第2話 訓練の日々

「ところでこのカードって無くしたらどうなるんですか?」


 ソウマ山での訓練から帰還した登山口で、討伐記録を眺めていた山際 開やまぎわ かいは、ふと浮かんだ疑問を先輩隊員に投げかける。


「除隊だな」

「厳罰ね」

「夕飯抜きよ」

「再発行してもらえるよ」


 郷原ごうはら隊長、真鍋まなべ副長、湯狩祥子ゆがりしょうこが真面目な顔で答え、最後に望月宗太もちづきそうたが苦笑で告げる。


「再発行ですか……この、いろんな記録とかは?」


 裾野百合香すそのゆりかは四人の中から正解者を読み取り、宗太そうたに追加質問を投げる。


「ネットと同じようなものみたいだよ。カードはただの端末で、山核に関わる情報の全てはクラウドみたいな感じでどこかに保存されているらしいよ」

「まあその通りなんだがな、実際問題、紛失届けやら始末書やら再発行申請書やら手続きが面倒なんでな、無くすんじゃねえぞ?」


 宗太そうたの真面目な回答に、つまらなそうな顔をした隊長が威嚇しながら釘を差す。


「そ、それはもちろん。でも、俺たちの場合、これをもらったのって卓磨たくまさんじゃないですか、それこそ百合香ゆりかがお願いすればすぐに再発行してもらえるんじゃ?」

「そういう安易な考えはどうかと思うな。それに今回みたいにしばらく連絡が取れない時はどうするの?」


 かいのセリフには百合香ゆりかも不平を零す。

 先日訪れようとした物部もののべ設計事務所は、その建物を見つけることができず、隊長に報告した二人はこう聞いた。


『あそこは出かける時、建物を隠蔽するから見つけられないぞ。帰って来るまで待つんだな』


 実際に家を見つけられない体験をしていなければ、隠蔽などと言われても納得できなかったが、そもそも双子山の山頂で、気配遮断コートなるモノを見ていた二人は、いろんな疑問や理解を放り投げた。

 その上で、彼らが置かれている立場や、要人であることを自覚して対策を取っていることに感心していた。


 かい百合香ゆりかの中でハルナ山系はが掌握していると理解していた。

 ただ、だからと言って彼らに何かを強請るとか、要求をするとか、便宜を図ってもらいたいとかは、まったく感じていなかった……とまでは言わないものの、それでも過度な期待は考えていない。


 また、話せる範囲で構わないからいろんなことを聞きたかったし、かいは秘薬の件で父親が助かったことを、きちんと報告して感謝したいと思っていた。


真理まりちゃんたち、どうしたのかな)


 隊長に、どこかの山にでも潜ってるんだろと笑われた百合香ゆりかだったが、メールも電話もつながらない事実に、本当にどこかの山の中にいるのではないかと心配する。

 入隊するまで、数か月に一度しか会わない存在だったが、自身がセイバーになったことと、たくさんの秘密の共有を得て近づいた関係だからこそ、二人の安否が気になっていた。


 

 宿舎までの車中、隊長が、そう言えばと話し出す。


「先日の大作戦でもカード紛失者がいたよな。宗太そうたが助けた狩猟隊の子」

「ええ、いましたね」宗太そうたは苦笑で答える。

「ああ、そうか。再発行や討伐記録なんかより、山核内でカードを無くすと緊急下山が使えないんですね!」


 そのやりとりでハッとした百合香ゆりかは大きな声を出す。


「まあできないな」

「それって、カードを無くして死んじゃったらどうなるんですか?」


 隊長の解にかいが問いを重ねる。


「カードが手元に無くても、死ねばグレー表記になるよ。所有者の位置や生存といった情報は、管理側には手に取るように分かるらしいからな」

「……位置が分かる? でも、この前の試験のとき、私たちはカードを持っていなかったですけど」


 隊長の説明に、先日の双子山での最終試験を思い出した百合香ゆりかが疑問を挟む。

 魔獣の配置や卓磨たくまの動きは、二人の所在地を知らなければ不可能だったはずだ。


卓磨たくまのところにお使いに行ったとき、生体情報を取得したんだろ。で、カードだけは作ってあった。危ない時は緊急下山させるつもりでな。お前らの名前、石板にしっかり表示されてたぞ」


 隊長の解説に、生体情報の取得ってお茶を飲んだときかな? と百合香ゆりかは当たりを付ける。


「それにしても魔獣の攻撃はきつかったです。普通に死ぬかと思いましたから」


 かいはそんな下準備の末に行われた試験内容を思い出し苦笑する。


「いや、普通に死んでたかもしれんぞ?」

「はっ?」

「あー、管理者って、魔獣一匹一匹に対して行動指示ができるとか思ってるのか?」

「違うんですか?」

「そんな芸当ができれば、ハルナエリアで死者は出んだろう? それともこれまでの犠牲者は、卓磨たくまが意図的に殺したと思ってるか?」


 先日の登頂隊と狩猟隊の大作戦でも死者は出なかったと聞いていたから、かい百合香ゆりかも、卓磨たくま真理まりに管理されたハルナでは人は死なないとどこかで思い込んでいた。だが、入隊する前の情報収集でも、ネットでもニュースでも、過去に犠牲者は確かに存在していることを教えられていた。

 さらに言えば、山核内での犠牲者はカードの所持者のみがカウントされていて、違法入山者がどれだけ犠牲になっているかは分からない。


「詳細は卓磨たくまさんたちに直接聞くべきと私は思うけど、私たちの意見はね、あの人たちの管理下になければ、もっとたくさんの人が死んで、なにより氾濫が起きているはずだと思ってるわ。解放すればいいと言う話は、なんで私たちみたいな組織があるか考えれば分かるわよね?」


 彼らの管理内であっても人は死ぬという事実と、先日の試験でも死んでいたかもしれないという実感によって沈黙する新人二人に、真鍋まなべ副長が優しく諭す。

 二人ももちろんそれはよく分かっているが、死んでいたかもしれないという事実はやはり大きいものだ。


「それってどこまで知られているんですか?」


 かいは真実の情報も含め、彼らの装備や恩恵を受けている自分たちが、他の隊に比べ特別扱いされているという申し訳なさも感じる。


「どうだろうな。上はもちろん知ってるだろうし、卓磨たくまも会議だなんだってよく本部には顔を出してるみたいだけどな。俺も口止めされてる訳じゃないが、積極的に言うつもりもないぞ。他の隊にやっかまれるのは嫌だし、装備を創るのも提供するのも卓磨たくまたちがやっていることだからな。ただそういった訳で、俺たちは攻略能力のあるなしに関わらずハルナは攻略しないし、卓磨たくまもさせないだろう」

「じゃあ、先日の登頂隊と狩猟隊の作戦というのは、最初から失敗させるつもりだったってことですか?」


 隊長の説明に対し、かいは反射的に質問を投げる。


「え? 山際やまぎわは攻略が成功すると思ってた?」

「そりゃあ、卓磨たくまさんたちはどうするんだろうなんて思いましたけど、俺たちの試験みたいに、なんらかの試練というか……」


 登頂隊や狩猟隊の面々が、カモン岳の山頂で卓磨たくまにココアを勧められる姿を、かいがぼんやりと想像していたのは事実だ。


「端っから全滅させる予定だったみたいだぞ。しばらくはハルナに手を出さず、他の山に向かうように誘導するんだと」

「……犠牲者がでなくて良かった」


 そんな裏事情があったからこそ、その事実を知ったからこそ、百合香ゆりかは心の底から安堵していた。


「そのために僕らも万全の体制で待機してたし、救助もできたからね」


 総力戦と位置付けられ、セイバーは全隊から二人ずつ召集されていた。

 宗太そうたは事情通だからこそ、犠牲者が出なかったことを喜んでいた。


「そうそう、その宗太そうたが救助した子だけどな、除隊するらしいぞ」


 隊長は当初の話題を思い出しそう言った。



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・山核内で訓練を始めた開と百合香は、カードの効果や最終試験の真実に驚きを隠せない。また、ハルナの管理者である卓磨たちについて隊長たちの考えを聞く。

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