第1話 カモン岳攻略
「総員退却! 緊急下山せよ!」
切迫感のある小隊長の声に、
厳密に言えば、ほんの少し前までは安堵一択だった。
だが“山の幸”を得てしまった今、それを放棄する選択肢は浮かんでこなかった。
入山許可証に備わっている謎の機能“緊急下山”は、山核内のどこにいても、瞬時に登山口まで戻れるという安心機能。正直な話として、そういった機能があるからこそ
怪我もしたくない、怖い思いもしたくない。死ぬなんて以ての外だ。
ただ、ハルナの狩猟隊は安全に稼げるよという先輩の勧誘に、身体能力と体力に自信があった
だが、入隊以降、来る日も来る日も訓練に明け暮れ、稼ぐどころか魔獣の討伐もろくに叶わない毎日を送るとは思わなかった。
体はすぐに慣れた。
でも、狩猟隊という魔獣を討伐するという目的の隊にも関わらず、与えられた装備や武器は大したものではなかった。
銃器という人が持つ強大な力は山核内で使えない。
火は使えるのに火薬が反応しないといった話はよく理解できなかったが、
与えられたメインウエポンは、専用のピッケルとマチェット(山刀)だ。
もちろん、高校を卒業するまで、登山用の道具としても使用したことはなかったし、そもそもそれらは武器ですらなかったはずだ。
武器を持ち、突く、払う、斬る、薙ぐといった反復動作を訓練し、装備の取り扱いを学んだが、それで山核内の魔獣をバッタバッタと倒せるかといったら別問題だ。
いや、すぐにでもバンバン倒せるものだと思っていた。
今年は特に大人数の入隊があった。
去年の四倍の規模と聞いた。刈り取れる“山の幸”がたくさんあり過ぎて狩猟者の数が足りないなんて話を説明会で聞いていたが、実際は、消耗し不足する人員を予め確保しておく為、なんて噂もちらほら聞いていた。
山核にも慣れた。
にも関わらず魔獣はろくに倒せず怪我人は増える。
その繰り返しの中、
そんな時に発令された、登頂隊との合同による「カモン岳攻略作戦」
登頂隊から50名、狩猟隊から200名。総勢250名からなる山核解放作戦は、フラストレーションが溜まっていた狩猟隊の面々を生き生きとさせた。
いまだ山核化し続けているハルナの八峰。
その、どれでもいいから攻略するという願いは、特に登頂隊には悲願と呼べるものだったが、狩猟隊の中にも、山頂付近の強い魔獣を倒し、何らかの“山の幸”を得る千載一遇のチャンスと捉える者は多かった。
そしてそれだけの大部隊なら、“山の幸”を手に入れても自力で帰れるんじゃないかと隊の誰もが思っていた。
与えられた装備が貧弱でも、魔獣の討伐は、わずかながら可能だ。
討伐結果は入山許可証にも記録され換金される。
だが、技能、武具、装備、薬品、素材といったドロップ品、いわゆる“山の幸”は、自力で山を降りないと剥奪されてしまうのだ。
これまでも、まれにドロップ品を入手できた者も、自力での下山が叶わず泣く泣く緊急下山で山を降りた。
その瞬間、手に入れたドロップ品は山核に没収される。
一度体内に取り込まれた技能であってもだ。
故に、そのチャンスを得た者は無理をする。絶対にそれを持ち帰ろうとする。
(ひいぃぃぃん、絶対自力で帰らなくちゃ!)
と、この
よって部隊での退避命令は絶対で、それに背いたら懲罰が待っている。
冷静にならなくてもヤバいことくらい、IQが高くない彼女にだって理解はできる。だが、ドロップ品は基本的にそれを得た個人のものとして保証されている。
それらの入手記録は入山許可証に記録されるため、山核法に則った正規のルートでしか処分はできない仕組みがある。
仮に、命令違反で懲罰を食らおうが、同僚に妬まれようが、取得した者が勝利するのが“山の幸”という悪魔の誘惑なのだ。
(片山くんの気持ち、今なら分かるな……)
彼は水川という山を攻略しようとしたのだそうだ。
同僚の皆は唖然とした後、これからガッポガッポ稼げるのにアホなヤツだなと笑った。
だが、片山は“山の幸”を得る難しさを誰よりも知っていたのかもしれない。
小さな成果を何年も続けるより、手っ取り早く山核を解放すれば、確実になんらかの褒賞は手に入る。
狩猟隊に入って思うように成果を出せない隊員は、次第に片山の話題を出さなくなった。
(でも、何にも手に入らず除隊処分は可哀想だなぁ)
片山は「緊急下山」で水川から下りたそうだ。
正確には、倒れているところを救助隊に助けられ、強制下山をさせられた。つまり、何らかの“山の幸”を手に入れていたとしても、それは剥奪されている。
その上で除隊処分になっていた。
(除隊……かぁ)
結論から言うと
指揮官の判断が早く「緊急下山」による離脱が成功し、幸い、犠牲者を出すこともなく、作戦終了が宣言されるはずだった。
ただ一人の命令違反を除いて。
退避命令の後、石板の表示がYUMI・Mだけになって二時間後、狩猟隊の隊長は山核隊本体に救助要請を行った。
当然、
隠れてから既に三時間。パーティとして登録されていた他の四人の名前はカードの表示から消えていて、もう一人だけしか残っていないだろうことも。
救助隊に救出されれば、「緊急下山」を強制発動されることも。
(あたしが気を失ったフリをしていても、体のどこかにカードを当てて、誰かが「緊急下山」を申告すれば機能しちゃうんだよね)
人命に関わる機能だからこそ、繰り返し指導され、実際にその機能を使用したこともある。
時折現れる魔獣を倒しながら
だが、もう除隊でもなんでもいいような気がしてきた。
少なくともこの“技能”がある限り、世界がどんなに悪くなってもきっと生きていける。それなら、開き直って、助けに来てくれたセイバーと歩いて山を降りよう。
(でも、その場でカードを使わせられたらどうしよう)
魔獣の討伐記録と、取得した“技能”の名称が記載されている。
その時
「要救助者発見。大丈夫?」
背中側からかけられた男性の声に
「え、あ、あと、えと、その、あ、あたし」しどろもどろになりながら慌てて振り向くと、そこには紺色の隊服を着た、端正な顔の青年がにこやかに佇んでいた。
「怪我……してるわけでもないし、どうしたの?」
それは、そこにいる男性が
(開き直れない! 幻滅されたくない!!)
彼女の欲は“山の幸”だけじゃなく、青年への好感度も加算されてしまった。
青年の死角、後ろ手で入山許可証を崖下に放り投げたのは無意識だった。
「か、カード、無くしちゃって! 隠れてました!」
彼の隊服にある名前は「望月」とあった。
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・ついに決行された登頂隊と狩猟隊合同による山核攻略作戦。だが250名も導入した作戦は失敗し、敗走の中、偶然にも技能を手に入れた少女が私利私欲のために脱出を選ばず、セイバーに救助された。
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