裾野百合香の章
第0話 赤朱空拳
普通なら、悲しみ続けるのだろうか。
まともなら、毎日、泣きながら過ごせるのだろうか。
それとも既に狂っているから、何も感じずにいられるのだろうか。
あのとき、感情に支配され、泣きじゃくり何もかも呪った記憶はある。
『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』
抱きかかえて諭してくれた人はそう言った。
不思議と、激情の記憶はその言葉と共に終わっていた。
体感した記憶も、ありとあらゆる光景も、それは簡単に紐解かれるのに、そこに紐付られた感情に靄がかかる。
暴走する心を、大きな柔らかな膜で包まれているような感覚。
それは心地よさも感じていたが、庇護されている気分は否めない。
ずっと寝てなさい。
そのまま夢を見てなさい。
そんな子守唄と共に、心の奥底は暖かいものに覆われていた。
だが、危険な外界から身を守る柵は、自由で広い外界に旅立てない檻でもあった。
庇護は拘束。
優しい保護者が構築した、柔らかい枷。
それは、普通に暮らす分には何の問題もない。
オイラーの定理や三角形三色問題が日常の生活に不要なように、その柵や檻は生きる上でなんの制限も果たさない。
普通に暮らすだけならば。
だけど気付いてる。
臨界を越えた時、あの力は仮初の殻を簡単に破り孵化してしまう。
赤い炎は宿主も含め周囲を全て焼き尽く。
『あなたのそれは復讐よ。それに取り込まれないで』
『……どうすれば、いいの?』
『守れなかった人の分、他の人を守りなさい。守りたいと願いなさい。あなたがそれを想い続けていれば、きっと大丈夫よ』
『守る……』
『でも忘れちゃだめ。自分を大切にすること。あなたが死んじゃったら、あなたは誰も助けられないでしょ?』
だから私は、死ぬわけにはいかなかった。
それを諦めた時、復讐は目覚めてしまうから。
◆
「で、こいつは一体どんな状況なんだ?」
《はぐれ技能ってとこかな》
「はぐれ技能?」
《山核から外に出る魔獣のことを“氾濫”とか“はぐれ魔獣”って言ってるだろ? それをするのも魔獣の個体差ってヤツなんだけどさ、その場合のドロップ品ってのはせいぜいが魔核程度しか落ちないワケよ。アイテムや素材ってのは稀に落ちるみたいだけどな。で、技能やら職能ってのは生体に紐付くだろ? 本来はそれを得た山核内で定着処理される》
「……じゃあ今回みたいに外で入手した場合は」
《定着化、アクティベートできなくてな、かといって剥奪もできない。実に中途半端な状態で所持してるんだわ。使い方の分からない武器を持ってるようなものさ》
「どうすりゃいい?」
《本人にそれを自覚させなければいい。その上で、アカギのはぐれ魔獣だったんなら、アカギの山核を入手するか、アカギの山核内で同じ技能を手に入れればいい》
「難易度が高すぎるだろうが……で、当座の暴走を抑えるには、技能を意識させなくすればいいんだな?」
《暗示的なヤツ、タクマならできるだろ? ただな、技能ってヤツも自己防衛本能的な意識があると思ってくれ。簡単に言えば宿主を守ろうとする。不完全な状態の技能が宿主の危機に自動起動するんだ》
「そうなるとどうなる?」
《さあな、オレたちだって何でも知ってる訳じゃない。レアケースなんて腐るほどあるさ。だから“山核ネットワーク”なんてものがあって相互に情報を共有してるワケ》
「せめて管理者にはもっとたくさんの情報を共有してもらいたいものだが」
《対価は明瞭だろ? タクマの世の中だってカネって共有価値はあるだろうが。きちんとCPを稼いで買えばいいのさ。ただな、情報なんてただのインプットだぜ? 何も考えずに経験したほうが面白くないか?》
「オスタマにしてはまともなことを……俺は臆病なんでな、残機ゼロで初見アタックなんてできるかよ」
《残機ねぇ……お、そういえば面白そうな技能が見つかったぜ。えっと、九死……》
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