第10話 魔核

 四人は倒した魔獣の魔核を拾い、休憩を取る。


「これが、魔核……」

「そっか、片山かたやまくんは初めて見る?」

「ああ、うん。資料とかはあるけど、実際に手にしたのは初めてだ。これって等級はどのくらいになるんだ?」

「水の三級だと思う」

「そうそう、犬は三級だな」


 広大こうだいが手のひらに載せた魔核を眺めながら聞き、百合香ゆりかかいが質問に答える。

 魔獣や魔樹を倒すと必ずドロップする魔核には、五つの等級と七つの属性があると言われていた。

 等級は上から順に、特級、一級、二級、三級、四級。

 属性は、赤色の火、青色の水、藍色の気体、緑色の樹木、黄色の金属、白の光、黒の闇。


「三級かぁ、初めて見たよ」優実ゆみも自分で倒した魔獣の魔核をまじまじと見る。

「これで、いくらになるんだ?」


 広大こうだいの質問にかい百合香ゆりかは顔を見合わせる。


「さあ……」「どうなんだろう」

「討伐清算してるんでしょ? ドロップ品の買い取りも」


 かい百合香ゆりかのはっきりしない言葉に優実ゆみが疑問をぶつける。


「あ、俺たちの場合、魔核は全部、部隊のものとして提出してるんだ」

「へ? それじゃあ追加報酬は?」


 かいの言葉に優実ゆみは質問を重ねる。

 

「提出した魔核分が給料に加算されてるよ」

「入山許可証の討伐記録を見せず、自己申告?」

「ああ、魔核の数で討伐数は分かるし、それ以外のドロップ品は個人の物でいいって言われてる。もっとも魔核以外のドロップはまだ取れてないけど」


 優実ゆみのいた狩猟隊では、基本給の他に討伐手当があった。ただそれは全て入山許可証の記載情報を見せることで支払われていた。

 確かに、かいの言う通り、魔獣を倒したのならば魔核の提出で討伐記録は代用できる。だが、それは魔核をしっかりと持ち帰れた場合の話だ。

 倒しても、緊急下山で山を下りる場合、魔核は持ち帰れない。

 故に、カードに記載された討伐記録が討伐報酬を得るための事実情報だった。


「ちなみに聞くけどさ、この隊の緊急下山率ってどのくらい?」


 優実ゆみは前隊の緊急下山率が確か75%を越えていたと記憶していた。


「俺たち? 最後に使ったのって、カードをもらった時だよな」


 かい百合香ゆりかに同意を求める。


「うん。緊急下山って、あれは緊急時に使うんでしょ? あーそうでもないか、祥子しょうこさん、疲れたーって言って偶にに使うもんね」


 百合香ゆりかは思い出して笑う。


(疲れたら、使う?)


 優実ゆみにとっては笑いごとではない。

 狩猟隊では、対峙する魔獣の等級は最低の四級ばかりだ。

 にも関わらず、多くの場面で緊急下山が使われた。

 それは魔獣を倒せないと言うよりは、簡単に怪我をするからだ。

 基本的に五人で小隊を組んでいて、一人でも負傷すれば山核を降りた。その怪我の程度によってはすぐに緊急下山が適用された。

 怪我とは、行動を阻害し、恐怖を誘発し、隊のパフォーマンスを簡単に下げる。

 だから優実ゆみが得た治癒の技能は特別なものなのだ。


 だが、その力を持っていないにも関わらず、救助隊の面々は三級からさらにその上の等級の魔獣と戦っても、自力で下山している。

 その事実に優実ゆみは戦慄する。


丸山まるやま、どうしたんだ?」


 硬直する優実ゆみ広大こうだいが問いかける。


「え、いやだって、片山かたやまくんはおかしいと思わないの? この隊って狩猟隊なんか比べものにならないくらい強いってことだよ?」

「なんだよ、さっき車の中で自分で言ったじゃないか。救助隊第五隊は、全員が異能持ちの特別な集団だ、って」


 優実ゆみの問いに広大こうだいが苦笑しながら答える。


「あたしが言ったのはそういう意味じゃなくってね……あのね、狩猟隊はね……」


 優実ゆみはそれから、三人に向かって狩猟隊の状況と、第五との能力の差を力説する。

 周辺警戒をしながらそれを聞いた三人は、それぞれ反応する。


「俺は狩猟隊も一日だけだったし、比べようがないからさ、ここで強くなるよ。かい裾野すそのさんも戦い始めたのはここが初めてなんだろ?」

「……ああ」「……うん」かい百合香ゆりかも目を逸らし答える。

「なんだよ変な顔して」

「自慢じゃないけど、素人だったのは間違いないよ」


 かいはそう言って笑い、百合香ゆりかも首を縦に振る。


「そんな二人がさ、二か月で三等級の青犬を倒せるんだろ? 確かに装備のおかげもあるんだろうけど、俺だって強くなれると思ってもいいよな」


 かい百合香ゆりかは、実際に山核に入ったその日の内に、犬どころか熊まで倒していたが、敢えてそのことには触れずに黙っていた。


「みんなに異能はなくても、ここじゃあたしの技能も目立たないね」


 優実ゆみは苦笑気味にそう言いながらも、落胆したり残念に思う事はなかった。


「目立つ目立たないは抜きにしても、私はそれ、すごいと思うし、いざというとき頼らせてほしいな」


 それでも百合香ゆりかにそんな風に言われたことで、自分自身が認められたような気がして嬉しくなった。

 同時に、技能を取得している人間がどう思われるか、必要以上に気にしていた自分に気付く。


(なんとか、やっていけそう)


 優実ゆみの中で主張していた顔に現れない不安が、ずいぶんと小さくなっていた。


 四人はそれから魔樹とも戦った。

 破裂する実を放出する中距離攻撃型の相手だったが、遠距離からの“射”で削り、広大こうだいの腰の引けた斬撃で止めを刺した。

 緑色の四級という魔核ではあったが、彼は初めて手に入れた魔核を、両手で大事そうに握りしめていた。



かいくんが青三を2個、百合ゆりちゃんも青三が2個、丸山まるやまさんが青三を1個で、片山かたやまくんが緑四を1個、と。はい確かに受領しました」


 宿舎で真鍋まなべ副長に魔核を提出した面々は、装備を装備室で洗浄の後に返却し自室に戻る。

 広大こうだい優実ゆみかい百合香ゆりかに指導を受けながらリュックの内容物や消耗品の補充など一連のタスクを済ませ、夕食までの自由時間を過ごす。


 百合香ゆりかは自室に置きっぱなしだったスマホのメールを確認し、昨日に引き続き真理まりからのメールが届いていることに気付く。


 内容は『山際やまぎわ少年に、私のアドレスを教えておいて』というものだった。

 それはつまり、百合香ゆりかを経由しない連絡手段の構築だ。


 思わず反射的に『どういうこと?』と送ってしまった。


『他意はないわよ。なんなら卓磨たくまさんのアドレスでもいいのだけど、あの人めんどくさがりだから(笑)』とすぐに返信が届く。

かいに何か用なの?』

『用というわけじゃないけど、連絡手段は確保しておきたいだけよ。ちなみに宗太そうた君や祥子しょうこちゃんのアドレスも知っているわよ』


 そんなやりとりを経由すると、百合香ゆりかの中存在したモヤモヤした疑念は陰を潜めていた。

 百合香ゆりかは、真理まりのアドレスをメモに書き写し、別棟にあるかいの部屋に向かう。


「はいはい、って、どした?」ノックをするとすぐにドアが開き、隊服のままのかいが顔を出す。

「ちょっといい?」


 隊の規則として異性の部屋に立ち入ることは原則禁止であるため、かい百合香ゆりかの要請に応じて廊下に出る。

 廊下の左右を見回した百合香ゆりかは、真理まりからのメールについてかいに説明する。


「はあ、アドレスを教わるぐらい大したことじゃないだろ? もし百合香ゆりかに何かあったら俺だって物部もののべさんのところには連絡したいし」


 かいにそう言われると、自分の懸念が途端に意味深いモノに感じられて百合香ゆりかは悩む。


「とにかく。私の悪口でも言われちゃたまらないから、どんなやりとりをしたか、教えてほしいんだけど」

「悪口? 褒めることや感心することしかないけど?」


 かいはキョトンとした真顔で返すから、百合香ゆりかは急に自分の過剰反応が恥ずかしくなった。


「と、とにかく! あの二人のことと、私たちのことに隠し事はなし!」


 百合香ゆりか真理まりのアドレスを記載した紙片をかいに押し付け、背を向ける。



=========


・広大と優実は見たこともない等級の魔核を見て、改めて第五のメンバーの強さを実感する。特に優実は、自分が得た技能を使う機会は少ないと判断していた。

 宿舎に戻ると、百合香のスマホに真理からのメールが届いていて、開に真理のメールアドレスを伝えてほしいという内容だった。

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