第9話 四人の連携

 駆け戻るかいを見ながら、百合香ゆりか広大こうだい優実ゆみに指示を出す。


「私とかいで対処するから二人は十メートルほど下がって、後方監視をしながら見てて。くれぐれも“射”は撃たないでね。隊服で防げるけど、同士撃ちって怖いのよ」


 百合香ゆりかは落ち着いた声と微笑で二人に語りかける。


「もし俺たちのところに来たら?」

「そうさせないつもりだけど、突と斬なら使ってもいいよ。ただできれば戦わず逃げて。それも訓練になるから」


 広大こうだいの問いに百合香ゆりかは簡潔に答え、前に出る。

 走り戻るかいの後方に五体の青犬。

 そのクリスタルのような青に染まる威容は神秘的で、広大こうだい優実ゆみも恐怖より畏怖を覚える。

 その造型は山核が生み出したもので、山核という理不尽な力を少しでも知っているからこそ、その身に秘めた力を勝手に想像し、緊張が拡大していく。


 かい百合香ゆりかはそのケモノたちに対し気負うことなく正対する。

 二人が持つのは新人が与えられる青いトレッキングポール。

 

 以前、百合香ゆりか真理まりにもらったお守りに入っていたものは、双子山で一つは紛失し、百合香ゆりかが使用した赤いポールも破損してしまっていた。


 その後、隊で支給されたものは青のポールで、突、斬に加え射が付与されていた。

 かいは、祥子しょうこ宗太そうたが使用しているウォーターガンに憧れを抱いたが、新人にはまだ使用許可が下りていない。

 理由は、さきほど百合香ゆりかが懸念した通り、強力な遠距離攻撃による同士撃ちを防ぐためだ。


 ただ、これまでの二か月で、かい百合香ゆりかもずいぶん慣れた。

 青のトレッキングポールだけで、青い犬を問題なく狩れるほどに。


 相対距離20メートルほどの距離で、五体の犬が二列で走り出す。

 かい百合香ゆりかもポールを水平に構え、射を放つ。

 犬の動きは直線的だ。

 近接になると跳躍や四肢による高い機動性を誇るが、ある程度の距離があれば、かなり落ち着いて当てることができる。

 ただ連射はできないため、単射後は突の準備。

 直撃を与えた前列の二体が崩れ落ちる中で、後列にいた三体が跳躍する。

 どんなに速くても、魔獣も物理法則に規制されている。

 よって空中で軌道を変えることはできない。


 かいは後方に控える新人に脅威を感じさせないため、斬で二体を斬り払う判断をして振りかぶる。

 百合香ゆりかはそんなかいのモーションから行動を察し、邪魔にならず確実に残り一体を倒すため突の構えを取る。

 斜めに青い剣線が走り、鋭い刺突が残像を残す。


「浅い! 後ろ!」


 かいの手の中に残った手応えは、二体分ではなかった。

 一体はかい百合香ゆりかの間を抜け、後方を狙っていた。


 以前に戦った時も、魔獣はより脅威度の低い方を狙う傾向がある。

 これまではかい百合香ゆりかの二人で対処することが多く、その事実を失念していた。


 抜けた一頭が向かう先に広大こうだいが立ちふさがる。


「うおぉぉりゃあぁぁぁぁぁぁ!」


 過緊張の中で大振りに振るったポールは犬との距離も位置も合わず、彼はバランスを崩す。

 その肩口に前脚をひっかけるようにして跳躍した犬は更に後方を狙う。その先に優実ゆみ

 大口を開けて迫る青犬に、優実ゆみは両手で固定したポールを刺し入れる。

 口から背中に抜けた一突きは犬の勢いを殺し切れず、牙の先端が優実ゆみの素手の右手に届く。

 だが、犬の一矢はそれで終わった。

 死亡判定が下され、光の粒子となって霧散する。


丸山まるやまさん!」

広大こうだい!」


 青犬の攻撃開始から数秒足らずの一瞬の攻防が済み、かい百合香ゆりかは新しい同僚に駆け寄る。

 かいが倒れた広大こうだいを、百合香ゆりかが座り込んだ優実ゆみの元へ。


「だ、大丈夫だ」肩を抑えながら広大こうだいが立ち上がる。

「あたしも、だいじょうぶ」優実ゆみが左手で右手を抑えながら顔を上げる。

「血が出てるじゃない!」


 百合香ゆりかがリュックを降ろしながら優実ゆみの傷を見る。


「……俺の肩、なんともなってない?」

「犬の爪や牙くらいなら、隊服で防げるんだ。でも、露出してる部分は完全には防げない」


 広大こうだいが自身の肩を不思議そうに眺め、かい優実ゆみを見ながら悔しそうに呟く。

 これまでの二か月、安全マージンを取っていたし、先輩方のフォローもあり、誰かが怪我をする場面は存在しなかった。


「え? なんで?」それは百合香ゆりかの声。


 そんな驚きに満ちた、間が抜けたような声を聞いたのは初めてかもしれないとかいは思った。

 そして、その理由の元を見る。

 百合香ゆりかがリュックから取り出した救急キットを広げる前に、優実ゆみの出血は治まっていた。

 左手で撫でさする右手には、その出血をもたらしたはずの傷痕が見当たらない。


「これがあたしの技能“応救処置”って言うの。初めて使ったんだけどね」


 優実ゆみは少しだけ複雑そうな顔をしながら微笑んだ。

 ばれてしまったか。これが除隊騒ぎまでした原因です。特別な力。山の幸。

 優越感とも、罪悪感ともとれる表情に加え、疎外感も浮かんでいるように思える。


「す、すげえ! なにそれスゲエじゃん! え、自分だけ治せるのか?」


 実際に、武具という“山の幸”に触れていたかい百合香ゆりかが一瞬だけ躊躇していると、広大こうだいが目を輝かせて優実ゆみの元に駆け寄り、その右手に触れる。


「え、いや、自分だけじゃなくて、他の人も治せると思う」


 優実ゆみとしては半ば無意識に発動した技能だったため、仕方なしと覚悟を決めた告白だったが、広大こうだいにとっては、欲しかった玩具を見せてもらった少年の如き満面の笑み。


「ホントだ、血の跡はあるのに、どこにも傷跡がない。すげえ、すげえよ……」

「あ、あのちょっと、片山かたやまくん」

「はっ! あ、ゴメン俺つい興奮して!」


 浮されたように恍惚の表情で優実ゆみの右手を擦っていた広大こうだいが、優実ゆみの指摘に我に返り慌てて飛び退すさる。


「でもほんと凄いね。どのくらいの治療ができるの?」


 そんなやりとりのおかげで冷静さを取り戻した百合香ゆりか優実ゆみに聞く。


「なんとなくだけど、致命傷じゃなければ、なんとかなると思う。腕が取れても、生やすことはできないけど、くっつけることぐらいはできると思う」

「治癒の魔法ってやつか。とんでもないな」

「山核の中だけだけどね」


 優実ゆみの説明にかいの口からも感嘆の言葉が零れる。

 優実ゆみは山核内だけと言うが、その力が山核内でどれだけの有益性を持つか本人も正解には理解できていない。

 これまで負傷した場合の選択は、緊急下山一択だったのだ。

 それが、こんな一瞬で治療できるのであれば、山核内での行動継続性はまったく違う状況になるだろう。


「それはそれとして、さっきはゴメン。判断が甘かった。二人は元狩猟隊だったのにね」


 百合香ゆりかの謝罪は広大こうだい優実ゆみに向けてのものだ。

 初めてということで戦術に組み込まなかったことを詫びる。


「そりゃ、まあね。装備は違うし魔獣の種類も違うけど、一応二か月程度はちゃんと訓練もしたからね」


 優実ゆみは気を張って笑うが、犬の魔獣は初めてで、無我夢中で体が動いただけだった。正直な話として少し腰が抜けている。

 ただ、技能を手に入れてから多少なりとも気持ちにゆとりがあるのも事実だ。

 それがあったからこそ、カモン岳で宗太そうたに助けられるまで、魔獣を倒しながら籠城を続けられたのだ。


「……俺は、ダメだな。何もできなかった」


 広大こうだいはうなだれる。

 この特製の隊服を着ていなければ先ほどの攻防で死んでいたかもしれないのだ。

 そして、剣を振るような行為、ましてや動いているものに当てるという芸当は簡単なことではないという事実に打ちのめされていた。


「なかなかマンガやアニメのようにはいかないってことさ」


 かい広大こうだいを立ち上がらせながら彼の背を叩く。



=========


・新人四人のチームに襲い掛かる魔獣。開と百合香はそれまでの連携で倒せると考えたが、魔獣は弱いユニットに狙いを定めた。優実はそれまでの経験を活かして倒すことができたが負傷する。そして“応救処置”という技能が発動した。

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