ごしていた。

 私服に着替え、そろそろ出かけようとしたころ、かいのスマホがメールの着信を伝える。

 そこには、卓磨たくまからのメールがあり、その文面はかいを驚かせるものだった。



「あの、まずはお礼を言わせてください」


 お茶が入るまでの時間は沈黙で、ここに至るまでの回想をしていたかいは再起動して重要な用を済ます。


「お礼?」


 卓磨たくまは首を傾げる。


「いただいた薬で、父を治していただきました」

「……ああ、あれ、効いたか?」

「三年以上昏睡していた患者が元気に起き上がりました」

「ドロップの三等級回復薬だったんだが、使いどころがなくて死蔵してたヤツだから気にしなくていいぞ」


 あれで三等級ということは、特級になるとどうなってしまうのか、また、三等級であっても、あれだけの効果が生まれることにかいは改めて驚かされる。


「それでも、ありがとうございました」かいは深々と頭を下げる。

「キミは、救助隊を辞めずに済みそうか?」


 卓磨たくまの質問に、彼の前でそんな話をしただろうかと違和感を覚えながら


「はい。これでしばらくは救助隊として集中できます」とかいは答えた。


百合香ゆりかはどう? 無茶してない?」


 真理まりがお茶をかいの前に置きながら静かに聞く。


「無茶には程遠いですね。いつも冷静で、安全マージンもたっぷりとっています。でも装備が優秀なおかげでたまに油断してしまうのは事実です。今日も、今日から新人が二人入ってきたんですが、ずっと二人で連携していたこともあって、新人を危険に晒してしまいました」

「危険といっても隊服を着ていれば怪我はしないだろ?」

「あ、そうですね、隊服のおかげです……」


 かいは自省の気持ちから、昼間の一連の顛末を説明する。但し、優実ゆみの技能については敢えて触れなかった。

 夕方の隊長や副長への報告でも、傷跡が無い以上、怪我はなかったとしか言いようがなかったからだ。


「まあ、新人同士の連携はこれからとして、少なくともキミと百合香ゆりかの連携には問題はないのだろう? 双子やソウマの魔獣ぐらいならばなんとか対応できそうか?」

「……できる、と言いたいところですが、あの時の熊には、対応できる自信がありません」


 俺の訓練所はどうだ?


 かいにはそんな質問に聞こえたため、あれ以来出会っていない強敵の魔獣を引き合いに出す。

 武具の力を存分に使ってやっと倒せた相手だ。

 現行の装備では、あれに勝つどころか戦うという判断にすら至れないと思っている。


「もっと、強い武器が必要だと?」

卓磨たくまさん。あなたには本当に感謝しています。それと、俺はこれからも百合香ゆりかを守りたいと思っています」

「おいおい、救助隊の隊員が救助対象に個人名を挙げるなよ」

「いえ、俺がいま救助隊をやっていられるのは、彼女のおかげでもあります。だからまず彼女を守ることを第一に考えてます。他は全部ついでです」


 かいにとって暗闇の三年半。望まぬ“山の幸”を黙って持ち続けた理由は、あの時彼女を守るために必要な力だったと思うことができた。ただ、それは必然でも運命でもなく、そう思い込みたいだけなのかもしれない。

 それでも、全ての人を助ける。より、よほど健全な行動規範であると思えていた。


「ついで、かよ」卓磨たくまは面白そうに笑う。

「だから、お願いです。俺の武具をまた使えるようにしてもらえませんか」


 かいは核心に触れる。

 彼らにどんな用があるのか分からなかったが、一人で来る機会だからこそ、百合香ゆりかに否定されそうなお願いをするチャンスを生かしたかった。

 あの時、枯渇したCPが少しだけ戻ったのは、卓磨たくまの声が聞こえた時だ。

 武具のこと。

 山核の管理者が取得するCPのこと。

 そして、卓磨たくまからのメール。

 それらを踏まえかいは、卓磨たくまには武具をなんとかできる力があると確信していた。


「武具、ねぇ」卓磨たくまはそう呟いてお茶を飲む。

「ほら、山際くんも飲んで」真理まりに促され、かいはカラカラの喉にお茶を流し込む。


郷原ごうはらから、何か預かってないか?」


 卓磨たくまは話題を変えてかいに尋ね、かいもまた、肩にかけていたトートバッグを黙ったままテーブルに載せる。

 卓磨たくまはバッグの底に手を入れ、そこから数個の魔核を取り出す。


「魔核?」

「なんだ、聞いてなかったのか?」


 拡張バッグに何が入っているのか疑問にも思わなかったかいは、その中身に驚きながら、以前、このバッグで持ち帰ったものを思い出した。


「それが、装備の代価ってことですか?」


 本来、山核で確保された魔核は正規ルートで買い上げられ、それは様々な企業や研究機関などに送られている。

 等級によっては数千万の値が付いているという話もあった。

 だが、公表されている等級や属性以外のものは、売却するルートはおろか、誰に相談できるものでもなかった。

 例えば、金色の魔核など。


「なるほど、俺たちが創る装備の代金だと考えたわけだ。まあ、間違っちゃいないが、三、四等級では俺たちのの装備は創れない。せいぜいがトレッキングポールくらいさ」

「……本気の装備?」

「キミは、俺たちがどんな力を持っていると思ってる?」


 卓磨たくまは以前見せた猛獣のような目でかいを見つめる。

 ここから先は、戻れない。

 かいは何故だかそう確信していた。


「……ハルナの山核管理者であり、技能“道具設計”を持っている」


 かいは、端的に自分の理解を告げる。


「概ねその理解でいいが、持っているのは“技能”じゃない“職能”だ」

「職能?」


 もちろん聞いたことはある。

 入隊試験でも出るくらいの既知の情報だ。

 ただ、そういった概念を知っていることと、それが実際にどういったものであるのかという理解には溝があり、その深さや距離は計り知れない。


「簡単に言うと、一級以上の魔核を触媒にして神具を創れる」

「……神具?」


 その意味を持つ語句が当てはまるまで、かいは若干の時間を要した。



=========


・開は真理と卓磨に呼び出され、深夜、一人で物部設計事務所に訪れる。

 隊長に預かった魔核を見て、それが彼らの装備の元になっていると理解した開は、過去に手に入れた魔核と引き換えに、使用不能になっている武具をなんとかしてほしいと卓磨に願う。

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