第3話 夜のドライブ

 夕食後、ジャンケンに負けたかいがコンビニにアイスを買いに行くことになり、百合香ゆりかがお供を申し出た。


「まだ涼しいのにアイスなんて」

「え? アイスって一年中楽しむものでしょ?」

「一年中? 冬も?」

「炬燵に入って食べるアイスは最高の贅沢」

「女性の感覚はよく分からん」


 念の為私服に着替え、車に向かいながらかい百合香ゆりかは自論をぶつけ合う。


「そもそもさ、コンビニにアイスを買いに行くって初めてだぞ」

「そうなの? ハルナレイクのコンビニは下に比べて品ぞろえが豊富だよ。棚も半分以上埋まってて驚いたし、おにぎりやパンなんかも毎日入荷してるんだよ」


 氾濫以降、多くの企業や工場が機能を停止し、物流の混乱と共に街から様々な商品が姿を消した。

 政府の主導により国営化された企業に、原材料や電力といった資源を融通し、食品を初めとした生活必需品の生産を優先した結果、かろうじて生活圏にいる人々の需給は確保できていた。

 ただ、食を楽しむといった文化は一部の特権で、庶民の多くが口にするものは、栄養に特化し保存性に優れた携帯食料や、保存米といった非常食に近いものが多かった。それらのほとんどは味や嗜好性の考慮は二の次だ。


 また、職や収入、財産を失った人たちは、食事や生活必需品の多くを配給によって賄われ、自分で購入するという機会が減少した。

 よって小売店やコンビニといった場は、地域の配給エリアとしての役割として機能し、個人が選んで買える商品の数は少ない。

 

 それでも最近になってから、菓子類の充実は加速度的に進み、氾濫の心配がない平地、特に都心部では多くの専門店が自由に営業できていた。


「ここの夜景もきれいだよね」


 かいの運転する車の助手席から、ハルナレイクの湖上に映る繁華街の灯りを眺め、百合香ゆりかはぽつりと呟く。


「昔はさ、夜景をわざわざ見に行ったらしいよ。山の上に」

「うん、覚えてる。アカギ山の中腹から関東平野を見下ろしたことがあるんだ」

「アカギ山か……あそこも全然攻略が進んでないみたいだよな。まさか、あの山も卓磨たくまさんたちが?」

「それはないと思うよ。麓は普通に氾濫してるし」

「そう言えばアカギで大きな氾濫があったよな」

「うん。四年前、山核発生から二か月後」


 かいの質問に百合香ゆりかは即答していた。

 忘れたこともない。忘れるつもりもない事象。

 なんとなく堅くなった空気は、目的地に到着するまで沈黙と共に続いた。


「いらっしゃいませ」


 まだ21時前とはいえ、男性店員が二人でレジにいる光景に、さすがハルナレイク、治安がいいとかいは感心する。

 これが地元だと、コンビニの出入り口とレジ内に、完全武装の自衛隊員と警官が複数、目を光らせているのだ。


 がらがらの書籍棚を眺め、企業ロゴのない生活用品を横目に、飲料コーナーや菓子棚付近をゆっくり歩く。

 客は他に三人。二十歳過ぎの女性と、かいたちと同年代、迷彩の隊服の男性が二人、それぞれ夕食か夜食を物色していた。

 男性二人は連れのようで、少しアルコールも入っているのか、他人に聞かれることなどまるで頓着しない会話をしていた。


「間違いねーよ。あいつがカード無くすわけないじゃん」

「でも調べようがないんだろ」

「だから無理矢理にでも再発行させりゃいいんだ。そうすりゃ全部分かる」

「たとえ何かをもらったとしても、除隊は自由だろ?」

「そうだけど腹立つじゃん。オレだって五体も倒して魔核だって手に入れたのに、強制下山させられて、あいつだけ救助されて、挙句、もう怖いので辞めますなんておかしいだろ?」


 かい百合香ゆりかは視線を合わせ、それが先ほど話題に上った狩猟隊の女性隊員のことだと察していた。

 多くない種類のアイスを物色する素振りのまま、二人はなんとなく男性たちの会話を聞き続けていた。

 ただその会話は同じことの繰り返しをただ愚痴るだけの、情報量としては多くない内容だった。


 かき氷系のカップアイスを六つ購入し、車に乗り込んだかいは口を開く。


「なんらかの技能を手に入れたってことかな?」

「可能性としては、あると思うよ。除隊理由もカードの再発行をしたくないからかもね」


 かい百合香ゆりかの返答に対しエンジンをかけながら考える。

 他でもないかい本人が、山の幸を手に入れて誰にも言えずにいた。もし救助された少女がそれを手に入れて黙っていたとしてもそれを非難することはできない。


「って、技能ってカードに表示されるのか!?」

「ま、前見てよ! 前!」

「あ、ゴメン。え、技能とか山の幸ってカードのどこに表示されるんだ?」

「裏面の液晶っぽい画面の上にボタンがあるでしょって、隊長に説明されたじゃない」

「表示されるのは行動ログだけだと思ってた……スクロールすると討伐記録も見れるし、そもそもこれって隊長とかにも見せてないけど、いいのかな」


 かいはシフトノブから左手を離し、胸ポケット内のカードを指差す。


「武具のこと、結局、言ってないんだ」

「使えないから、言う必要もないかなって」


 かいはポケットから入山許可証を取出し百合香ゆりかに渡そうとする。


「俺の武具が載ってるかちょっと見てよ」

「他の人に表示部の操作はできないよ」


 百合香ゆりかは笑いながら受け取りを拒む。

 カードを安易にやり取りする関係になるのは困ると思った。



 宿舎に戻り、少し溶けかけたアイスに文句を言われながら談笑し、話題は狩猟隊の少女の件に移る。

 かい百合香ゆりかがコンビニで聞いた話を上げ、その可能性を問う。

 なにせ、彼女を救助した張本人がいるのだから。


「その可能性は十分あるだろうね」


 宗太そうたは何も特別なことじゃないと落ち着いた声で答える。


「でも、それならなんで隊を辞めるんです?」

「だからカード再発行でばれるからでしょ? 狩猟隊にプライバシーを尊重するって観念はないからね」


 かいの質問に祥子しょうこがうんざりとした口調で答える。


「なんでばれちゃまずいんです? その力を使って狩猟隊で頑張る訳にはいかないんですか?」

「それを君が言いますか……」

「へ?」


 続くかいの質問に祥子しょうこはさらにうんざりとした声で閉口する。


山際やまぎわ、お前、狩猟隊に受かってたらどうだった?」


 隊長は少しだけ愉快そうな顔でかいに聞く。

 かいは先ほどの百合香ゆりかとの会話を思い出し青褪める。

 カードに記載された武具。

 それの出所を聞かれどこまで答えることができただろう。


「狩猟隊に受かってたら、俺のアレが……」そこまで呟きハッと口を塞ぐ。

「大丈夫よ。安心して。ウチは隊員個人のプライバシーは尊重してるから」


 真鍋まなべ副長が笑いながら言うが、それはつまり、かいがなんらかの山の幸を取得し、それを秘匿し続けていることを、隊の誰もが知っていることを示していた。


「プライバシー、尊重するけど、守らない」祥子しょうこが五七五調でからかう。

「良かったね救助隊でさ」


 そんな宗太そうたの声に、かいは自分と狩猟隊の少女を比べてみる。

 かいはミョウギを解放することでその武具を褒賞として得たため、取得は強制みたいなものだった。

 少女はどうなんだろう。

 彼女が何らかの山の幸を得たと仮定した場合、彼女が救助を待ち続けたのはそれを確実に持ち帰るためだ。

 自力で下山した人に、その恵みは正式に与えられる。

 そしてそれを公表しないのはなぜだ。

 山の幸は山核の中でしか使えない。そして現行法では入山許可証が無ければ山核に入れない。


「じゃあなんのために除隊するんだ?」

「山核特別入山協会だっけ? そっち狙いなのかも」


 かいとしては独り言に近い呟きに、百合香ゆりかも小声で反応する。



=========


・夜、ハルナレイクのコンビニに出かけた開と百合香は、そこで狩猟隊の少女が山の幸を手に入れたのでは? という噂を聞く。入山許可証には山核で得た技能などを表示させる機能があり、狩猟隊では報告が義務付けられていた。

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